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「へぇ、ノルストンから来たのかぁ、こっちは少し暖かいかなぁ?」
リーマンに従って駐屯所内の建物を歩いて行く。その最中もひたすら話し続けている。
初めは下手な相槌ばかり打っていたエイルだったが、
次第に慣れて会話のキャッチボールが成立している。
エイルからも質問を飛ばす。
「リーマン上級騎士は魔術師なのでしょうか?」
「どうしてそう思うんだい?あ、体格かな?当たりだよ〜。後で話すときにも関連して来るから、詳しくはその時ね。もうすぐ目的地に到着するし」
目的地の近くに着いたようだ。
「ここですか?」
目の前にあるのは大きな建物だが、明らかにそれは備蓄庫のような出で立ちだ。
「そうだよ〜。中に入ってのお楽しみ、ってね?」
相変わらずの態度に、エイルは不安に思うが、リーマンは何のその、と備蓄庫に入って行く。
中は薄暗く、案の定備蓄庫のようだった。
しかも比較的古いものやガラクタの類が備蓄、と言うより廃棄されているように見える。
リーマンはその中をズカズカと進んでいく。
時折、足元には古い鎧やら椅子やらが転がっている中余裕を持って避けている。
エイルは所々ぶつけながらそれに着いて行くと、
ふとしたタイミングで先に歩いていたリーマンが歩みを止めた。
「リーマン上級騎士…?」
流石におかしいと思い、その意思を込めつつ名前を呼ぶと、リーマンはこちらを振り向いた。
「っ?!」
リーマンの先程までの温和な表情はそこには無かった。
無表情で、まるで相手に興味の無いような目をしている。
彼はそのままエイルの前まで来ると、腕を掴んだ。
細身の身体からは想像できないほど力があるようだ。
狩人だったエイルの腕が全く動かない。
「怯える必要はありません。ですが、驚くかと思います。落ち着いてついて来てください」
先までの間延びしたような口調もなく、一切の感情が感じ取れないような声でエイルに声をかける。
「え?あ、あの…?」
エイルは状況が飲み込めず、混乱している。
その状況で、すぐ横にある備蓄庫の壁際まで歩いて行く。
手を引かれている状態の為、エイルには見えないがリーマンは何かを壁に向かって行っているようだ。
それが終わり、リーマンの手が下がった時だった。
「階段…?」
リーマンの横にあった、大きな木箱の側面が奥に開く。
その中には地下に向かう階段が伸びていた。
「ついて来てください」
流石に腕を掴んだ状態では階段を降りづらいと判断したのか、リーマンは掴んでいた腕を離す。
エイルは抵抗することも忘れ、その階段を降りて行くのだった。
階段はあかりに照らされており、足元に不安は無い。
周囲の壁は見たことのない、灰色の壁で覆われている。
おそらく5分から10分の間、階段を降り続けた所で、階段の先に扉が見えた。
鉄製だろうか、見るからに大きな扉だ。
目の前まで来ると、リーマンは先ほどのように扉の横の壁に手を当てている。
その手にはよく見ると小さな長方形のカードが握られているようだ。
ガシャン、と言う音と共に目の前の扉がゆっくりと開く。
リーマンに続いて中に入ると、扉は独りでに閉じた。
「さて、混乱を招いたことをお詫びします。何しろ情報管理には細心の注意を払っているものでしてね」
リーマンの言葉はエイルを気遣うようだが、無表情の為その真意は分からない。
「とは言え私のタスクは終了です。ここから先は他の者が案内しますので、そちらについて行ってもらえればと思います」
そう言うとリーマンは奥に続く通路の先を見る。
1人の人影がこちらに向かって来ている。
「薄々感じているかとは思いますが、貴方がこの状況から1人で逃げ出すことは不可能だと思ってください」
「そんな…」
その言葉にエイルの表情は不安の色が増す。
そんな心情を無視するようにリーマンは来た道を引き返して行く。
「貴方が正しい選択をすることを願っています」
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「失礼します。エイル・サークライ調査補でお間違いありませんか?」
リーマンと入れ違うように現れた人物は、非常に美しい女性だった。
「…エイル・サークライです」
「かしこまりました。案内を承ります、一型アイラと申します。お見知り置きを」
「ついて来てください。1点注意としましては、過去同様の状態にあられた方の中で、私に対して危害を加えようと試みた方がいらっしゃいましたが、誰一人として成功しておりません」
何事もないようにアイラは言うが、エイルは冷や汗をかいている。
こちらに歩いて来ている当初より、一切隙がないのだ。
直立不動でこちらに話しかける様は、口元が動いていなければまるで人形のようだ。
返事を待たずに背を向け、アイラは歩き始める。
「…ついて行くしかない」
エイルは通路を歩いて行くのだった。
「あの…ここは騎士団の施設なんですよね、何故僕は連れてこられたのでしょうか?」
移動の最中にエイルは尋ねてみるが、
「回答致しかねます。一型アイラの役割、および機密段位の範囲外です」
この通り事務的な拒否をされるだけだった。
エイルは少し考え、質問の方向性を変えてみる。
「イチガタアイラ、というのはどこまでが名前なのでしょう?」
「アイラとお呼びください。一型は役割を指し、本拠点における雑務を担当しております」
先ほどの回答を紐解くと、役職が低い為情報保護の観点から離せないことが多い、ということなのだろう。
エイルは可能な限りの情報収集に努めるが、いかんせん情報量が多く処理し切れていない様子だ。
きめ細やかで継ぎ目のない白い壁、独りでに開閉するドア、人間味を感じない案内人…
頭を悩まされていると、アイラが1つのドアの前で止まった。
「こちらの部屋にて現在の状況を担当よりご説明致します。中に入ってお待ち下さい」
中はテーブルと、それを挟むように椅子が置かれている殺風景な部屋だ。
「担当者を呼んで参りますので失礼します」
そう言ってアイラはドアを閉めた。
一人になったわけだが、エイルは動く気にはなれなかった。
歩いて来た道は多少入り組んでいるものの、覚えられる範囲だった。
しかしリーマンと共に入ってきたトビラを一人で開けられる保証が無かった。
「まるで別世界に来たみたいだ…」
今いる部屋は椅子とテーブルしか無い。
しかし普段見慣れている木製のそれらとは明らかに素材が違う。
明かりも蝋燭でもランプでもなく、光量は非常に強く、部屋は非常に明るく保たれている。
壁に触れてみると凹凸を感じないほどに滑らかで、継ぎ目がない。
エイルの服装が浮いて見えるほどの違和感だ。
そんなことを考えているとドアをノックされた。
エイルは背筋を伸ばす。
「サークライ調査補、失礼します」
先ほどのアイラがドアを開けて現れる。
「失礼する」
それに続いて入ってきたのは、中年の男性だった。
男性は椅子に座ると、持っていた紙を机に置いてエイルに向き合う。
「いきなり様々な事が起きて混乱している事でしょう。アイラ、お茶を用意しなさい」
指示を受けアイラは部屋を退出する。
「さて、自己紹介がまだでしたね。私はキアン・ヘイズル。役職は調査副統括をしている。今後は君の上司になる者です」
ヘイズルの自己紹介を聞いてエイルは口を開こうとするが、ヘイズルは手を出して遮る。
「質問はある程度想像している。これからある程度答えるつもりだ。それを聞いた上で質問してくれ」
「だが、まずは挨拶をせねばならまい。これは慣例だがね」
ヘイズルはそう述べた上で、告げる。
「ようこそ。この国の、世界の裏側へ。我々アングスト王国第9師団は君を歓迎する」