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万能でない神様  作者: まつだつま
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婚約

 自宅近くにある野々神社の鳥居をあたしは一人で見上げていた。

 この神社へは、家族揃ってよくお参りに来た。

 あたしはここに来ると、なぜか気持ちが落ち着いて、これから何をやっても、うまくいくような気がする。

 なので、これまで人生の節目の大事な時は、この神社に一人でお願いをしに来た。

 神様にお願いするのは、その人生の節目の大事な時だけにして、それ以外の時は参拝しても、お願いするより手を合わせ感謝の気持ちを神様に伝えるようにしている。

 そうするようになったのは、あたしが小学生の低学年の頃に父に言われたからだ。

 幼かったあたしはお賽銭を入れてから、長い時間手を合わせてたくさんのお願い事をした。

 神様にお願いしたいことは山ほどあったので、手を合わせ目を閉じ、次から次へと心の中でお願い事を呟いた。

 全てのお願い事を、神様に伝えて目を開けると、隣に立っていたはずの父と母の姿がなかった。

 慌てて後ろを振り向くと、父と母はすでにお参りを済ませて後ろに立ち、あたしを見ながら笑みを浮かべていた。

 照れながら二人の元に駆け寄ると、父の秀太が、そんなに長く何をお願いしたんだ、と訊いてきた。

 あたしは、小学校の成績のことや友達のこと、昼休みの遊びや毎日の夕食のメニューまで、その時にお願いしたことを指を折りながら長々と説明をした。

 父は笑いながら、たった十円のお賽銭でそんなにたくさんのお願いをするのは欲張りだな。神様には、まず、これまでの感謝の気持ちをしっかり伝えて、お願い事をするのは大事な時だけにしなさい、と言われた。

 それからは出来るだけお願い事はしないで、神様に感謝の気持ちを伝えるようにした。

『学校が楽しいです。ありがとうございます』

『テストがうまくいきました。ありがとうございます』

『毎日元気に過ごしています。ありがとうございます』

『今日の朝ご飯はおいしかったです。ありがとうございます』

 思い浮かぶのは、いつもそんなちょっとしたことばかりだったが、父はそれでいいと言ってくれた。

 感謝の気持ちを神様に伝えただけで、すごく幸せな気分になることがわかった。やっぱり神様はすごいなと思った。

 今日も神様にお願いする前にある男性に巡り会えたことに感謝することにしている。

 そして、そのあとでお願いすることは、あたしの人生にとって受験や就職以上に大事な節目になるかもしれないことだ。

 あたしも社会人になって三年が経つ。友人の紹介で、ある男性と知り合った。

 その男性を見た瞬間に、あたしが一目惚れしてしまった。

 父と母のなれそめを聞いたことがある。父は今のあたしのように母に一目惚れしたそうだ。

 あたしは小さい頃から容姿も性格も父に似ているとよく言われたが、一目惚れするところまで似てしまったようだ。

 父は母に告白して、その後付き合い、結婚してあたしが生まれた。それから父は母とあたしを幸せにしてくれた。できればそこまで父に似たいものだと思った。

 あたしは父が大好きだ。結婚するなら父みたいな誠実で優しい男性がいいと思っていた。

 しかし、一目惚れした男性は父とは少しタイプが違う。

 父は社交的で優しくて温厚、医者をしていて仕事に対しても一生懸命、収入も安定しているし、あたしたち家族へ愛情をいっぱい注いでくれる。

 一方、あたしが一目惚れした男性は、人見知りで少しぶっきらぼうだ。本当は心の優しい人だが、他人からは誤解されやすい。

 それと、問題なのはミュージシャンをしているが、まだまだ収入が安定していしないことだ。

 他人とのコミュニケーションが下手で、生意気に見える。その上、収入が不安定。

 そんな彼との結婚を父が許してくれるだろうか。

 しかし、彼は根が真面目で優しいことをあたしは知っている。音楽で多くの人を幸せな気分にしたいという夢を持っている。

 父とはタイプが違うように見えるが、他人を幸せにしたいという根っこの部分では父と似たところがある。

 彼のそういう所を、あたしは彼を見た瞬間に感じとり、父と重なって好きになったのだろう。

 父にも彼のそういう所を感じとってもらえることを期待している。

 彼と結婚したいと告げると父は賛成してくれるだろうか?

 彼の内面の優しさに気づいてくれるだろうか?

 そんな不安な気持ちを持ちながら、鈴を鳴らしお賽銭を入れて手を合わせた。

『彼に出会わせてくれてありがとうございます。彼と幸せになりたいです。お父さんが結婚を認めてくれますように』

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