夢からはじまる 03
「ここが夢の世界だと、どうやら真面目に言っているらしいな」
「冗談を言う意味がない」
「……なんてことだ」
ラトスは顔面を手で覆ったまま、大きく息を吐きだした。
確かに、森の沼で異常な現象が起きてからこれまで、普通と思えることはなにひとつない。景色も、行き交う人々もみな、現実感がなかった。夢の世界だと認めてしまえば、これまでのことは全てしっくりと心の内に収まるというものだ。
理解できないことに対して、受け入れなければならない時が来たのか。
夢の世界などと嘲笑い、思考停止している場合ではないということなのか。
「セウラザ、お前は自身のことを器だとか言っていたな」
「そうだ。私は人形で、器のようなものだ」
「人形にしてはよく喋るようだが」
「そうだな。喋ることも、身体を動かすことも出来る。今は、そういう存在なのだ」
セウラザが腕を振ってみせ、ラトスに視線を向ける。質問に対して答えたつもりなのかもしれないが、ラトスはセウラザの言葉の意味をほとんど汲み取ることが出来なかった。
「そちらの子もセウラザさんですか?」
ラトスとは違い、警戒心のすべてを解いたメリーが尋ねる。セウラザとシャーニの後ろへ回り込み、興味芯々で観察をしつづけていた。ところがセウラザもシャーニも、メリーの行動に意識を向けることなく、静かに立っていた。動きがあるとすれば、風もないのにシャーニの長い金髪が時折ゆれ動き、暖炉の明かりを受けて輝く程度。ラトスからの視線にも、シャーニが大きな反応を示すことはなかった。
「いや。この子は、この世界の住人の一人だ」
セウラザが足元にいる少女の頭をなでつつ、首を横に振る。それに対しても、シャーニが反応することはなかった。ただ虚ろな瞳で、宙を見ている。
「シャーニ……だよな?」
ラトスは声を小さくこぼした。
唇が少しふるえ、傷のある頬が少し引き攣る。
「そうだ」
「……なぜここにいるんだ?」
「何度も言ってるが、ここは君が今までいた世界ではないのだ」
「……そうか。夢の世界だと、お前は言ったな」
心の内に残っていたわずかな違和感が消えていく。思考が裏返るとは、こういうことなのか。セウラザが言った言葉を思い出し、ラトスは天井を見上げた。するとそこには、小さなカンテラがひとつ、ぶら下がっていた。風もないのに、ゆらりゆらりと揺れている。
「ああ。確かに。……ここは俺の夢の中だ」
ゆれるカンテラに、ラトスは目を細めた。
同時に、黒い靄が視界に現れる。徐々に広がり、ラトスを包みはじめた。
靄の向こうに見える、景色。見間違えるはずもないと、ラトスはうなった。妹が死んでから半年もの間、何十何百と見てきた悪夢の光景そのものであったからだ。改めて見回してみると、奥の暖炉も、屋内の様子もすべて、夢で見たものとまったく同じであった。
「……ラトスさん? 大丈夫ですか?」
黒い靄の向こう側で、メリーの声がぼんやりと聞こえる。
返事をしないでいると、声が再び、大きく鳴りひびいた。しかしすぐに、メリーがなにを言っているのか聴き取れなくなった。




