森からはじまる 03
進む足を鈍らせているメリーに、ラトスはふり返る。
「ずいぶんと足が遅いが、ここへは一度来たのだろう?」
「あのときは、もっと街道を通ってきたので……」
メリーの頭ががくりと垂れる。なんともお貴族様らしい返答だ。
これから行く「隠された場所」までは、まっすぐ森の中を進んでも二日、三日かかる。街道からは離れているので、ぎりぎりまで街道を利用したとすれば五日以上かかったことだろう。ずいぶんと遠回りし、高級品である栄養価の高い携帯食料で食いつないで目的地へ向かったに違いない。秘かに城を抜け出したにしては、ずいぶんな旅行ぶりだ。
「メリーさん、悪いが」
ラトスはメリーに手を差し伸べつつも、眉根を寄せた。
「手持ちの食料は、石みたいに固いパンと少しの肉だけでね」
「わかってますよ」
「そうか」
「ええ」
ラトスの強い口調におびえることなく、メリーがラトスの手をつかむ。気丈に顔を上げ、ラトスをにらむように目を見開いた。
「でも、すみません。ご迷惑を……」
気丈に振舞った表情が、一瞬で崩れていく。悔しそうに唇を結び、再びうなだれた。
暗い顔色。昨夜出会った時からずっと、メリーの表情に余裕はない。心身ともに疲れ切っている上、森の中を延々と歩きつづけてきただから無理もないだろうが。部外者のラトスから見ても、今のメリーの気力を維持させているのは王女への忠心や想いだけだと見て取れた。それを失えば、すぐさま心が砕け散るに違いない。
哀れではある。
そして都合が良い。
メリーの必死さは、ラトスも十分に理解できた。必死ゆえの盲目さも、どの程度になるか予想がつく。ラトスの目的のために利用するには、もってこいの存在だ。
「陽も落ちて大分経った。そろそろ休もうか」
ラトスは辺りを見回し、息を抜く。
メリーを利用するとすれば、今無理をさせて不信を募らせないほうがいい。
「……はい」
「明日は、もう少し歩く」
「はい……!」
「今日はここで野営だ。いいな?」
ラトスは緊張しているメリーから荷袋を受けとり、肩にかついだ。すぐ近くの木に寄り、二人の荷袋を幹にしばりつけていく。そうしながら目の端でメリーの様子をうかがっていると、彼女の拳が何度か強くにぎられているのが見えた。自分自身を叱咤しているのだろうか。目を細め、唇も結んでいる。やがて気持ちを入れ替えたらしく、ラトスの傍へ来て野営の手伝いをはじめた。
≪公開できる情報≫
≪エイスの森≫
エイスの城下街を取り囲む大森林。
城壁と道路周辺以外は厳しく保護されていて、開拓が許されていない。