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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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第2話「さぁ、実験を始めようかしら」

 そりゃ確かに大騒ぎにはなったけれど、それ以上もそれ以下もなかった。

 騒ぎになったその夜には今までと同様に食卓を囲んでいる。並べられる料理に幾分か華やかさが増しこそはしたが……。加えて多幸感に満ち満ちた相貌を遠慮なく披露する両親だが、それといって私が予期していた以上のことはなさそうにも思える。

 天変地異ものの突然変異であれば、優雅に夕食に勤しんでいる場合でもないだろう。私の住まう小さな村には即座に伝播するだろうし、近隣の大都市に伝うのも時間の問題だ。そうなれば、直ちに使いがきても不思議ではない。

 そういった環境の変化の乏しさから、私は結論を下した。


(確かに珍しいことなのだけど、大局的な視点で見れば実によくある話なのかしら)


 あとは……これが何なのかを知る必要がある。


 父母が日中はより一層に多忙になるのに比例して私の個人の時間が増加する。だからこそ、自身の力を研究することができる。可能であれば、あの頭痛を制御したい。あの頭痛が能力行使の際に不規則に発動されてはおちおちと使えない。この世界ではもしかすると、あのような力が万人に与えられているのだとしたら、頭痛は致命的な弱点となるだろう。

 十分に力を制御できなければ、社会的弱者待ったなしかもしれない。

 頭痛を誘発する原因としてまだ触れていない持ち物がある。ハードカバーの書物、複数の本の落下を防ぎきって、頭痛が起こった瞬間にこの書物は浮遊して、独りでに頁が捲れかえっていた。

 改めて確認すると以前は確認できた文字或いは式の羅列が綺麗さっぱり消え去っていた。そして不可解なことが一つ、適当に拾い上げた鉛筆なるもので何かを書き記そうと思ったが、何も書けないのである。線を引く感覚はあっても、線そのものは残らない。特殊な性質の紙だろうか? 問題を潰していきたいのに、検証のたびに問題が増えるのは困りものだ。


「下手に考えるよりかは……試すに限るわね」

 

 そうだ、思考実験にかまけているのでは永遠に解決しそうにない。

 どうするかなんていうのは知るわけもない。先ほどだって、何か特別な処理をした自覚は何もない。ただ落下物からか細く繊細な体をを咄嗟に庇う、ごく自然的で無意識な反射に過ぎない。

 

 だから下手に考えない方が正解かもしれない。

 意識をせず、だが集中の精度を高めていく。

 数秒が経過したが、何もない。


(条件を満たしていないのか?)


  何かの動作が要求されるのか、落下物の衝突といった生命活動の危機に瀕しなければ発動しないのか……後者ならば虱潰しの行動は無意味となる。

手を振ったり、体ごと捻ったりの模索を繰り返すがやはりうんともすんとも言わない。


「あの時はどうだったんだろう」


  体の周りに円環ができて、体を護ってくれた。

 もしもあのような綺麗な正円が描けたならば、


「こうだろうか」


  余計な考えを捨て、正円の描写に集中力を注ぐ。

 全身全霊を注いで、というと些か大げさではあるが、それに近い気持ちで挑んでみた。すると、またも本は勢いよく開かれ、極彩色の円環が生じたではないか。


「よし……次は……次は……」


 どうしたらいいの?

 冷静になって考えたら何かをしたくて発動させたわけではない。

 だけどあの時は、身を守りたいという意思を働かせた結果だった。

  連想しろということ? じゃあ例えば……。


「あそこの小物を浮かせてみる」


 ピクピクと、棚の上の小物が振動を始める。地震ではない。棚全体が揺れていないところから判断する限りだけど。

 数秒すると、その小物はふわりと浮上し、ゆっくりと私の元へとやってきた。

  手元に到達すると同時に制御を失って、すとんと地面に落下した。


「願えば任意の力が使えるのか、或いは物を運ぶ程度しかできないのか」


 検証の余地が大いにある。

 なのでさっさと次の実験を開始する。


「一個の浮遊は完了させた、次は並列化……」一つの浮遊状態を維持しつつ、二つ、三つと増やしていけるのかという話だ。

「連想、連想……」


 そう唱えながら何度も何度も円環を描いていっては無作為に、大小問わずに浮かせまくる。

 手始めに、不必要な動作をさせずに唯々空中で固定させる。質量が大きい方が、自ずと固定が難しく、滞空中も小刻みに振動し、完全な固定状態とは言えない。そしてそれを制御しようとすると、体内から何かが漏れ出している感じがしなくもない。

 よし、次はある物体を固定させたままに、適当に選んだ物を動かす。


(案外難しいわね……)


 こう、何かに命令を与えると、固定を命じている物体も巻き込まれてしまう。

 この技術を完璧に習得させるには、至難を極めるだろうけれど――悪くない。何れにせよわからないことばかりなのだから……今ある手札を磨くというのも一興だろう。


(そして、一方向の回転を維持しつつ、他の物体は違う方向に捻じれさせながら……)


 命令を追加すればするほど、何かが抜けていく感覚が強くなるが、追加した命令が粗削りであるが確かに実行されていることがわかる。

 だけど、調子に乗りすぎた。

 ある段階を超えたその時、起こった。

「ぐっ――」瞬間、浮いたり舞ったり、遊ばせていた物体が重力によって支配され、何もなかったかのように落下した。それと同時に私は頭痛により悶え、丸まった。


「そういう、こと……か!」


 私は這いながら、例の本に近づくと、直前まで浮かび上がってた文字が灰のように輝きを失い、空中に散って消えた。

 だが、決して無駄に悶絶に時間を費やしたわけではない、今の結果を受けて、把握した。

 頭痛の要因を。


「能力の酷使による――体力消費」


 時折感じた脱力感は、きっと体力か能力が作用する体内の何かの数値が減少したのだろう。その減少値が許容量を下回った……その結果が今の頭痛だ。頭痛が生じたと同時に命令は意味を為さなくなるのを見る限り、頭痛は自衛機能の一種なのだろう、能力の作用を強制終了させたというわけか。


 だけど、それがわかればかなり話が早い。

 その許容量限界を攻めれば、より効率的に技術を磨けそうだ。

 が、ここは如何せん狭すぎる。いい場所を見つけないと。





 思い立ったが吉日。

 少し家から離れた森林部に出向いた私は模索を繰り返す。

 復習も兼ねて手始めに枯れ枝を浮かしては、任意の場所に運搬といった初歩的なものから段階を踏んでいく。その気になれば調節も思いのままということがわかり、少しだけど気分が高揚した。

 目指すは、許容量の拡張だ。体力的な何かが減少しているというのなら、試行回数を重ねたらもしかしたら限界量を増やせるかもしれない。その可能性を信じてみる。


 その過程で、試行の内容を切り替えていく。

 この魔法のような力を以て簡単な浮遊ができたのなら、今度は火や水を起こすことはできるのだろうか?

 もし無事発動できたなら、その力を得た意味は不明でもかなり便利だろうし。


「えっと……」


 感覚を集中させ、掌で円を描こうとする。傍から見れば滑稽な状態だが、そうしなければ今の段階では発動できないのだから仕方あるまい。

 様々な質量の物体を浮遊させ、操作した時も空想を欠かさなかった。

 最初にその物体の形状をこれでもか、という程に脳裏にて描写する。そして、可能な限りその物体の質量や構造の深部に意識を傾けつつ、それをどう作用させるか――物体を浮かし、固定するならどのように重力に反する力を与えるか、などを考える。そうすると、本が呼応したわけだ。

 ならば、同じ要領で対象を燃やすために必要な情報を、可能な限り寄せ集め、連想させる。

 枯れ枝よ、燃焼せよ、そのイメージを強固に持つ。


(っ――)


 一瞬間、またも体内から何かがごっそりと抜ける感覚を味わった。

 直後、本の頁が凄まじい勢いで捲られ、中間辺りで静止。何かの文字が刻印され始めたではないか。

 すると、ボッ、という低音とともに火花が散開し、灯火が虚空に揺れた。そこまではよかったのだ、よかったのだけど……火力調節を忘れていた。火炎放射のように枝の先から放出された掌ほどの直径をした火柱が一直線に大樹に注ぎ込まれた。枯れ枝が砂状に消えるまでの数秒間、遠慮なく照射されたものだから、大樹に飛び火してしまったではないか。

 森林内の空気が嫌に乾燥してるのも相まって、燃えること燃えること。


「あったかい……って、いってる場合じゃない」


 確かに針葉樹間を吹き抜ける冷風が体を透過するものだから冬日のように寒いのだが、能天気な御託を並べてる場合ではあるまい。火の拡散を阻害する物どころか、促進させるものに溢れた森林では目覚しい速度で炎が広がる一方。このままでは大惨事だ。


「えっと、要領が同じなら……」


 火を手探りでありながらも呼び起こせたなら、水にも応用できるのではないか?

 えっと、空想だったな。

 すうっ、と息を吸う。あまり深く吸い込みすぎると一酸化炭素中毒になりかねないので程々に、だがしっかりと足に力を込める。すると、地面を覆い尽くしていた落ち葉が一同に、振動の兆候を見せる。本の頁の遷移とともに、空想は現象に変わる。


「えっ」


 ひとしきり振動を終えた足元の落ち葉がしっとりと水気を帯び始める。

 私のイメージとしては、ポンプ車のように出るイメージだったけれど、少し結果が違った。地面から源泉が湧き出るようにゆっくりと水量を増やしていっている。


「結果は変だけど、何とかなりそうかしら?」

 

 要は今なお燃え盛る炎の手を緩められれば、今回に関しては何でもいい。許容量も先よりかは増大しているという手応えも感じられる。


「よし――なら、水よ、火を消して!」ここで私は調子づいて、“調節”という二文字を抜け落ちさせたまま、イメージをより誇大化させてしまった。


 最初は水気を帯びて、降雨の後に柔くなる地面程度の水分量だったが、私が調子に乗った段階でそれは洪水レベルの水量に膨れ上がる。落ち葉は森林一帯を絨毯のように張り巡り、ある意味落ち葉同士が連結しているものだから液化の影響は、私を中心に驚異的な速度で拡大していった。

 そして、私が失念に気づいたころには、巨大河川と寸分違わない程の水量となっており、私自身も立っていられない程の水深となって、勢いのよい水流を起こしてしまっていた。

 調子づいた結果、森中の落ち葉が消失し、同時に地面から源泉のように湧き上がったのは、多量の真水。留まることを知らずに、洪水のように溢れかえったわけで、それは炎を鎮火させるには申し分のない量なのであるのだが……。


(溺れてしまうじゃない!)


 何故こうも両極端なのか。


 えっと、確か火が出た時は枯れ木が消えて無くなった。そして今の場合は目視できる範囲の落ち葉の絨毯が消え失せ、水に変わった。

 もしかして、物質を作り変えた?

 だとすると、過剰に作りすぎたと見做せるからこの状況にも納得がいくが……。


「言ってる場合か!?」


 現実逃避とはいえ、女子にしてはあまりにも口汚いのは自覚している。

 でもしょうがないじゃないか。

 小手調べ感覚で力を試した結果溺死寸前になるのだから。


「止まって!!!!」


 情けなく叫ぶ。このままでは仮の住処さえも流されてしまう。

 だが、効果はあったようだ。森林の間を充足するように氾濫を起こす水はある段階で静止した。


(また、抜けてる――)


 きっと魔力的な何か。その流出が顕著に感じられる。


(た、たぶんこのタイミングで頭痛が起こったら……水は消えないくせに、制御ができなくなってしまう)


 流されているときに垣間見れたが、この森に自生している動物たちも流される被害を受けたのか、卒倒している。なんか申し訳ない。残念ながら水だけを器用に消すことはできなさそうである、それは力及ばないとかではなく、単純に私にその方法が思い浮かばないということだ。

 熱して蒸発させることもかんがえたが、この大質量の水を熱せられる程の器用な調整は絶対にできる自信がないし、蒸発させる程の温度にすると森の生物のみならず、私だって大火傷だ。

 道は二つに一つだ。

 このままじりじりと魔力が消費され、頭痛を迎えて周囲に甚大な被害を出すのを待つか。或いは水流の進路を限りなく狭い一方に固定し、被害の領域を最低限に抑えるか。

 なんか、水を完全に消して被害を全くないようにすることができないというのが、物悲しい。自分の想像力の乏しさに涙が出てしまいそうだ。


「……やるしかないか」


 もう懊悩している暇はない!

 進路変更の先に都市があるかもしれないし、人が住まっているかもしれない。が、これは致し方のない犠牲だ、うん、きっと。

 そう誤魔化した私は即座に進路を固定、イメージを透明な水路を作るようにしたら見事に多量の水はその架空の水路を流れ始める。

 そして身の回りに氾濫していた水流がどうにかこうにか処理でき、目視できる範囲の水が完全になくなった段階で……あの頭痛が起こって私は情けなく卒倒した。


「とにかく……明日以降は調節をしないと……!」


 許容量は確実に増えているのだから……繊細にいこう、そうすれば、きっとこの魔法的な何かはすごい威力を発揮する……筈?

今後の指針が決まった。

 


 私の尽力(?)もあり、これから私が通うこととなる学舎のある街は運よく原因不明な河川の氾濫による水害を回避することができたが、その都市を超えた先にある敵対国家がここ数年は再起不能になるまでの水害に見舞われたことを私は後々知ることとなる。

 

 明日以降、冬場に水浸しになるという行為が原因で一週間ほど風邪を患った。

 私にとっては其方の方が……一大事に思えた。


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