プロローグ
プロローグ
「約束が違うじゃないですか」
わしは持っていた資料を机に叩きつけて、前に座る神様を睨みつけた。
「約束、そんなもんした覚えはないな」
そいつは、耳に指を突っ込みながら、わしに目を合わそうともせず宙に視線を向けたまま言った。言い終わると「フン」と鼻を鳴らして口元を歪めて嫌な笑みを浮かべていた。
その態度を見て、わしの怒りが膨張したが、両拳を握りしめグッと堪えた。ここで怒りをぶつけても、なんの解決にもならない。喧嘩して勝てる相手ではない。相手の立場が上過ぎる。きっと怒らせると開き直ってめちゃくちゃにしてしまうだろう。
「人間の幸福度を上げるためにお互いに力を合わせて頑張ろうと、あの時約束したじゃないですか。あの時の気持ちを思い出して下さい。お願いします」
頭を下げ、下手に出ても、そいつは忌々しく椅子にふんぞり返ったままだ。
「ああ、そういえば、そんなこと言ったかもしれんなー」
ふんぞり返っていた体を起こし、机に両肘をついた。
「思い出してくれましたか」
わしは無理に笑みをつくった。
「言ったかもしれんが、それは大昔のことだ。今はそんな気はない」
そいつはそう言って、わしに向かって払うように手を振った。
「あなたが約束してくれたから、わしはあなたといっしょに頑張ろうと、ここに戻ってきたんですよ。人間の幸福度をもっと上げようと約束したじゃないですか」
「ふん、いい歳して、なにが人間の幸福度だ。お前、いつまで、そんな青臭いこと言ってるつもりだ」
「青臭い、ですか。わしたち神様は人間の幸福度を上げるために存在しているんじゃないですか。それが、わしたち神様の使命です。青臭くはありません」
そいつの座る机に両手をついて訴えた。膨張する怒りを抑えきれなくなってきた。
「それが、青臭いんだよ。人間は放っておいても、自分達で勝手に幸福度を上げるんだ。我々が力を貸す必要なんて本当はないんだよ」
「それなら、人間たちが自ら上げた幸福度は人間たちのものだろ。わしら神様がそれを勝手に吸い上げるのはおかしな話だ」
机に両手をついたまま、ぐいっとそいつに顔を近づけた。
「そうは言ってもな、我々神様は人間の幸福度を吸い上げないと生きていけない。神様は、人間の幸福度を吸い上げて、それをエネルギーにして生きているわけだからな。それくらいのことお前もわかってるだろ」
そいつはわしに目を合わそうとせずに面倒くさそうに言った。
「だから、わしらが人間の幸福度を上げるんだ。人間の幸福度を上げたその恩恵として、わしら神様は、上がった幸福度の一部を人間から分けてもらうのが筋だ。人間たちの幸福度を上げもしないで、吸い上げるだけなのは、絶対に間違ってる」
「お前の言ってることは建前で、ただの理想論だ。そんなことやってたら、この神様協会はつぶれてしまう」
「あんたがその考えなら、わしはこれ以上、協力は出来ん。すぐに神様協会から脱会する」
「まっ、仕方ない。勝手にしろ。こっちは、お前の助けがなくてもやっていける。わしを敵にまわして困るのはお前の方だからな。ハハハ」




