夢の国
ここは人間の世界ではない気がする。ここに来ると決まった時に、優花がここは夢の国だと目を輝かせていた。
優花の言うとおり、人間の住む世界とは別世界のようだ。
自然と心が華やかになり、ウキウキしてくる。特に子供や若者にとっては楽しい所だろう。
いっしょに来た父と母はどうなんだろうか? 楽しめているのだろうか?
俺は目の前にそびえ立つお城を見上げながらそう思った。
「父さん、こんなところでよかったの?」
右隣に立ち、いっしょにお城を見上げている父の俊介に訊いた。
「ああ」
父の横顔を見ると、満足そうな表情を浮かべていた。
『ああ』という声にたくさんの幸せが詰め込まれているような気がした。
「母さんは?」
今度は左隣に立つ母のみどりに訊いた。
「あたし? もちろん、ここにしてよかったわよ」
両手を胸の前で合わせて目を弓のようにして笑っていた。
「本当は自然豊かな所で綺麗な景色を見て、美味しい料理でも食べて、ゆっくり温泉に入りたかったんじゃないの?」
「ううん、そんなことない」
母が目の前ではしゃぐ麻耶と優花を見て目を細めていた。
「それならいいんだけど。父さんと母さんのための旅行のはずだったのに、なんか麻耶と優花のための旅行みたいになっちゃったよな」
俺は自分の三十五歳の誕生日に父と母への感謝の気持ちをこめて、今年も旅行をプレゼントすることにした。
去年までは父と母夫婦水入らずの旅行をプレゼントしていたが、今年は俺と妻の優花、娘の摩耶もいっしょに行くことを提案したら、二人は大喜びした。
二人に行き先のリクエストを訊くと、この夢の国がいいと言った。
俺は二人が景色の綺麗な所や温泉をリクエストしてくると思っていたので意外に思った。
ここに決まって喜んだのは優花と麻耶だった。特に娘の摩耶は行く前からはしゃいでいた。
「いいじゃない。二人があんなに楽しそうなんだから」
母は、優花と麻耶がはしゃぐ姿を穴があくぐらい、じっと見つめていた。
「父さんと母さんが楽しめてるなら、それでいいんだけど」
「あの楽しそうな二人を見てるだけで、あたしもお父さんもすごく幸せな気分よ。麻耶の笑顔は、世界中のどんな景色よりも見てて幸せな気分にしてくれるし、心が癒されるわ」
「そんなものかな」
「そんなものよ。いつかあなたもわかる日が来るわ」
「ふーん」
「あなたがこれまでプレゼントしてくれた旅行は全て楽しかったけど、やっぱり今年が一番楽しい。麻耶のあんな楽しそうな顔をずっと見てられるんだから」
母はそう言ってから、はしゃぐ母娘の元に小走りで近づいて行った。
前に高くそびえ立つお城までも笑っているように見えた。




