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アンクスト王国首都 - アンクスト
大陸でも有数の規模を誇る王国の首都で、一人の青年が歩いていた。
「騎士団駐屯地はこっちだったかな・・・。」
首都の人の多さに慣れていないのか、疲弊した表情で独り言をつぶやいている。
自身の成人と共に町を出て、憧れの騎士になるために首都にて行われる入団試験を受けに来たのだ。
ここ10年ほど大きな戦争は起きておらず、表面上は平和を保っている大陸においても、
魔物の被害は各地で発生し、各国が頭を悩ませる種となっている。
単体ではさほどて手ごわくないゴブリンやアッシュウルフも、群れを成せば大きな脅威だ。
かくいう青年も幼いころ、魔物の襲撃に巻き込まれた際に救援に駆け付けたのが王国騎士団だった。
彼の記憶の中では自分を背に魔物と対峙する騎士の背中が今でも鮮明に思い出せる。
守る力が欲しい、そう思い続けて訓練を行ってきた。
騎士になるために首都へ行くと決めた際に家族は涙しつつも応援してくれた。
幼馴染のサーシアはずいぶんと怒らせてしまった。帰ってくると約束して何とか事なきを得たが・・・。
当時のことを思い出し少し苦笑いを浮かべながら、歩き疲れた体に活を入れ駐屯地を目指すのだった。
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「入団希望者か?」
「は、はい!」
やっとの思いで駐屯地の前まで来ると、門兵にいきなり声をかけられる。
試験の期間であることから、用のありそうな雰囲気だった青年に声をかけたのだろう。
「入って右の建物の前まで行け、寄り道とか考えるなよ?」
駐屯地ということで機密もあるのだろう、威圧するように回答があった。
「ありがとうございます」
緊張した面持ちで返事をし、指示に従って駐屯地の中を進む。
目的の建物は目視できるのだが、駐屯地だけあって距離がある。
数万の騎士を抱える騎士団の本部だ、見える建物はどれも初めて見るようなサイズばかりだ。
途中、中年の騎士と思われるが目の前から向かってきた。
会釈をして通り過ぎようとすると声をかけられる。
「お、入団希望者か、がんばれよー」
「はい!」
片手をあげながら去っていく男性を見ながら、緊張がほぐれたことに感謝していると、目的の建物の前までたどり着いた。
建物のドアは開いており、中を覗くと試験希望者が並んで受付を行っているようだった。
それに習い並んで待っていると、前の二人の会話が聞こえてくる。
「お前さんはどの師団希望なんだ?」
「そりゃ、騎士の華の第1師団よ。腕っぷしにゃ自信あるぜ」
「そいつぁいいな、俺は魔術師なんで第5師団一直線よ。第1師団は貴族様も多くてめんどくさいらしいから気をつけろよ」
この国の騎士団には五つの師団がある。
各師団ごとに特徴があり、各師団が状況に応じて配置されている。
話しにあった第1師団は首都勤務が多くエリートコースとも噂されている。
第5師団は魔術師を集めており、その道のスペシャリストが多く在籍しているという。
そんな話を盗み聞きながらようやく自分の番が回ってくると、受け付けに座っているのは
優し気な笑みを浮かべた可愛らしい女性だった。この人も騎士なのだろうか。
「入団試験へようこそ。こちらでは事前の登録を行っております。いくつか質問しますので回答して下さい。」
ここで試験の受付であっているらしい。
女性は羊皮紙とペンの準備してから、改めて青年を見て質問を始めた。
「お名前、年齢、種族は?」
「エイル・サークライ、16歳、普人族です」
「武術は何を?」
「弓と、護衛に短剣を」
「魔術は?」
「四属性扱えますが、得意なのは風属性です」
この世界における魔術は、【自身の持つ魔力】と【発動する魔術のイメージ】、
【発動する際のトリガー】これらの要素を合わせて発動することができる。
「起こりうる事象を、起こりえない方法で発動する」のが魔術と言われている。
一般的には【火】【水】【風】【地】の属性が一般的であり、【四属性】とまとめて呼ばれることが多い。気候や土地によっては【雷】や【氷】などの属性を扱う魔術師もおり、貴重な属性とされている。
四属性の中では視認できず、比較的習熟が難しいとされている風属性の魔術を得意とするのがエイルの密かな自慢だ。
「ありがとうございます、それでは質問は以上になります。」
幾つかの質問が終わると、羊皮紙に書き込みながら数字の書かれた小さな木片を渡された。
「908」と書かれている。
「これが受付番号です。木片は無くさないようにしてください。」
「この後は実技試験になります。当館を出て右手に訓練場があります。入り口で木片を見せて案内に従ってください。健闘をお祈りしております」
受付は終了したらしい。
感謝を伝えると笑顔で返され、少し顔を赤くしながら建物を出て訓練場へ向かうのだった。
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訓練場では実技試験の最中のようだ。
この試験で大まかな実力を測っており、ある程度のふるいに掛けられる。
「こっちだ、木片を見せろ」
訓練場の端に置かれた机で、臨時の受付を行っている騎士に声をかけれ、それに従ってそちらに向かう。
「ここで武術と魔術の出来をみる。それぞれ奥と手前の塊でやってるから好きな方からやれ」
わかりました、と返事をしてから指示された方向を見る。数人の試験官役がいるようだがそれでも列が出来ていた。
「少ない方で良いかな?」
一人呟き手前の魔術試験の列に並ぶ。
魔術は全員が使えるわけでは無い。
種族や個人差で魔力量には差があるが、戦いに使えるほどの魔術師は比較的人数が少ない。
「どうした、派手だが3回で限界なのか?」
前で試験を行っていた女性が青い顔をしながら横に首を振っている。
大きな火球を的に向かって放っていたが、3回で魔力が底をつき掛けているようだ。
威力はありそうだが発動回数を見ると魔力量はあまり無いようだ。
「〜っ!【豪炎】よ!」
諦めずに前に手を掲げたが、小さな炎が的に当たる前に消えてしまった。
「次!」
試験官が手に持つ羊皮紙に書き込むと声を上げた。
女性は肩を落としながら歩いて行った。
自分も落ちるかもしれない、そう思うと心臓がバクバクと音を立てている気がしてくる。
順番が来て欲しく無いような、早く終わらせたいような、複雑な気持ちで待っていると自分の番が来てしまった。
「次!」
「908番、エイル・サークライです。よろしくお願いします」
試験官が頷くのを確認してから、的を見る。
距離を分けていくつかの的が並んでいる。
呼吸を整えると、手を前に向け、
「【火】よ!」
そう叫ぶと手から幾つかの小さな火の玉が的に向かって行く。だがこれだけでは終わらない。
前に向けていた手で指を鳴らす。
的に向かっていた火の玉のうち、幾つかの進路を遮るように細長い土の柱が地面から生え、火の玉が直撃する。
柱に当たらなかった火の玉は50メートルほど先の的に全て命中し、表面が黒く焦がした。
「ほう、細かい操作が得意な上にトリガーも短いな。しかし威力は心許ないな」
魔術の発動に必要なトリガーはあくまで個人の好みに委ねられる。
イメージをより強固にするために言葉にする、身振りをするのが一般的だ。
優秀な魔術師はこのトリガーにこだわり、手早く、コンパクトに行うと言う。
「正直に言って魔力量はそこまで多くありません。ただ武術を主力としているため補助に考えています」
評価を決められてしまう前にフォローすると、納得したように頷いてから手元の羊皮紙に書き込み始めた。
「よかろう、では次!」
悪い評価では無さそうだ。
少し安心すると場を離れ武術の列に向かった。
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武術の列では的への攻撃だけでなく、試験官役との模擬戦なども行っているようだ。
今目を引くのは両手に片手剣を持った剣士の模擬戦だ。あれば猫の獣人族だろうか。
手数とスピードを駆使して両手剣を扱う試験官役を翻弄しているようだ。
待ちの列からも歓声が飛んでいる。
しばらく模擬戦は続いたが、両手剣の一振りを避け、首筋に剣を添えた双剣士が勝ったようだ。
一際大きな歓声が上がる。
「良い腕だ、結果は期待して良いぞ」
試験役に褒められ、双剣士も少し嬉しそうだ。
「だが」
と言葉を切ると奥の的に目を向ける。
両手剣を胸元に掲げた後、的に向かって振り下ろした。
すると剣から的に向かって火が吹き荒れ、瞬く間に的を黒焦げにしてしまった。
「重要なのはこれからだ。入団はゴールでは無い、スタートなのだ。慢心せず励めよ」
どうやら騎士は魔術剣士だったようだ。
双剣士も見ていた受験者も顔を引きつらせ頷いた。
「次!」
受験者の勝利で浮ついたかに見えた空気は一気に引き締まったのだった。