迷いからはじまる 01
穴から距離を取った二人は、しばらく呆然としていた。
これから先、どうすればいいのか。とにかく前へ進むしかないと分かっていても、眼前の光景が途方に暮れさせていた。するとどこからか、寝息のような音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、首を傾げる。
「……その腕輪」
ラトスはメリーの腕を指差し、声をこぼした。
メリーの腕に填められた腕輪から、寝息が聞こえてくる。
「その腕輪はペルゥと繋がっているものだったな」
「そう、ですね……、あれ、不思議ですね……今の今まで忘れていました……」
メリーが瞬きしながら腕輪を撫でる。もしかするとメリーも、ラトスと同じように思考へ影が落ちていたのかもしれない。懐かしそうな表情を浮かべつつ、ラトスに向かってうなずいてきた。
「もしかすると、会話ができるのではないか? というより、その寝息は……」
「たぶん、ペルゥですね……。試してみましょうか」
苦笑いしたメリーが、そっと腕輪に声をかけた。すると銀色の腕輪がかすかにきらめいた。間を置いて、眠たそうな欠伸が腕輪から聞こえてくる。
『ふあ……ああ、メリー?』
「あ、良かった。会話できるみたいですね」
途端にメリーの顔がゆるむ。精神的に疲労困憊であったから、彼女にとっては最適の気分転換になったのかもしれない。ラトスはメリーの様子に片眉を上げると、銀色の腕輪に顔を近付けた。
「おい、ペルゥ。俺の声も聞こえるな?」
『……んー? 聞こえるけどもー?』
「俺たちがいるこの場所のことを知りたいんだが」
『うん』
「そこの、草原の上にある岩山に行けると、お前は言っていたな。本当にそれで間違いないのか?」
『うん、そう!』
「……ぞんざいに答えているわけでは、ないだろうな」
『もちろん、そう! って言いたいところだけど、メリーがそこにいるからね。一応ちゃんと答えたよ!』
ペルゥの声に、メリーの顔が明るくなった。ついで、勝ち誇った表情をラトスへ向け、笑う。ラトスは両手のひらを見せ、苦笑いを返してみせた。
『そこはね。別の世界だと思ってくれたらいいよ』
「別だと? 岩山だと言ったじゃないか」
『えっと、うん、正確にはもっと色々あるんだけど。うん、そう。説明がね。長くなるからね!』
「面倒なわけだな」
『つまり、そう!』
悪びれもしない朗らかの声が鳴る。ラトスは呆れ、詳細を聞くことを諦めた。
とにかく、岩山に辿り着いていたことだけは間違いないようである。どのようにして岩山に広大な世界が内包されるのか疑問であるが、ラトスはそれ以上考えないことにした。不可解な点に一々引っ掛かっていては、きりがない。
「じゃあ、セウラザとやらは……どこにいるか分かるか?」
『んー? 見つかりそうにない?』
「あまりに広いからな。このままでは時間がかかりそうだ」
『あっははー! そうだね! でも、大丈夫。必ず見つけられるようになっているからねー!』
笑い声がひびく。声だけ聴けば、腕輪の向こうで猫がしゃべっているとはとても思えない。そんな奇妙な猫を頼りにしなければならないことに、ラトスは不安をぬぐえなかった。むしろ、聞きたいことをまともに答えてくれない分、不安が増しているかもしれない。
「……分かった。もう少し探してみよう」
ラトスは応えてうなずく。すると腕輪から再び笑い声がひびいた。ラトスの戸惑いを感じ取ったのだろう。ひとしきり笑ったあと、「じゃあ、メリー。頑張ってね」とメリーにだけ別れを告げ、ペルゥの声は聞こえなくなった。




