焚火からはじまる 01
「そういえば」
二人の荷袋を木にしばり終えると、メリーが口を開いた。
ラトスの顔色をうかがうように、のぞき込んでくる。
「ラトスさんは、行商人、なのですか?」
「行商人だって? まさか」
「旅慣れてるみたいなので、そうなのかと」
森を歩く速度を見て、そう考えたのだろうか。ラトスは苦笑いして、頭を横にふってみせた。その反応に、「そうなのですか?」とメリーの首が傾ぐ。どうやらあまり一般的な知識がないらしい。不思議そうな顔をする彼女を横目にして、ラトスはロープを取りだした。荷袋を縛り付けた木とは別の、少し離れたところにある手頃な木を選び、その間にロープを張っていく。
「俺はラングシーブだ」
「ラングシーブ……。それって盗賊の?」
メリーの声に陰りが生じた。上体を後ろに退き、ラトスから目線をはずす。王侯貴族の一般常識に漏れず、メリーもまたラングシーブを犯罪者の集団と教えられてきたようだ。
「すべて否定はしないが」
ラトスは無表情に応えつつ、二本の木の間に張ったロープに布をかぶせた。両端を縛って固定した後、視線を逸らすメリーの顔を見る。
「そうだな。盗賊紛いのことをすることは、あるかもしれない」
「紛い、ですか?」
「ああ。紛いだ」
ラトスはうなずいてから、メリーを手招きしてみせた。警戒しているメリーの肩が、びくりとふるえる。しかし簡易的に作った布のシェルターを手のひらで指し示すと、ほっとしたように肩を落とした。
そそくさとシェルター近くに寄って座り、ラトスを見上げるメリー。警戒こそ解いていないが、先ほどまでの悔しそうな表情が消えている。この程度で気持ちを切り替えてくれるなら、安いものだ。ラトスはメリーの表情に片眉を上げ、自らも彼女からわずかに距離を取って座った。
身体を冷やさないよう早々に熾した火の傍で、二人はしばらく話をした。
というより、ラングシーブに対する貴族の一方的な誤解を解く話が、主であった。
ラングシーブが盗賊と呼ばれる原因は、ふたつある。ひとつは契約以外で得た副収入を依頼主に渡さないこと。もうひとつは、言葉巧みな交渉によって副収入となる枠を増やす者がいることだ。しかしそれらは、ラングシーブだけが行っているものではない。大なり小なり、商売をしている者は皆がやっていることである。
「つまり冒険者というより、商売人という感じですね」
ラトスの話を聞きながら、メリーが大きくうなずいた。
メリーは良くも悪くも純粋だった。聞けば、まだ十九歳だという。
若さゆえの純粋さと、貴族として狭い世界を生きてきたために、思考や知識に偏りがあるようだった。自ら得た市井の知識などはほとんどなかったらしく、興味津々にラトスの話を聞いている。
「では副収入として得たものを依頼人がどうしても欲しいと言ったら、どうするのですか?」
「もちろん売るさ。高値でな」
「ずるいですね」
「賢しいと言ってほしい。限られた力をすべて利用して戦っているんだ。これからもそうさ」
焚火の明かりを見つめ、ラトスは自らに言い聞かせるように声をこぼした。
弱くなりつつある火に、細い枯れ枝を投げ込む。
間を置いて枯れ枝が爆ぜ、火はわずかに強くなった。
「ではもし、行ったこともないような場所へ依頼で行くことになったらどうするのですか?」
「ああ、それはな……」
メリーの質問攻めがつづく。
ラトスは面倒に感じながらも、メリーの質問にひとつひとつ答えていった。いつの間にかメリーの目から、ラングシーブに対する軽蔑の色は消えている。まるで子供と話しているようだと、ラトスは心の内で苦笑いした。
深まる夜に、焚火の明かりが温かくこぼれだす。
森が夜の静けさを取りもどすのは、しばらく時がかかりそうだった。
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