表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/40

やぶ医官と姫様

 女湯から上がる甲高い悲鳴。

 眠気でぼんやりしていた頭が一気にたたき起こされた。


(なんだぁ?)


「杏喜さまっ!!」

「小主! どうしましょう! 誰か来てっ!!」


 番台から降りて、様子を見に行く。

 扉を開けるとむわっとした蒸気とともに、床に倒れる杏喜の姿が目に飛び込んできた。真っ赤な顔をして、苦しそうな表情だ。


「ありゃ。どうしたの?」

「無礼者! 宦官ごときが小主を見るでない!」

「早く太医を呼んで!」


 一人の女官は手ぬぐいで杏喜の身体を隠し、もう一人はわたしの前に立ちはだかった。

 ――この宦官という立場は誠に不便である。男でも女でもないうえに、城内の身分カーストでいったら最下層だ。何をするにも馬鹿にされ、物事に立ち入ることを許されないのだ。


(……湯あたりだろうなあ。お風呂は疲れをとるけれど、過労の者が入るとかえって疲労を増すものだから)


 だから最初に具合を確認したのになあ。

 まあ、出て行けと言うならそうするまでだ。


 女官に押し出されるようにして脱衣所に戻る。七淫子を呼び、侍医院から医官を連れてくるようにお願いした。


 ◇


 ――およそ三十分後。


「太医がいらっしゃいました!」


 侍医院から医官がやってきた。速やかに中に通し、脱衣所に移動された杏喜のもとへ案内する。わたしは接近を許されなかったので、番台の四角いスペースに戻って見物することにした。


 ――しかし、この医官がてんで出来ないやぶ医者だった。


「えっと。汗をかいていますね。発熱もしている。えっ? 疲れていた? では、風邪でしょうね。このまま発汗を続けて邪を払いましょう。発汗を促すお薬を出しておきますから、一日三回、二日間飲ませてください」


(おいおいおい。湯あたりの人間に発汗を促したら死ぬぞ。こいつ新人か?)


 わたしより少し年下――二十代前半くらいの医官は、持ってきた荷物を広げて調剤を始める。

 その手は小刻みに震えており、薬さじからぽろぽろと生薬がこぼれている。緊張しているのだろうか。女官たちも不安そうに様子を見つめている。


麻黄(まおう)桂皮(けいひ)杏仁(きょうにん)。――麻黄湯(まおうとう)みたいなものを作ろうとしているのか)


 麻黄湯とは、上記生薬にさらに甘草を加えたもの。風邪の初期によく用いられる処方だ。寒気や発熱があることが使用の目安とされ、発汗を促すことで風寒の侵入を防ぐものである。


 ここで、この医官は二つ目のミスを犯していた。

 一つ目は、まず湯あたりを風邪だと誤診していること。

 そしてもう一つは、杏喜に対して麻黄湯もどきを選択していることである。


 もし杏喜が本当に風邪であったとしても、麻黄湯は使わないほうがいい。なぜなら、彼女は体が小さくて細身、そして疲労している状態だった。このように虚している状態の者には、麻黄湯の効果は強すぎるのである。身体のエネルギーを損ない、かえって症状が悪化する恐れがあるからだ。


(こいつ、修行し直した方がいいな)


 わたしでも分かることを分かっていないあたり、医官失格である。

 はらはらした顔で様子を見守る七淫子を呼び、わたしは彼の耳元で次の指示を囁いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ