路地裏からはじまる 01
夕空が、絞めつけてくる。
自らの意思が、心を引き締めているからか。それとも遺思の糸が、心を掴んでいるからなのか。
「クロニス殿」
老執事の声がラトスの背を叩いた。
ふり返ると、老執事が傾いた陽を眺めている。
「……なんだ?」
「現実とは、面倒で、虚しいものですな」
そう言った老執事の顔が、無表情へと沈んでいった。
何を指しての言葉なのか。読み切れない老執事の言動に、ラトスの背筋が冷やりとする。
二人は、エイスガラフ城の庭園にいた。
「王女の捜索依頼」を正式に受けて、門へと戻っているところである。ラトスは見送りなどいらないと断ったが、そうもいかないようであった。正式に依頼締結したとはいえ、平民であるラトスを一人、城の庭へ出すわけにいかない。もちろん、それ以外の意味でも警戒されているだろうが。
復讐とはいえ、ラトスは貴族に害為す獣である。
大臣の気が変われば、今すぐここで殺されてもおかしくはない。
無表情なままの老執事が、ゆっくりとラトスに向く。やはり何を考えているか、読み切れない。
ラトスは唇の端を結び、顔に感情が浮かばないよう努めた。
「この世にある多くの物語のように、人の想いが直線的で情熱的であれば、どんなに楽でしょうな」
疲れたような声が、老執事の口から落ちた。しかし無気力というわけではない。むしろ気が満ちていて、悟った様でもあった。
「本当に、そうだな」
ラトスは苦い顔をして、夕陽へ顔を向けた。
綺麗に見えるはずの夕空が、色褪せている。わずかな赤を残し、灰色で塗りつぶされていた。
情熱的に生きるなど、もはや叶わない。復讐に死ぬと決めてより、物語の主人公にすら成れはしない。それ以前に、長く傭兵として生きてきた過去もある。血濡れた手にはそもそも、物語のような大団円など掴めるはずもなかったのか。
止まっていた老執事の足が動きだす。
遅れてラトスも後につづき、門前まで辿り着いた。
「それでは、クロニス殿。宜しくお頼みします」
「ああ」
頭を深く下げてくる老執事に、ラトスは短く返す。少しの間を置いて、老執事の右手がラトスに向けて差し出された。手を取り、握手を交わす。
老執事の手と腕は、思いのほか太く、力強いものであった。これはただの執事ではない。少なくとも長年剣を振るってきたものだと、ラトスは老人の手のひらから感じ取った。
顔を上げると、老執事の目がラトスをのぞいている。
虚ろな表情の奥に、鈍い光。ラトスの奥底を暴こうとするかのようだった。