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武術試験の待機列に並んで30分ほどか、やっとエイルの番が回って来た。
「908番、エイル・サークライです。よろしくお願いします」
「おう、そっちのテーブルから得物を持ってこい」
担当の試験官は先程の両手剣の騎士のようだ。
待機列の側に準備されている武具の中からショートボウと短剣を手に取り短剣を腰に、ショートボウを手に持つ。
「弓か、弓は射撃の腕を見る。奥の的を狙え。短剣は模擬戦を行うか?」
弓は止めることができない為、的への射撃試験のようだ。
「短剣は模擬戦をお願いします」
試験官は射撃場の方まで歩いて行く。
エイルもそれについて行く。
ショートボウは物にもよるが100mが有効射程距離だ。
威力はロングボウに劣るが小回りが効き連射速度に優れている特徴を持つ。
エイルは目測で80m程の位置に立ち、矢をつがえる。
「始めます!」
その声とともに矢を放つ。
鈍い音と共に的に突き刺さり、真ん中を撃ち抜いた。
結果を気にせず次々と矢を放っていく。
10本程売ったところで構えを解き、的を改めて確認する。
「良い腕だ、速射も精度も十分なようだな」
矢は的の真ん中に殆どが突き刺さっている。
幾つかの矢は的の側に落ちている。先に放った矢にぶつかったのだ。
感謝を伝えつつ矢を回収すると、的から距離を取るように歩き出した。
「おい、ショートボウでその距離は届くのか?」
エイルは200メートル程離れた位置にいる。
ショートボウの最大射程距離は200m程と言われているが、あくまで届くと言うだけの距離だ。
「行きます」
少し角度をつけ、構えていた矢を放つ。
もちろんこのままでは届かないだろう。
普通であれば、だが。
エイルは矢を放った手の指を鳴らすと、すでに落ち掛けていた矢の速度が劇的に上昇した。
明らかに初速すら超えている。
高い音が響く。的に命中したのだろう。
「飛んでいる矢に対して風の魔術を放ったのか。大した精度だ。ロングボウを使う必要が無いわけだな」
魔術剣士である試験官は一目で仕組みを理解したようだ。
「はい、その通りです。ロングボウにも負けない距離を飛ばすことが可能ですし、ロングボウを使えば更に距離を伸ばせます」
軽く説明をすると更に矢を取り出す。
その手には3本の矢が指の間に挟まれている。
「おいおい、それもどうにか出来ちまうのか?」
試験官は若干呆れたような顔をしている。
矢を同時に撃つ。それは普通であれば不可能だ。
複数の矢を制御することは限りなく難しく、そもそもエネルギーが複数の矢に分散するので射程距離も大きく落ちる。
「これで最後です」
そう言うと弓を構え、呼吸を整えたのち放つ。
そして先程と同様に指を鳴らす。
放たれた矢は明らかに的からそれた方向に飛んでいたが、指が鳴った途端、方向が逸れて一気に加速した。
先ほどよりも大きな音がなる。
大きな音に他の受験者も此方を見た。
「的中しました。弓は以上です」
そう言って矢を回収すると試験官の元へと向かう。
「…魔術弓士を専門にしてる奴は少ないが、これからは訓練に盛り込んでも良いかもしれんな」
試験官は何かを考えるように顎をさすりながら頷いている。
「ほぼ合格確定だろうな、これほどの弓士は騎士団にも少ないぞ。」
厳しい訓練を自分に課した。それが報われる一歩手前まで来たことで笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、引き続き模擬戦をお願いします」
次は短剣の模擬戦だ。ここで評価を落とすわけにはいかないと気を引き締めるのだった。
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「模擬戦で魔術を使っても良いぞ?大怪我にならないようにだけ注意してくれ」
試験官が楽しそうに笑みを浮かべている。
わかりました、と返事をするが顔は引き立っている。先程の射撃の結果から短剣も期待されているのだろう。
少し距離を取り向き合う。
試験官は正面を向き両手剣を上段で構えている。
それに対してエイルは半身を向け、片手で中段付近で構えている。
「お前のタイミングで始めろ」
「はい」
と、返事をしたもののエイルは動かない。
仕掛けるには得物のリーチに差がありすぎる。
だがエイルは走りだした。
短剣はいつでも振れる状態をキープしている。
試験官は少し意外な顔をした。
エイルが弓士である事を考えると短剣は近接戦闘に持ち込まれた際の防衛用の最後の手段だろう。
始めろ、とは言ったものの向かってくるとは思っていなかったのだ。
撃ち合う距離に入る、その寸前。
「〜っち!【土壁】!」
試験官が取ったのは受けの一手だった。
バックステップを踏み、その場を離れる。直後に展開した土壁は両断された。
「そらっ!」
掛け声と共に剣を振ると炎が吹き上がる。
だがエイルにたどり着く前に炎はかき消された。
「短剣を振る瞬間に風で刃を作っているのか。本当に細かい操作が得意なようだ、なっ!」
エイルの斬撃を捌きながら評価する。
返答の代わりか、エイルは攻撃を続ける。
魔術を用いた戦闘では相手の属性や出力に注意を向ける必要がある。
炎の壁では土の礫を受けるのは難しいが、水の玉なら蒸発させることが出来る。
水の球体を土の壁にぶつけても砕くのが難しいが、圧縮した水なら削ることが出来る。
相性が明確にあるわけでは無いが、属性ごとの特徴を把握して使用するのが定石だ。
基本的に固体で形状が安定している【土】属性による壁の展開は、様子見に適していると言えるだろう。
試験官は後手に回り、接近を許す事になる。
エイルは不利な状況を傾けつつある事を感じながら次の手を打つ。
「矢だとっ!?」
エイルの空いている片手に握られているのは先程の試験で使用したまま、矢筒に入れられていた矢だった。
矢尻の先は屈折しており、風の刃が展開されている事が見て取れる。
試験官は両手剣で受け止めると、いとも簡単に矢は折れてしまう。
だが短剣が振られるには十分な隙が生まれた。
「頂きました」
短剣の先が鎧の隙間に向いている。
それを見て試験官は降参を申し出た。
中々見ることのできない魔術を使った近接戦闘に待機列や、周囲で見ていた騎士から歓声が沸いた。
「素晴らしい発想だサークライ。自身の長所短所を理解した上で戦術を組んでいるな。久しぶりに緊迫した模擬戦が出来たぞ」
試験官はバシバシとエイルの肩を叩いている。
「合格発表は2週間後だ、忘れずに来いよ。もっとも、来なかったらこっちから探しに行くがな!」
どうやら試験官に気に入られたようだ。
試験官に模擬戦とは言え勝利したこと、明らかに高評価を受けたことで口元が緩むのを止められない。
「はい、ありがとうごさいました!」
目標にもう少しで指が掛かる所まで来た実感に心を浮かせながら、駐屯所を出て今日の宿を探しに行くのだった。