復讐からはじまる 01
しばらく、お互い無言になった。
ミッドが椅子に腰かけた際に舞いあがった埃が、ちらちらと光の中を踊りながら落ちていく。テーブルの上に、少し傷んだ木の床に、眠そうにあくびをしている受付がいる階下に、ちらちらと落ちながら消えていく。その光景を二人は黙って見ていた。
「ひとつ、提案があるのだが」
沈黙を破ったのは、ミッドの低い声だった。
「なんだ」
「ここに来ている、あの馬鹿みたいな依頼を受けてみたらどうだ」
「依頼だと?」
ミッドの言葉を受け、ラトスは階下を見下ろした。カウンターにいる受付の男が目に映る。何度目かのあくびをしていて、今にも眠りに落ちそうだ。
「まさか、王女のか」
「そうだ」
「馬鹿なことを」
ラトスは頭を横に振り、ミッドの提案を一蹴した。
今、エイスの有力なギルドには、ひとつの人捜しの依頼が入っている。
無論、ただの人捜しではない。依頼を出したのはエイスの王家であり、依頼を請けられる実力者以外には知られないよう、緘口令まで敷いたものであった。
捜索対象は、この国ただ一人の王位継承者である王女である。
ラトスはため息と共に、「馬鹿げたことだ」と再び吐き捨てた。
王家の大事を民間のギルドに頼るなど、あり得ないことである。しかも緘口令を敷いているため、まともな情報収集などできるはずがない。つい最近まで、巨額の報奨金目当てに何十人も城を出入りしていたようだが、みな面倒になり、途中で辞退しているという。
当然、エイスガラフ城の者たちも必死に捜しているだろう。しかし依頼が出てから、すでに一か月。捜索に進展があったという話は、まったく聞かない。
「悪いが、そんなくだらないことをする気分じゃない」
ラトスは目をほそめ、ミッドをにらみつけた。
金が欲しいわけでもないのに、面倒ごとを抱えたくはない。それよりも今は、考えなくてはならないことがあった。先ほど懐に入れた紙に書かれた、≪黒い騎士≫のことだ。
ラトスが考えつづけていることは、復讐であった。
≪黒い騎士≫とやらが何者なのか分からないが、妹の死に近いことは間違いない。ならば徹底的に調べあげ、妹に手をかけた者なら殺さねばならない。その想いだけで、ラトスは半年間なんとか気力を繋いできたのだ。
世界から色が消え、心が死に絶える前に。
必ず、復讐しなければならない。
それ以外のすべては、今のラトスにとって無に等しいものであった。