路地裏からはじまる 02 ◇挿絵あり◇
暗闇に落ちないよう、灯りをいくつも並べた中央区画。
日が高いころの喧騒を忘れないように、未だ多くの馬車や人が行き交っている。
ラトスは足を速め、人の多い大通りから裏通りへ抜けていった。
傾いた陽の光が届かない、裏通り。薄暗く、空気が重い。砂を踏むような感覚が足裏に伝わり、整備されていない石畳だと実感する。大通りと同じ石畳であるのに、道端にたまった土からは雑草までも伸びていた。
「おう、ラトスじゃねえか。仕事かよ?」
不意に、道端にいた男の一人が声をかけてきた。ラングシーブの者ではないが、どこか見覚えがある。同業の冒険者だろうか。
「ああ。そうだ」
「もう寝る時間だぜ? じゃあな」
過ぎていくラトスの背に、男が手を振る。ラトスはふり返ることなく腕だけ上げて、男に返答した。
これくらいの時刻になると、先ほどの男のような人間たちが街の底から這い出てくる。誰も彼も、闇夜にまぎれて生きる者たちだ。
表ではできない商売をしている者をはじめ、男を誘う者や、女を誘う者。
ナイフを片手ににらみ付けてくる者。もうすぐこの世からいなくなる者。
華やかな中央通りの影に、面白くもない現実を生きている者たちが姿を見せはじめる。
ラトスはそれらを横目に、裏通りのただ中を歩いていった。
やがて、陽の明かりが消える。
裏通りに夜の帳が下りた。
戸口や木窓の隙間から滲み出る、弱々しい光。
足元だけがなんとか見える程度に照らしだしている。
ラトスは目を細めて、人が増えはじめた裏通りの先を見た。すると道端に座りこんでいる男が目に止まった。フードを被っていて、少し顔を上げている。その様は夜をのぞきこんでいるかのようであった。
「……昼間に見た、占い師か」
ラトスは小さく声をこぼし、フードをかぶった男の傍を通り抜けようとした。近付いてみれば、やはり間違いない。昼間に群衆の中心で占いをしていた男だった。店仕舞いをしているわけではないようだが、なぜか今は一人の客もいない。
占い師の男のすぐ傍を通る。男の目が、夜からラトスへ、ゆっくりと向けられた。フードの中に見えるふたつの瞳が、不気味に浮かんでいる。視線が交わった直後、占い師の口元に笑みが浮かんだ。
「……なんだ?」
ラトスは立ち止まり、占い師の男を見下ろす。すると占い師の男が間を置かずに立ち上がった。まるで声をかけられるのが分かっていたかのようだ。ラトスは妙な不快感を覚え、思わず半歩退く。
「ラトス=クロニスですね」
占い師の男が声をこぼした。その声は笑い声のようでもあり、歌うようにも聞こえた。ところが感情だけがこもっておらず、人間が発声とは思えない不快さを含んでいた。
「おまえは誰なんだ」
「何者でもありません。ただ、あなたを待っていました」
人形のような笑顔を貼りつけ、占い師の男が応える。
ラトスは怪訝な表情を向け、さらに半歩後ろへ退いた。
「あなたが探しているものを私は知っています」
占い師の男が一歩、ラトスに寄る。
「人探しのことか?」
「ええ、そうです」
また一歩、近寄ってくる。
「それは助かる。お前は情報屋なのか」
気味の悪い男だが、情報屋であればありがたい。城で得ている情報以外、ラトスは何も持っていないからである。緘口令同然の状況を分かった上で情報ならば、真偽問わず多くのことを知っておいたほうがいい。
「情報屋、ですか。そう。そのようなものです」
占い師の男が、道化のように深々と頭をたれて一礼した。
「ならば、聞こう」
ラトスは道端に寄って、建屋に寄りかかった。それを見て、占い師の男が小さくうなずく。ラトスと同様に道端へ寄り、少し距離を取ってラトスの隣に立った。
≪公開できる情報≫
≪ミッド≫
三十九歳。現職は冒険者で、ラングシーブに所属している。
ラトスとは傭兵時代からの仲間であり、共に傭兵を辞めてラングシーブに入った。生前のシャーニを溺愛していて、シャーニ死後はラトスが再起できるよう尽力する。