表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/285

焚火からはじまる 02

 その夜。

 ラトスは夢を見た。


 暗がりの中に、少女が一人いる。

 直前までメリーと話していたので、夢にまで現れたのかと思ったがそうではなかった。暗がりからぼやりと近付いてきたのは、死んだはずの妹、シャーニであった。


 薄暗いラトスの家の中。シャーニがじっとラトスを見ている。

 シャーニが立っているところより少し奥に、小さな暖炉。火が入っていて、音なく揺らめいていた。時折音なく爆ぜて、少女の後ろ髪を強い赤に染める。


 恨んでいるのか。

 早く復讐をしてほしいのか。

 それとも、ラトスも早くこちらに来いと言っているのか。


 ラトスを見るシャーニの目に光はなく、ぼそぼそと何か言っている。しかし何と言っているかは分からない。シャーニが亡くなって半年、毎夜夢にシャーニが現れるのに、一度も言葉を聞き取れたことはなかった。


 そのうちにラトスは夢の中で胸が苦しくなる。

 苦しさで膝を突き、必ず妹の顔を下からのぞき込むかたちになった。そんなラトスをシャーニが見下ろし、追い撃つように何か喋りつづけている。


 シャーニの頭上。天井からぶら下がる小さなカンテラが、ゆらゆらと揺れている。

 カンテラとシャーニを見ているうちに胸の苦しみは最大になり、ついに夢の中でラトスは気を失いそうになった。




「ぐ、はあ! はあ! く、は……はあ」



 呼吸を荒げ、ラトスは目を覚ました。

 同時に、身体の下に敷いていた枝葉のすれる音が鳴る。ラトスは何度か地面を手でさわり、周囲を見回した。


 森の中。

 朝日はまだ昇っていないが、少し明るくなりはじめている。

 ふと、すぐ近くで枝葉のすれる音がした。目を向けると、音の鳴った方向に布で作られたシェルターがあった。その下でメリーがもぞもぞと動き、眠っている。


 ラトスは何度かまたたきをし、呼吸を整えようとした。しかしどうも息がしづらい。身体の中に黒い靄がかかっていて、ラトスを締め付けているようだった。


 妹の夢を見たあと息苦しさにおそわれるのはいつものことだが、今日はいつもと違う。黒い靄のようなものが身体に渦巻いて目が覚めるのは、初めてのことだった。身体の中も、頭の中も、黒い靄のようなものが渦巻いている。息苦しさに加え、思考力までも消そうとしているようであった。このまま狂気に憑りつかれたほうが楽になれるのではないかと、ラトスの頭の奥が一瞬鈍く光った。


 うずくまり、ラトスは夢に出てきたシャーニの顔を思い出す。


 もしかするとシャーニが黒い靄を出していて、余計な考えを消そうとしているのだろうか。心を鋭くさせ、憎しみを忘れるなと、伝えてきているのではないか。ただひたすらに、目的を果たせ、と。


 ラトスは頭をかかえて、しばらくそのままうずくまった。

 布のシェルターから、メリーの寝息が聞こえる。ゆるやかに抜ける風が彼女の寝息を運び、森を静かに鳴らせていた。


 この森の奥に、占い師の男が言っていた「隠された場所」とやらがある。王女捜索のためではなく、自らの目的を果たすための何かが、そこにあるはずだ。それさえ掴めば、早々に王女を見つけられるかもしれない。長くシャーニを待たすことなく、復讐を遂げることが叶うかもしれない。


 これでいい。

 間違っていないだろう?


 決意を新たにした直後、頭の中の黒い靄が消えはじめた。思考が晴れ、鋭くなっていくのを感じる。同時に胸の苦しみも消えて、これまでのことが嘘のように清々しい気分になった。


 ラトスはすっかり消えてしまった焚火跡の炭を、足で踏みつぶす。その音でメリーが目を覚ましたのか、布のシェルターの中から枝葉のすれる音がした。間を置いて、小さなあくびも聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ