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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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第1.5話「家へ案内される」

編集の過程で大切な第二話が抜けていたようです。

大変申し訳ありません。追加しましたので、今後ともよろしくお願いします。

 少々面倒な事態に見舞われたが、どうにか返り血を洗い流し、窮地を脱することはできた。

 何故あのような状態になったかを再度整理すると、私は山野に遊びに行った最中に足を踏み外し、間抜けにも傾斜を転げ落ちたようだ。

 母親と思しき人物の瞳には大粒の涙を浮かべ、少しでも身体の異常を訴えようものなら卒倒でもしかねない勢いで私に言葉をマシンガンのように打ち込んでくるのだが、


「グリシャ、エヌル……シュルペン……」


  は?


「アイリス! エエルシュ、パラ、ラ……シュペルツ!」


困った。言葉が全くもって理解できない。

日本とは言語機能が違う、それも、少々の差異ではなく、根本の文法から違うのではないか?


(この世界でどう過ごすか以前の問題じゃない? これ)


自分の置かれた状況を正確に理解したいと望むのに、そもそもの意思疎通が不可能であればそれは間違いなく大問題だ。それも、看過できない程の。このままでは、自分は圧倒的な社会的弱者になってしまう!


「カノン、エヌル——シュルペン?」

(えっと……カノンは、おそらく私の名前のはず。それに語尾が半音上がってた感じを見るに……)


疑問形だろうか?

たかだか3年間、惰性で英語なる授業を受けてきた甲斐があったということか?


(たぶん、私に対しての質問……ここは当たり障りなく)


私は静かに頷いた。

すると、2人の表情が晴れやかになるのをなんとなく察した。


(言葉を覚えるまでは……こうしておく方が得策、か。見たところ私は未就学っぽいし、返答を謝ったからとて直ちに窮地に陥る、なんてことはないだろう……)


 彼ら、ぱっと見たところ、保護者らしいし。

後は、どのように覚えるか。

手っ取り早く初等学校なるものに通えれば、世界の常識であったり、言語であったりを知れる絶好の機会なのだが……。まず教育を受けられるのか?

 どれだけ疑問が浮かんでも、森林で聞くような話でもないし……そもそも聞けないのだから世話のない話である。





 父らしき人物に連れられ、荷台の隙にちょこんと人形のように置かれた私は、反論する余地もなく、家らしき木造の建物まで連れられた。

  最初、率先してドアノブを握って扉を開けようとして手を伸ばし、結果として届かず、微笑ましい表情で見守っていた母が代わりに開けたときは流石に面食らった。幼児体形の弊害が、まさかこのような形で登場するとは……これでは自由に部屋移動が可能になるまで、大層に時間がかかりそうである。

 なので、今いるリビングに関しての観察を深めていこう。

 自分の今いる場所を見回すと、部屋の奥にやけに丁寧にかけられている衣服に目がいった。というのも、サイズが完全に成人した大人のそれというよりも、私の背丈に合致しているように思えた。


(うーん、見た感じ……制服? これが本物なら……)


あとは、自分は本当に初等学年なのかという話だ。

元の世界との様式を全くもって知らないため、一先ず絶対の安全圏、自宅のオブジェクトを1つずつ探索していくことにした。


 が、リビングだけでは得られる状況は実に乏しかった。何方かというと、実用性の高い鍋や調理器具。といっても、金属をそのまま打って加工したような粗造品で、機能性にも十分に意識を配れる現代日本の技術水準には遠く及ばないように思える。リビングにあるのはその程度で、ある程度文化的な生活が営まれていることだけは判明したが、私の望む情報とは余りにも程遠い。

 なので、部屋を移動する必要がある。

 幸運にも、大人たちは席を外している。好き勝手移動して問題ないだろう。

  なので早速部屋を見て回る。

 ドアノブには背伸びしても届かないので、椅子を引いて足場を作る。相対的にみて、私よりも大きい椅子を押すには少し苦労させられた。が、数分間の格闘の末、どうにか寝室と思しき部屋に入ることができた。

  ここで一番手に入るとありがたいのは写真等の年代がはっきりわかるもの。そもそもこの世界に写真撮影の技術があるかわからないけれど。


「あ」


部屋奥の本棚に早速、写真が貼り付けられた本があった。

写真を貼り付けた後に文章が羅列している辺りから推察するに、これは日記か何かかな?


(やっぱり読めない、か)


漢字文化圏でないことはわかった。


(だけど……これは……)


赤子の写真があった。

この顔に見覚えがある。


(これは、私の小さな頃の)


当然、居る場所などは全然違うが……その顔に間違いはなかった。


(文頭に記された数値は……百十三、考えられる変数としては身長或いは生まれた年度だけど、前者はあり得ないと踏んでいい)


なぜなら、今の背丈がそれくらいだから、出生時と変わらないのは明らかにおかしいからだ。だから、変数の意味としては身長以外の数値……例えば日付とか、年号とか。

続いて、その一冊目を直して、一番末尾の巻を取り出す。父らしき人間が三日坊主でなくて本当によかった。


(私という存在が生まれ落ちた頃から毎日記しているようね)


 なんとなく、間の巻を別に取り出すと、今の背丈と赤子の時との中間あたりに位置するくらいの成長具合

 の私の姿があった。

そして、最新刊の末に記されているのは昨日の日時。そこには120と記されていた。


「ビンゴ」


赤子の時の写真の数値に続き、そして並びに今に限りなく近い状態での百二十という数値。これは私が人間以外でないという仮定をしたら、ちょうど今の背丈と無理なく合致する。だから三桁の数値は撮影時のこの世界の年度と見做すことができる。





次だ。

自室と呼べる場所があるか確かめる。自室の存在はその人間の生活感を知り、そこから求めるヒントを得ることができるからだ。そのために、と奮起し、またも四苦八苦しつつ椅子を運んでは手当たり次第に幾つかある部屋を訪ねていく。

 すると、私の部屋らしき場所にぶち当たる。全体的な家具の小ささから、私の部屋である可能性は高そうである。リビングは木製の床と壁に、木製の机や椅子、本棚などが最低限並べられているだけで質素という感想しか浮かばなかったが、私の部屋は様相がまるで違った。


「…………」


なんというか、少女趣味が過ぎるのだ。

草花で作られたアクセサリーがところせましと並べられてあったり、刺繍による手製の人形類が、入室直後に私と目が合うように鎮座されていたりと、決していい心地とは言えない。片付けを後でしよう、圧迫感がすごい。

 ふと、児童向けの勉強机と同様の用途と思しき大きな机の上に鞄があった。


(これ、知っている)


 これは、私が常日頃元の世界で使っていた鞄だ。

 となると、何か有用なものが入っているかもしれない――逸る気持ちを抑えつつ、それを開くと2つ。

読み物に……スマートフォン?

スマートフォンの電源を入れる。


「てっ、電波通じるわけないじゃん」

そうなるとこれはただの箱にすぎない。私は迷わずにそれを捨てた。

もう1つは丁寧な装丁がなされている古書らしきもの。何故にそのような回りくどい言い方をしたか……それは、その本が古書、新書の定義から微妙にずれている風に私は感じたからだ。ハードカバーの表紙は確かに古い。草臥れ、日焼けも目立つし、枯れた草木の匂いが不快に思わない程度に散りばめられている。それに対し、頁は“更の”紙だった。それも、活字という活字が印刷されている様子はなく、どの頁も例外なく白一色だ。その奇妙さに奏音は顔を顰めた。

ただ、先の携帯とは違い、これは無意味に置かれることはないように思えた。何処か妙な親近感さえも湧いてくる。


(何かに使うはず)


だけど、


(それが私にはわからない)


溜飲が下がらないままだが、一旦取り置くことに。

 

何かを発見できるだろう、そう信じ残りの部屋や屋外の倉庫を確認し続けたが、やはり急務なのが言語系統だという自己認識が一層に強まったばかりで、目ぼしい発見物はなかった。この世界の基盤は科学により成立するのか否かさえも不明では自身の立脚点どころか明日の生活さえもままならない。


(とりあえず片付けよう——)


 一度、倉庫の手頃な木箱に腰かけて、一息つこうと考えた。

 その時、上段の不安定なオブジェクトが揺れ動いた。


「あっ……!」


私はこの世界に到達して初めて学んだ。

それは、ちゃんと片付けをするということ。


落ちる書物や古めかしい道具類。

一冊単価の重量は私の知る漫画や雑誌、小説とは異なって非常に重い。何が言いたいかというと、一冊が十分に鈍器になるということ。そのいくつもが流星群となって私の元に降り注ぐというのは、想像に絶するものだ。

私は当然咄嗟に両手を交差し、受け身の構えを取るが突然そのような行為は意味を持たない。少女の華奢な腕などもろともに砕きうる本の大群が私を打ち続ける……はずだったのだが。


「ええっ!?」


柄にもなく大声を上げてしまった。

私の周囲にいくつかの円——円環が立ち上がっていた。それが私を包むように壁を形成しているではないか。そして、真横でひとりでに頁が開かれ、刻まれる文字。


「なに、これ……がっ——」


 そう言葉を発した直後、後頭部に巻き起こった激痛と共に全身が理解不明の痙攣に襲われる。唐突に発生したその激痛は単に殴打、擦過などで起こりうる想定を優に超えており、急所を殺傷力が著しく高い刃物で貫かれ、抉られたかのような鋭く断続的に強さを増していく苦痛。

 視界が朦朧となるの対し、ある幻覚のみが鮮明に視界を支配するようになる。

 それは目の前の空間に有るはずのない、文字と数字の羅列。厳密に形容するならば、それは数式と呼べるものだ。視力の極端の低下及び気が狂いそうになる程の発作を対価に得られるこの感覚は何か?

 所詮初等数学しか満足に習得していない私に流動する高度な数式の波を即座に解析する知能はなく、流れゆく景色を苦悶から意識を保つのみしかできないでいる。

 突発性のその症状により失われた全身の制御が、時間経過により緩やかに回復の傾向を見せ始めた時に、漸く視界も明瞭になり始める。そこに来て、私は初めて自身の近辺で生じてしる事態の全体像を知る。


 本の全てが私に衝突することがなかったのだ。より具体的に説明すると、私の直上で静止していたのだ。透明状の壁に阻まれるようにして。

本が激突するよりも過酷な痛みを体感させられたが、結果として外見に残るような傷が作られるのは避けられたと言えるわけか。


わけがわからない。そして私はわからないことは嫌いだ。

 たぶんこれは生来の性格であろう。

 私は何故に自由落下する本の束を防ぎきったのか、そして何故に頭痛を催したのか。

だか、わからないからこそ動揺はしない。動揺という感情なぞ、単なるエネルギーの消費にすぎない。状況材料が乏しい以上、あれやこれやと思案を張り巡らされるのは生産的ではない。だから、単に状況を纏めて、あり得る答えを導き出す。


「落ちて、私に降り注ぐはずの本が静止した。


恐らく何かの力が働いた。壁か何かかしら。ともかく、私を守った。それ以外にはわからないけれど少なくとも私の味方だと好意的に捉えられるわね」


次。

 視線を尚も本を静止させている要因らしき正円を描く壁を観察する。一先ずは静止している書籍が再度私の顔面に落下しないよう、手でそれをずらす。すると、手は壁を何もないようにすり抜ける。本だけは固定され、手首は通過を許したというわけだ。


「この円環は何かしら。これが壁は本だけを弾く役割を果たした?


そう考えるのが妥当かしら、実際私の手を阻害する様子を見せていない。もしも無差別に私と外部の事象を隔絶する壁だというのなら、間違いなく私の手にも適用される筈。私の手がその条件の解除の要因となったわけでもない。それが事実ならば……本も同時に制限を解除されてなければ嘘になるのだから」

 では次に、奇怪で実害が及ぶ情報に関してだ。


「視覚的に得られる情報だけで判断するならば、この壁みたいな力が発動したと同時に頭痛や諸々の反応が開始された」


 コンピュータ等に於ける“処理”にあたる動作が執り行なわれているということだろうか?

 それを裏付ける根拠としては弱いが、全くの山勘というわけではない。

 大半で理解が及んでいないが、無数の数式の中でも幾つかは認識できる“記号”があった。積分記号を始めとする演算子だ。当然その厳密な定義式まで読み解けているわけではない、あくまで見たことのある程度だ。

 毎週日曜日朝の日課を欠かさなかった自分を褒めたいところだ——それが何らかの事象を記述しているのだけはわかる。

 極めつけ、あれらの羅列が意味を有していることを示す最たるものは、数式の軍団の中でも最下層にあたる場所に流れていた3変数。それが括弧内に収まり、そこから具体的な数値を含む括弧式につながっていた。それは初等数学の領域でも理解できる。


(あれは座標だ)


 座標はきっと力が及ぼす範囲を指し示しているのではないか――そこから様々な数式と接続しているのではないか。

 朧げであるが、意味が見えてきたかもしれない。

 あれは、“処理”に必要な“演算”。それを脳内によって実行されていたのだ。そのシステムの仔細は知る由もないが、れっきとしてそれが起こった! あの頭痛は、恐らく処理落ちか、それに準ずる類の……いわば負荷なのだ。

 落下してきたのとは違い、ひとりでに開閉する挙動をはっきりと見せた書籍に関しても気になるけれど、風によるものでないという根拠が示すことは現状できないから追々の課題にしよう。


「いや、それよりも急務の課題があった」


 この光景を第三者に見られるのはかなり問題だろう。

私の目の前に起こった現象がこの世界の常識ならば何ら問題はない。だけど、もしそうでない、突然変異的な現象であれば騒ぎになる。

ましてや、父母に露見するのはまずい。

だって、そもそも言葉が通じないのだもの。突然変異であろうが、普遍的なものだろうが、説明を求められるだろう。そうなるとほぼ詰みだ。

何故赤ん坊ではなく、ある程度成長した姿で転生したのか考えてみたが、たぶん元の器があったのだろう。そして七歳くらいという見立てから、元の器にあった人格は話せていたと考える方が普通だ。それなのに喋れないとなると……考えるだけでゾッとする。


だからこそ、誰かが帰ってくる前にこれをどうにかして……。


「カノン、エルト・パレ……!?」


そこには買った品物が入った袋が勢いよく地面に落ちる音。

そして転がりくる幾つかの林檎……。



ああもう、最悪よ!

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