影からはじまる 01
ようやく巨大な穴を迂回しきると、遠目に見えていた街の全貌がはっきりと見えてきた。そこはエイスとは明らかに違う、奇妙な街であった。無計画に四方八方へ延びる道と、独特の造りをした建造物がいくつも建ち並んでいる。いずれも地域や年代がばらばらで、統一性がまったく無い。
「あれは、なんですか……?」
「家だろう。岩をくりぬいて造られる住居だ。見たことないのか?」
「ありませんよ。……あ、あそこにある家は素敵です! 白くて、綺麗」
「海辺でよく見かける家だな。向こうには、木の上に造られた家もあるぞ」
「どれも……見たことがないものばかりです……」
メリーの目が大きく見開かれ、左右に振られる。
貴族の娘であるために、遠い地域の建造物などを見る機会がなかったのだろう。まるで観光にでも来たかのような昂りを見せていた。
メリーとは逆に、ラトスから見ればいずれも見たことがある建造物ばかりであった。珍しいものもあるが、それもどこかで一度は見たことがある。建造物だけでなく、道の造りも、行き交う人々の服装もすべて、どこかで見たことのあるものばかりであった。
混ざりあった街の奥へ入っていくと、次第に周囲が暗くなっていった。
雲の影が落ちたのかと、見上げてみる。すると淀んでいた空も暗くなっていた。渦巻いている雲も、心なしか速く流れている。不安に感じ、ラトスたちは元来た道へ戻りだした。すると周囲がすぐに明るくなり、空の淀みもいくらか明るさを取り戻していた。
「ここそこに、暗い場所がありますね」
戻る前の方向とは別の方へ、メリーの腕が伸びる。「確かにそのようだ」とラトスはうなってみせた。混ざりあった街の上空に、暗くなった空がまだらに浮かんでいる。暗い空の真下を見ると、街もまた暗くなっていた。
「変な天気……というわけではないですよね」
「こんな薄気味悪い天気があってたまるか」
「ですよねー……」
がっかりした表情でメリーが空を仰ぐ。しかし暗くなる原因さえ分かれば恐れることはない。二人は明暗繰り返す街を歩きつづけ、気になる方へ足を進めていった。『会えるようになっている』らしいセウラザを見つけるには、気になる方へ進みつづける他ないと思えた。
歩きつづけているうちに、少しずつ街の様子が気にならなくなっていく。違和感を飲み込む影が、再び現れたわけではない。異様な世界に対し、感覚が麻痺しはじめているようであった。時折すれ違う人々がこちらを認識しないで歩いているのも、そういうものかもしれないと受け入れはじめてすらいる。
「……あれは」
何度目かの、街が明るさを取り戻しはじめたころ。ラトスは突如、足を止めた。
足が向いている先に、周囲より少し高い石造りの建屋があった。周囲の石畳は土が多く被っていて、丈の長い雑草が生い茂っている。それとは対照的に、建物の外壁だけは丁寧に手入れされていた。
「知っている場所ですか?」
「俺が所属しているギルドの建屋だ」
「それって、えっと、ラングシーブの?」
「そうだ。周りはずいぶん汚いが……」
近付いてみると、小さな看板が木戸に打ち付けられていた。『ラングシーブ』とだけ刻まれた、不愛想な看板。元の世界とまったく同じ大きさで、同じ形である。ラトスは看板と木戸に触れ、屋内に意識を向けてみた。
「……中には誰もいないようだな」
「入ってみますか?」
「ああ」
メリーに促され、ラトスは木戸を押す。ギイと鈍い音がたち、戸がゆっくりと開いた。同時に屋内へ光が差し込んでいく。わずかに立ち上がった埃が光に踊り、奥へ逃げるように散っていった。
「本当に、誰もいないですね」
ラトスを盾にするようにして屋内をのぞき込むメリーが、小さく声をこぼす。
「そのようだな」
「調べてみますか?」
「いや、ここはいい。別の場所へ行こう」
屋内を見回し、ラトスは無表情に応えた。
建屋内に並んでいる、いくつかのテーブルと椅子。その奥に据えられたカウンター。どこを見ても人の姿はない。セウラザという人物も、なぜだかここにはいないような気がした。
屋内をのぞき込んでいるメリーを押し出し、外へ出る。ラトスは軋む木戸に手をかけ、ゆっくりと閉じた。直後、屋内に奇妙な気配を感じた。驚き、木戸から飛び退く。すると戸の内側からガチャリと、鍵をかけるような音が聞こえた。
「……ふぇ?」
メリーの声が引き攣る。
屋内には確かに誰もいなかった。しかし今の音が、人の手によるものではないなどと思えるはずもない。二人はしばらく硬直していたが、我に返ってからもう一度木戸を押してみた。
「開かないな」
「い、今の、なんです? そ、そういう仕掛けなのですか?」
「そんなわけないだろう」
「……え……えええ、もう、いや……こわ……」
引き攣った声が震えだし、メリーの肩が縮こまった。どうやら苦手に感じる現象であったらしい。ラトスはメリーの背を軽く叩いてやり、ラングシーブの建屋から離れさせた。




