淡からはじまる 02
「なにが起こったんだ?」
ラトスは慌てて周囲に目を配る。自分と同様にメリーも動揺していて、両膝を落としていた。ところがセウラザとシャーニには恐れの様子がまったく無かった。静かに、閉ざされた木窓へ目を向けている。
「これはよくあることだ」
「こんなことが、か?」
「外を見てみるといい」
言いながら、セウラザが木窓へ向かう。窓に手をかけゆっくりと押した瞬間、きいと軋む音と共に光の筋が室内へ差し込まれた。その光は淡いものであったが、薄暗い室内には強すぎたため、一瞬でラトスの目を眩ませた。
「さっきまであんなに暗かったのに?」
手招きしているセウラザに誘われ、先にメリーが木窓へ駆け寄っていく。
メリーが外をのぞきこむと、差し込む光に身体を包まれ、まるで白く溶けていくように見えた。
「夢の世界は、時々わずかに動くのだ。今のように光量や天候などが最も変わりやすい」
楽しそうに外を見るメリーに向け、セウラザが説明する。次いでラトスを手招きし、メリー同様に外を見るよう促した。誘われるがままにラトスは木窓へ近付く。息を飲みつつメリーの傍に立つと、気付いた彼女がラトスの顔をのぞき込み、微笑んだ。
「嘘のように、どこにも暗闇がないな」
「本当ですね! でもやっぱり、明るくなっても色が悪いです」
「……色が、悪いって?」
不意の言葉に、ラトスは肩をびくりと揺らす。
世界が色褪せて見えている自分と同様に、メリーも色を見ることが出来なくなったというのか。
「……もしかしてメリーさんも、ここが色褪せて見えるのか?」
「そうですよ? 森に着いた時から、私とラトスさん以外が暗いというか……色が抜け落ちていたじゃないですか。ラトスさんもそうでしょう?」
メリーの問いに、ラトスは苦い顔をする。元々すべてのものがくすんで見えるというのに、同意を求められても分かりようがない。それでもラトスは、広場の先へ目を向けてみた。様々な形で建ち並んでいる家の色を再度確認していく。しかしやはり、いずれも色褪せていた。
「いや、俺はもっと前から色がよく見えないんだ」
「えっと、それは……色弱のようなものですか?」
「……まあ、そんなところだ」
「ということは……ここがラトスさんの夢の世界だから、色があまり無いということですか」
「そうらしいな」
ラトスはうなずきながら、草原の光景を思い返した。
一面の緑と、あふれる七色の光。ラトスの抱える心傷を越えて、鮮やかな色をはっきりと見ることが出来ていた。どうやら夢の世界というものは、各個人で感じれる以上のなにかも五感を刺激させるのかもしれない。
「不思議なものだ」
夜明けのような明るさを湛える広場に向け、ラトスはすうと息を吐く。
寒くもないのに、吐きだした息が白く染まり、光に溶けていった。
「セウラザ、ここはまた、暗くなってしまうのか」
「そうだな。最近は暗い時間が多い。またすぐに暗闇が広がるだろう」
「それなら明るいうちに出発するほうがいいな」
ラトスはそう言って、隣にいるメリーの肩を叩いた。細い身体が、びくりと跳ねる。メリーの顔色が一瞬で青くなり、すがるような目をラトスに投げかけてきた。悪夢の回廊に行くという目的をすっかり忘れていたかのようだ。ラトスは片眉を上げつつメリーの肩を再び叩いた。
「気持ちは分からないでもないが、もう一度あの暗闇を歩きたくないだろう?」
「そ、それはそうですね」
ただでさえ、この後に避けられない困難があるのだ。被る必要のない害は、避けたほうがいい。
メリーの手が、自らの腰に佩いている細剣を撫でるように触れる。
そうしてから何度かうなずき、全身を強張らせた。




