路地裏の呼び声
呼び声は、遠くから木霊する鈴の音によく似ている。
にゃあ、と何処からか猫の鳴き声が聞こえた。聞き覚えのある声。路地裏に住んでいる親子の、親猫の声だ。
遠くから響くような泣き声に、少年はきょろきょろと周囲を見渡した。
声の主は、いない。
首を傾げて視線を路地から離した瞬間、路地の陰に消えていく黒いしなやかな影が視界の端に映った。
親猫。
路地の陰に浮かび上がる金の瞳が、明確な意思を持って少年を見上げる。
突如猫は身を翻し、にゃあ、と一声鳴いた。
路地に消えた猫の姿を、少年は慌てて追った。ついて来い、と呼ばれたような気がしたのだ。
にゃあ
少年に道案内でもするかのように。
にゃあ
時に姿を見せながら、時に声を発しながら。
にゃあ
少年が追いついてしまわないように、少年が姿を見失わないように。
にゃあ
枝道で立ち止まった少年の頭上で、親猫は塀の上から少年の死角へと身を滑らせるように降りていった。
少年は、その後を追って、細い路地の角を曲がる。そこに、親猫の姿は無かった。
みゃあ、と路地の奥からか細い鳴き声がした。
聞き覚えがあった、子猫の鳴き声だ。
子猫の声を頼りに、もう少し奥へと、路地を進んだ。
そこに、親猫の亡骸に寄り添う子猫の姿があった。
みゃあ、みゃあ、と必死に呼びかけても、顔をいくら舐めても、親猫はぴくりとも動かない。それでも、子猫は、その亡骸に呼びかけ続けていた。
少年は、しばし痛ましげにそれを見つめ、やがて意を決したように、沈痛な面持ちで、親子の傍に寄った。
子猫は近づいてきた人の気配にも気づかず。親へと身体を擦り付けていた。
その亡骸を、少年は手近な割れた煉瓦で掘った簡素な墓穴に丁寧に葬って、ゆっくりと手を伸ばして、そっと鳴き続ける子猫を抱き上げた。
腕の中でなお、幼い子猫は親へと呼び続ける。
にゃあ、と何処からか、別れを告げるかのような親猫の声がした。