死の謎
華慶宮の明かりは、一昼夜消えることがない。
常に薪を燃やして心地よい温度を維持し、皇帝の渡りに備えて灯篭の火を絶やさない。それはそこに住む者の財力を誇示するとともに、同時に主人の尊大さ――奴婢に休む時間などないという意志表示のようにも思えた。
「娘娘。簪はどちらにいたしますか」
鏡台にはあふれんばかりの宝飾が。玉をふんだんに使った簪だけでも五十はあり、歩揺や新鮮な生花といったものを含めると百はくだらない。いずれも象牙や金銀でつくられた一級品である。
しかし、その主はひどくつまらなさそうな目でそれらを一瞥する。
「先日陛下が贈ってくださったものにして」
「かしこまりました」
鏡に映る女は、大輪の薔薇のように艶やかで圧倒的な美貌。真っ赤な紅を引いたくちびるを歪め、陶器のように白い歯を覗かせた。
◇
杏喜が死んだ。
わたしは、蒼白な顔で知らせを告げた七淫子に湯屋を託して飛び出した。
(どうして……なんで……っ!?)
さほど遠くないはずの永明宮がひどく遠く感じた。
ようやくたどり着くと、宮殿は白い花と白い布で飾られていた。あんなに鮮やかだった宮殿が、急に色を失っている。それが何を意味するのかは、馬鹿なわたしにもわかった。
門番の宦官がわたしを引き留めようとするけれど、全力で振り払って中に急ぐ。
ほんの数日前に、一緒に食事をした部屋。
そこはあの日の面影など一かけらも残っておらず、真っ白な布が張られ、棺が置かれていた。
突如闖入してきたわたしに、弔問客が振り返る。突き刺さる視線なんてどうだっていい。
「杏喜っ!」
棺に納められているのは、紛れもなく杏喜だった――。
(どうしてこんなことに……っ!!)
棺にかじりついていると、誰かが肩に触れた。
振り返ると、茗茗だった。
「茗茗! 一体どういうこと!? 井戸に落ちたって聞いたけど――」
「海里さん」
咎めるような口調でわたしの名前を呼ぶ。しかし、その表情は今にも泣きだしそうだった。いや、すでに大泣きした後なのだろう。目は真っ赤に晴れ、頬はこけている。
茗茗は耳元に口を寄せ、こう囁いた。
「……子時(午前零時)にまた来てください」
「…………!」
はっとして茗茗のほうを振り返るも、彼女はそれだけ言ってさっと離れてしまった。そして、場に向かって大声で指示を出す。
「無礼者! 誰か! 早くこの者を連れ出しなさい」
「はいっ」
宮殿付きの宦官に両脇を抱えられて、わたしは門の外に投げ出された。
足に力が入らない。呆然と地面に座り込む。
(本当に、死んでしまった)
死に顔を見て、心臓に氷を押し当てられたような感覚がした。
一体どうして? なぜ井戸なんかに落ちちゃったんだろう。杏喜はこれから幸せに生きるはずだったのに。
「おい、邪魔だぞ」
弔問に来た妃嬪付きの宦官がわたしを足蹴にする。顔を打ち付け、地面の土がじゃりと口に入った。
ごめんなさい、と謝り、壁に手をついて立ち上がる。
(…………帰ろう)
夜半にもう一度来いと茗茗は言ってくれた。どういう事態が起きたのか教えてくれるのだろう。ゆっくり杏喜とお別れもさせてもらおう。
重たい心を抱えたまま、約束の時間まで気もそぞろに過ごした。




