焚火からはじまる 02
その夜。
ラトスは夢を見た。
暗がりの中に、少女が一人いる。
直前までメリーと話していたので、夢にまで現れたのかと思ったがそうではなかった。暗がりからぼやりと近付いてきたのは、死んだはずの妹、シャーニであった。
薄暗いラトスの家の中。シャーニがじっとラトスを見ている。
シャーニが立っているところより少し奥に、小さな暖炉。火が入っていて、音なく揺らめいていた。時折音なく爆ぜて、少女の後ろ髪を強い赤に染める。
恨んでいるのか。
早く復讐をしてほしいのか。
それとも、ラトスも早くこちらに来いと言っているのか。
ラトスを見るシャーニの目に光はなく、ぼそぼそと何か言っている。しかし何と言っているかは分からない。シャーニが亡くなって半年、毎夜夢にシャーニが現れるのに、一度も言葉を聞き取れたことはなかった。
そのうちにラトスは夢の中で胸が苦しくなる。
苦しさで膝を突き、必ず妹の顔を下からのぞき込むかたちになった。そんなラトスをシャーニが見下ろし、追い撃つように何か喋りつづけている。
シャーニの頭上。天井からぶら下がる小さなカンテラが、ゆらゆらと揺れている。
カンテラとシャーニを見ているうちに胸の苦しみは最大になり、ついに夢の中でラトスは気を失いそうになった。
「ぐ、はあ! はあ! く、は……はあ」
呼吸を荒げ、ラトスは目を覚ました。
同時に、身体の下に敷いていた枝葉のすれる音が鳴る。ラトスは何度か地面を手でさわり、周囲を見回した。
森の中。
朝日はまだ昇っていないが、少し明るくなりはじめている。
ふと、すぐ近くで枝葉のすれる音がした。目を向けると、音の鳴った方向に布で作られたシェルターがあった。その下でメリーがもぞもぞと動き、眠っている。
ラトスは何度かまたたきをし、呼吸を整えようとした。しかしどうも息がしづらい。身体の中に黒い靄がかかっていて、ラトスを締め付けているようだった。
妹の夢を見たあと息苦しさにおそわれるのはいつものことだが、今日はいつもと違う。黒い靄のようなものが身体に渦巻いて目が覚めるのは、初めてのことだった。身体の中も、頭の中も、黒い靄のようなものが渦巻いている。息苦しさに加え、思考力までも消そうとしているようであった。このまま狂気に憑りつかれたほうが楽になれるのではないかと、ラトスの頭の奥が一瞬鈍く光った。
うずくまり、ラトスは夢に出てきたシャーニの顔を思い出す。
もしかするとシャーニが黒い靄を出していて、余計な考えを消そうとしているのだろうか。心を鋭くさせ、憎しみを忘れるなと、伝えてきているのではないか。ただひたすらに、目的を果たせ、と。
ラトスは頭をかかえて、しばらくそのままうずくまった。
布のシェルターから、メリーの寝息が聞こえる。ゆるやかに抜ける風が彼女の寝息を運び、森を静かに鳴らせていた。
この森の奥に、占い師の男が言っていた「隠された場所」とやらがある。王女捜索のためではなく、自らの目的を果たすための何かが、そこにあるはずだ。それさえ掴めば、早々に王女を見つけられるかもしれない。長くシャーニを待たすことなく、復讐を遂げることが叶うかもしれない。
これでいい。
間違っていないだろう?
決意を新たにした直後、頭の中の黒い靄が消えはじめた。思考が晴れ、鋭くなっていくのを感じる。同時に胸の苦しみも消えて、これまでのことが嘘のように清々しい気分になった。
ラトスはすっかり消えてしまった焚火跡の炭を、足で踏みつぶす。その音でメリーが目を覚ましたのか、布のシェルターの中から枝葉のすれる音がした。間を置いて、小さなあくびも聞こえてきた。