森からはじまる 01 ◇挿絵あり◇
≪森の底≫
真夜中の森の中を歩いていた。
エイスの国は、広大な大森林に囲われている。森を切り開いて延びている大道など、森の広さからすればわずかなもの。ほとんどの地域が自然のまま、古くから受け継がれている。エイスから遠く離れるほど野路も少なくなるので、森の奥へ行くのは面倒なことこの上ない。ラトスはついに途切れてしまった野路を後にして、草木生い茂る森を突き進んでいた。
明かりとなるのは、手に持つ小さなランタンのみ。
光が届かない場所はすべて暗闇に落ちていて、何も見えない。顔を上げれば月が見えるが、多くの枝葉がわずかな月光すらもさえぎっている。もしもランタンを失えば、朝が来るまで動けなくなるだろう。
「あ、の! ちょっと、ちょっと待って、ください!」
後ろから声が聞こえた。年若い女の声。
ラトスは立ち止まり、声が聞こえたほうへふり返った。そこには深い暗闇しかないようだったが、よく見るとずいぶん離れたところに小さな明かりがあった。ラトスは目をほそめ、自らが持つ灯りをゆらす。するとラトスの灯りの動きに合わせて、小さな明かりも小刻みに揺れた。
「ちゃんと待っているぞ」
近付いてくる明かりに向け、ラトスは声を飛ばす。
やがて小刻みに揺れる明かりと共に、赤みがかった黒い総髪の女性が現れた。軽装ながら上等な布と革で縫われた衣服に身をつつみ、剣を佩いている。剣の鞘には細やかな装飾がほどこされていて、上級の兵士か騎士と一目で分かるいでたちであった。
ラトスは肩をすくめ、息を切らしながら近付いてくる黒髪の女性をじっと待つ。
「もっと……。もっと、ゆっくり……。本当に。お願いですから」
「ゆっくりだったと思うがな」
「女の子のゆっくりは、そうじゃないんです」
「……お前は兵士だろう?」
「いえ。だから。兵士じゃ……ないんです」
息を切らしている黒髪の女性がうなだれる。
縁もゆかりもない彼女と出会ったのは、つい昨夜のこと。占い師の男と別れてすぐ、見計らったかのように彼女から声をかけてきたのだ。
「そうだったな。王女の従者、メリー様だ」
「まだ信じてくれていないのですか!?」
黄色い怒鳴り声が、森の暗闇に広がっていく。
小さな獣が驚いたのか、遠くでいくつか草葉の擦れる音がした。