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交渉からはじまる 02

「ひとつは、こちらが必要とする情報と金。それを先に全部もらいます」


「前金ということですか」


「そうです」


「できる限りをしましょう。それで、もうひとつは?」


「もうひとつは……」



 ラトスは、まだ考えていた。

 違う方法が他にないか。これから口にする提案が、間違っていないと言えるのか。


 考えを巡らせているうちに、ふと奇妙なものが見えはじめた。

 ラトスの胸の奥から、黒い靄のようなものが滲みでてきたのである。その靄は、ミッドの話をしていた時に見えたものと同じもののようであった。同時に、周囲の時の流れが緩やかになった。大臣たちの動きが、空気の流れが、息苦しいほどに鈍くなっている。


 次第に黒い靄が大きくなる。

 渦巻きながらラトスの思考を塗りつぶしていく。

 考える必要などないと言っているのか。ふり返るべきものが見えなくなるよう、黒が満ちていく。


 棄てるべきだ。

 復讐を果たし、許せぬ自分自身をも、殺すべきなのだ。


 夢の中にまで出てくる妹の姿を思い出し、ラトスは奥歯を噛み締めた。

 暗い夢の中でラトスを見つめる、妹の暗い表情。うらめしそうにして、ラトスになにかをさせようとしている。そのすべてを汲み取ることは出来ないが、その暗さを晴らすことがラトスに残されたすべてであった。


 黒い靄の中で、大臣を見据える。

 いつの間にか、時の流れは元に戻っていた。大臣たちが眉をひそめ、ラトスが次になにを言うのか待っている。



「もうひとつは、……王女を連れ帰れたならば」


「ならば……?」


「王女と交換で、俺の妹、シャーニを殺した者の名を教えてほしい」



 ラトスは静かに、力強い口調で言った。

 王女を人質にして脅したも同じことを、淀みなく言い切った。


 直後、ラトスの視界から黒い靄が消えていった。

 思考力も澄み、何事もなかったかのように元通りになっていく。



「……なんと」



 大臣から笑みが消えた。徐々に顔がゆがんでいく。



「城内に殺人を犯した者がいると?」



 にらむようにして大臣が問うと、ラトスは表情を変えずにうなずいてみせた。


 これでもう、後戻りはできない。普通なら、大臣の不信感をあおったことで破談となるところである。しかしラトスには、そうはならないという確信があった。目の前にいること中肉中背の男が、そこらにいる愚かな貴族とは違うと認めたからだ。



「少し調べれば分かることです。俺も隠そうとは思わない。いや、どうせ隠せはしないと」


「難しいことです。それは」


「そうでしょう。ですが、はっきりと言っておく」



 ラトスは大臣と老執事をにらんだ。

 顔をゆがめたままの大臣と、表情を変えない老執事。無礼千万と言われても仕方ないはずだが、まだ追い出しにかかってくる様子はない。想定通りで、話を進めても問題ないだろうとラトスは心の内で胸をなでおろす。



「この度の依頼で、俺以上の適任者はいません」



 多少はったりであるが、誇張しすぎてはいないとラトスは自負していた。

 ラトスの情報網と行動力を、目の前にいるこの男が逃すとは思えない。城下の人間にまで助けを求めるほどに手段を選ばない人間だからである。王女を見つけられる確率が上がると見れば、ラトスだけでなく罪人ですら使おうとするだろう。



「犯人の名は、王女を見つけられなければ、望みません」


「ほう?」


「それに、そちらのふたつ目の条件は必ず飲みます」



 大臣が出したふたつ目の条件は、国の威信を損なう言動は取らないようにというものだ。

 ラトスはこれを逆手に取って、信用を得ることにした。


 暗に、復讐のための一助をもらえれば、その後は死刑になっても構わないと伝えたのである。



「クロニス殿。これは、あなたの命に係わりますぞ」


「そのつもりで、ここにいます」



 大臣の言葉に、ラトスは即答した。

 自身の腹の底をさらけだした上で、多額の報酬を求める者は意外と裏切らない。少なくとも、期待している報酬を依頼主が用意している限りは。大臣から見ればラトスは狂犬に違いないが、報酬さえ確約すれば使いやすい手駒にも見えるはずだ。そう思わせることができれば、ラトスの勝ちである。


 しばらく沈黙がつづいた後、大臣の頭が縦に小さく振られた。



「わかりました。少し、考えます。なるべく期待に添う答えを出しましょう。今はそれでも?」


「それで構いません」



 ラトスは大臣をにらんだまま、うなずいた。


 話がまとまり、老執事が依頼登録のための証書を持ってきた。

 登録と、誓いのための血判を互いに押す。



「お互い、命懸けというわけです」



 大臣が自嘲するよう笑った。

 本当にその通りだと、ラトスは苦い顔を返してみせた。

≪公開できる情報≫


≪ラトス=クロニス≫

 二十六歳。現職は冒険者で、冒険者ギルドのひとつラングシーブに所属している。

 前職は傭兵であったが、十九歳で辞めている。

 傭兵時代に培った戦闘力と情報網を用いているため、薄給の冒険者たちの中ではやや稼ぎが良い。

 半年前に義妹シャーニを何者かに殺されたため、長い間廃人状態となっていた。しかしミッドから得た数々の情報と励ましを得て、死を賭した復讐を誓い、再び歩みはじめる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラトス、賭けにも似た交渉ですね。九藤はイケメンもおじさまも好きです笑 王女を無事連れ帰ることができればいいですね…。
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