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万能でない神様  作者: まつだつま
20/23

どこかで会った男

 摩耶が男性を連れて来る時間が近づいてきている。心臓が口から飛び出しそうだ。お腹が痛くなりゴロゴロと鳴った。

 すぐにトイレに駆け込んだ。

 トイレから出て部屋の中を歩き回った。

「あなた、とりあえず座りましょうよ」

 優花がコーヒーカップを手にして笑みを浮かべていた。

「ああ」

「コーヒーでも飲んで、少し落ち着いた方がいいんじゃない」

 優花はコーヒーカップをテーブルに置いて腰を下ろした。

 俺も優花の前に腰をおろして、壁の時計に視線をやった。約束の時間まで、あと十分。またトイレに行きたくなってきた。

 前に座る優花を見ると、湯気のあがるコーヒーカップを傾けていた。

 こんな時に落ち着いてコーヒーが飲めるものだなと、優花に感心しながら、お腹に力を入れて、コーヒーを口に含んだ。コーヒーの香りと苦味を感じ、そこで、少し落ち着いた。

 優花の方はコーヒーを飲んでから、クッキーをかじっていた。

「ウワー、これ美味しい」

 完全にリラックスモードだ。

 この余裕は何なんだろう。父親と母親の違いなのか、それとも優花も緊張しているが、それを隠しているのか。

 もう少し落ち着こうと、優花の顔を見ながら、コーヒーを二口、三口と続けて飲んだ。

 少しだけ落ち着いたと思ったところで、玄関のチャイムが鳴った。

 優花がコーヒーカップを口につけたまま、上目遣いに視線を向けてきた。

「来たみたいね」

 俺の心臓がまた暴れだした。

「そ、そうだな」

 俺はコーヒーカップを置いて立ち上がり、「フゥー」と息を吐いた。

 優花も立ち上がって胸に手を当て、私と同じように「フゥー」と息を吐いていた。

 やはり、優花も緊張しているようだ。

 玄関のドアの開く音が聞こえた。

「お父さん、お母さん、ただいまー」

 玄関から麻耶の声が聞こえてきた。

「あなた、落ち着いてね」

 優花が、そう言って笑みを浮かべながら、コーヒーカップを片付けはじめた。

 緊張が沸騰寸前のところまできていた。自分でも顔がひきつっているのがわかった。

 大きく息を吸ってから、玄関へと向かった。

「あなた、ちょっと待って」

 優花が後ろから声をかけてきた。

 立ち止まり、振り返ると優花がキュッと口角を上げてみせた。

「あなたも笑って」

 優花はそう言って、両手の人差し指を俺の唇の端に当て口角を持ち上げた。

 そうだった。お義父さんのように、まずは相手の男性の緊張をほぐしてやらなければならない。

 優花に上げてもらった口角をそのまま固定して、笑みを貼りつけた。

 麻耶がリビングまでやってきた。

「お父さん、お母さん、連れてきたよ」

 麻耶の顔は紅潮し、声も上ずっていた。さすがに緊張しているようだ。

「ああ」

 貼りつけた笑みを崩さないように、自分の右手の人差し指と中指でもう一度口角を上げた。

 摩耶の後をついて、玄関へ向かって歩いて行くと、玄関にがっちりした男のシルエットが見えた。ついにこの時が来てしまった。

 優花が先回りして、玄関に立つ男のところへ向かった。

「お父さん、お母さん、紹介します」

 麻耶が男の横に立って背筋を伸ばした。

「彼が、今日、お父さんとお母さんに紹介したい南野翔さんです」

 摩耶が男の肩に手を置いて、男を紹介した。

「はじめまして、南野翔です」

 男は深々と頭を下げた。

 長い髪の毛を後ろで束ね、四角い顎と彫りの深い顔を見て、気難しそうな頑固な男に見えた。

 私の勝手なイメージだが、ミュージシャンというより陶芸家といった感じの武骨な感じがした。

 緊張しているせいもあるだろうが、少し取っつきにくい印象を持った。

 麻耶の一目惚れで、ミュージシャンだと聞いていたので、細くてスタイルのいいイケメンが、俺の頭の中で勝手に出来上がっていた。

 なので、目の前の男を見た瞬間、俺は意外だった。

 まあ、外見はこの際どうでもいい。問題は中身だ。麻耶のことを本気で愛して幸せにしてくれる男性なのかどうかが一番大事だ。

「よく来てくれたね。とりあえず、中に入ろうか」

 俺はお義父さんのことを思い出しながら、出来るだけ笑みが消さないように優しい口調を心がけた。

 優花がこっそりオーケーサインを俺に送ってきた。私は優花に笑みを返した。

 居間に入り、少し南野という男と話をした。

 ミュージシャンを志した理由や摩耶との出会い、出身地や学校、家族のことなどを話してくれた。

 最初は俺と南野の間には重苦しい空気が流れていたが、その空気は意外と早く晴れた。

 南野は見た目の尖った印象とは違い、優しくて心の澄んだ男だということがすぐにわかった。

 話しはじめてすぐに、この男なら麻耶を幸せにしてくれる。なぜか、そう確信した。

 南野と話していると、この男に会うのは初めてでない気がしてきた。どこかでいっしょに何かをした気がする。

 そして俺はこの男から助けられている。そんな気がしてならなかった。

 もしかすると、前世というものが本当にあって、その前世で、この男に助けてもらったのかもしれない。

 俺が南野に、これまでにどこかで会ったことないかときくと、南野も、「ええ、いつ、どこでかは、思い出せませんが、お義父様とは、どこかでお会いした気がしてならないんです」

 そうこたえた。

 この南野という男はすごい力を持っている。音楽の力で人を幸せにしたいと言っているが、この男なら本当にやりそうな気がした。

 そして、摩耶を幸せにしてくれる男はこの男しかいないと、なぜか思った。


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