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路地裏からはじまる 03

 暗くなった路地裏に、占い師の男の声が静かに通る。大げさな身振り手振りを混ぜてはいるが、占い師の男の話は存外分かりやすいものであった。しかし大筋は、ラトスが知っている情報と大差がない。緘口令の水面下で出回っている王女失踪の噂に、尾ひれがついたものばかりである。


 この程度か。

 目新しい情報が無さそうなことで、ラトスは半ば聞き流しはじめていた。するとラトスの態度を感じ取ったのか、占い師の男が声を低くした。笑っているような声から、事務的で冷たい声に変わっていく。



「隠された場所?」


「ええ、そうです」



 占い師の男がうなずく。事務的で冷たい声になりはしたが、人形のような笑顔に変化はない。かえって不気味さを際立たせた。



「エイスの東門を出てしばらく進むと、小さな沼があります」



 占い師の男の指が、宙をなぞりはじめた。



「エイスの東にある国まで十数日ほどかかりますが、そこまでは行きません。まっすぐに森を突っ切れば、三日ほどで着くでしょう」


「そこに探しているやつがいるのか?」


「そうです。そこに、隠れています」



 つまり監禁されているのだろうか。

 ラトスは怪訝な表情で占い師の男を見据えた。


 占い師が宙にえがいて説明した場所は、エイスの国からやや北東の位置であった。国と国をつなぐ大道からは大きく離れていて、ただただ森が広がっているだけの地域にあたる。野路すらないと思われるそこは、不便以外何もない。誘拐されている可能性が高いにしても、辺鄙に過ぎる場所に王族を隠すとは考えにくい。



「そこにいるとして、だ」



 ラトスはしばらく考えたあと、頭を小さく横に振った。

 真偽を考えるのは、今である必要はない。そもそも目の前で笑顔をたたえている男自体、得体が知れないのだ。疑っていればきりがない。



「そこで俺は、どうすればいい?」


「合言葉を言うだけでよろしい」


「合言葉だって?」


「そうです。疑わしいと思われるでしょうが」



 占い師の男がうなずいた。

 人形のような笑顔の奥に、鈍く光る瞳。思考を読み取っているのではないかと、ラトスは頬をゆがめる。



「その沼のあたりに、珍しい小石、いや砂粒ですかな。まあ、それは行って見ていただければ分かるでしょうが」



 言いながら、占い師の男がその場で四つ這いになる。土で汚れた石畳に顔を近付け、何者かに平伏しているような姿勢を取った。



「その砂粒に向かって、合言葉を言うのです」


「……なるほど」



 あまりに馬鹿馬鹿しい内容だと、ラトスは眉をひそめた。しかし冗談を言っているわけではないらしい。騙すのであれば、もう少し受け入れられやすい話をするに違いないからだ。


 ラトスは四つ這いの占い師に右手を差し出し、肩をすくめてみせた。

 占い師の笑顔が、不気味に揺れる。予想通りの反応だと言わんばかり。



「それで。その合言葉というやつは何だ?」



 差し出された右手を取って起きあがった占い師に、ラトスは首をかしげる。すると占い師の男が、小さな紙切れを懐から取りだした。受け取って開いてみると、エイスの国では使われていない文字が記されていた。



「初めて見る文字だな。……何と書いてあるんだ?」



 仕事柄、様々な地域をめぐっているが、こんな文字は見たことがない。しばらく考え込んでいると、占い師が愉快そうな表情を浮かべてラトスの傍に寄った。



「そこには、≪パル・ファクト≫と書かれています。それが、合言葉です」


「聞いたこともない言葉だ」


「使われていない言語なのです」


「……古語か」


「ほう、驚きました。まさしくこれは古語です」



 占い師の男が驚いた表情を作り、両手を広げる。その仕草はあまりに大仰で、舞台の上で何かを演じている役者のように見えた。占い師というのは皆、このような雰囲気を作るのが好きなのだろうか。



「とにかく。これで何とかなるのだな?」


「ええ。それだけで」


「分かった」



 ラトスはうなずき、懐から金貨を一枚取り出した。依頼交渉時に受け取った前金の半分だ。ラトスは礼を言いながら、占い師の男に手渡した。

 エイスにおいて、金貨一枚は半年生活できるほどの価値がある。自分の情報に価値があると信じているならば、何の疑いもなく金貨を取るだろう。しかしわずかでも偽りが混じっていると自覚していれば、迷いが生じる。手や目の動きにかすかな戸惑いが宿っているのを見て、嘘を見抜くこともできるのだ。


 金貨を受け取る、占い師の手。迷いなく金貨を握り、笑顔を見せてくる。



「きっと、良い旅になると保証します」



 占い師の笑顔の奥にある、鈍い光。夜が落ちた裏路地に、不気味なほど映えていた。

 まるで夢を見ているようだと、ラトスは顔をしかめる。ふとなぜか、少し前にすれ違った同業者の言葉を思い出した。

エイスの章はこれで終わりです。

もう少しで、夢の世界に行きます。ゆっくり読んでいただければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章はとても丁寧に書かれているので読みやすいです。この物語には読者を引き込める力が十分あると感じました。 主人公の短調としている様相が、彼の時は止まっているような虚しさを感じさせてくれる。…
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