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不愛想な番台

 いよいよ今日から営業再開だ。

 夜八時。営業中を示す白い牡丹を門の柱に設置し、吊り灯篭に火を入れる。

 わたしが番台を担当し、その間七淫子には薪の補充や火の管理など、裏方の仕事をしてもらうという体制をとることにした。

 四角い番台スペースに座布団を持ち込んで座り、客が来るのを待つ。


(ああ眠い。普段だったら、そろそろ寝る時間だもんなぁ)


 大きなあくびをしていると、男側の入り口から客が入って来た。

 湯銭を受け取り、ロッカーの札を渡す。


「……」

「……」


 面倒くさいので、挨拶も会話もなしだ。前任のおばあさんがどういう接客をしていたか知らないが、わたしはやる気がない。双子宦官のために最低限の運営はするけれど、繁盛させようとか、客に好かれようとか、そういう気はこれっぽっちもない。


(こういうのは最初が肝心だと思うんだよね。不愛想な新入りだと思われれば後が楽だ)


 新入りか、という感じでチラッと顔と右腕を見られたが、客側も特に何か話すわけでもない。そのまま脱衣所へ向かっていった。


(ふわぁ。あー。疲れた。酒が飲みたいなあ)


 朝から準備をしていたので、普通に眠い。湯屋に漂う温かい空気が睡眠欲と飲酒欲をかき立てる。――――これ、結構きついぞ。


 神よ、我に眠気に抗う力を与えたまえ。精神統一していると、今度は女湯側の入り口が開いた。


(おっ。後宮の人かな)


 ゆっくりとした足どりで入ってきたのは、きらびやかな衣装を身にまとった女性と、お付きの者が二人である。桃園で会った白貴人には劣るが、それでも豪奢な衣装に髪飾り。きりっと眉を引き、唇に朱をさしてばっちりお化粧を決めている。


 無言で三人分の湯銭を受け取り、札を三枚差し出す。やはり、新人ということで顔に視線を感じたが、不愛想なキャラクターを演じ続ける。


(確か、ここに来るのは下級妃なんだよね。下級であんなに豪勢なのかあ。すごい世界だなあ……)


 脱衣所に移動したお姫様の衣装を、お付きの者が一生懸命脱がしている。脱いでも脱いでも下に何か着ている様は、マトリョーシカのようである。


 人間観察をしていると、男湯の入り口が開く。


(あっ。常敏だ!)


 侍医院で世話になった常敏が入って来た。常敏は番台にわたしを認めると、くいっと口角を上げた。

 この湯屋の常連だというから、営業再開を待ち望んでいたに違いない。馴染みの常敏に不愛想を演じることは無意味なので、普通に話しかける。


「常敏、久しぶり。元気?」

「ええ、お陰様ですこぶる元気ですよ。湯屋でしっかりやっているようですね」

「まあね。でも、腕が治ったら侍医院に戻れないか仁芳先生に聞いてみようと思ってる。だから、わたしの代わりを考えておいたほうがいいかも」

「…………」


 常敏は言葉を発さず、意味深長な笑みを浮かべるだけ。

 湯銭と交換に差し出した札を半ばひったくるようにして受け取り、彼は脱衣所に進んでいった。


(――選民思考だって仁芳先生が言ってたっけ。ってことは、もしかして、わたしのことが嫌いなのかな)


 深く考えていなかったけど、仁芳先生の言葉はそういう意味だったのかもしれない。であれば、常敏は嫌いな奴の教育係をしていたことになる。


(なるほどねえ。そりゃあ常敏もストレスが溜まるわけだわ。わたしは出来もよくないし、申し訳なかったなあ)


 嫌いな奴に反抗されたら、棒で打ちたくもなるだろう。積もりに積もったイライラが爆発した結果、呂岳も巻き添えを食ってしまったのだ。

 やっぱり、誰も悪くなかったのである。


(ごめん、常敏)


 常敏の白い尻を眺めながら謝る。

 これからは、必要最小限の絡みに留めよう。わたしが大人しくて無害な存在だと分かれば、常敏の気持ちも少しは楽になるかもしれないから。


 女湯側の入り口が開く音がする。再開初日だけあって、結構人が来るな。

 わたしは再び不愛想な人物に成りきり、翌朝まで接客を続けたのだった。

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