第52話「決着後の、後始末」
明日はエピローグ投稿です。
お楽しみに!
想像力、その説明は実際のところ的を射ていない。エンヌの理解が追いついていないようだから、軽く補足してやろう。
「例えば不安……それは裏切られるかもしれない、作戦が失敗し、全てを失うかもしれないという根拠のない“想像”が伴う。喜びだってそう、相手に勝利し、自分がその者よりも上だと“想像”することでその感情は増幅し、予想以上の広がりを見せる」
それは知能を持つ生物であれば、必ずと言ってもいいほどに起こる生理現象のようなものだ。
「如何に感情が欠落していようとも、頭に障害がある落伍者でも、想像力の細大はあっても其処が欠如することはあり得ない」
そう、機器類を相手どらない限りは、絶対だといえる。
「私の〈術式〉は、その誰しもが持つ“想像力”に刺激し、増幅させてさも実現したかのように錯覚させる力。それそのものに殺傷力なんてないの」
「でも、彼は痛みからくるような叫びを……」
「そうなったらと想像して深く考えれば考える程、心ってのは錯覚するのよ」
誰しもある筈だ、仮病のつもりだったのに、実際に症状として現れてしまった風に感じてしまうことが。
それが、彼の心の中で勝手に誘発させているのだ。
「じゃあ、彼が何を見ているかは……」
「わからないわ」
そう、人の創造の産物を第三者が閲覧することは、できっこない。
「ここで彼が、それこそ予想以上の楽観主義者なら、さぞ幸せな光景を見ているでしょうね」
そう、この術式は性質上、必ずしも相手に地獄を見せるだけではない。それこそ豪胆な精神力の持ち主であれば、地獄どころか天国だろう。
日々に何ら不安を見出さず、想像上でも幸せな瞬間を妄想できるのならば私の魔眼は然程の強度にはならない。要は、異常なほどにプラス思考だったらその段階で私の秘術を看破することは可能だというわけだ。
が、私は経験上知っている、一つの不安も闇も持たずに人生を謳歌している人間などいないことを。規模の大小は勿論だが、人であれば必ず負の感情を持ってしまうのだ。
要は、そこからどう正の方向性に転換できるかなのだ。俗にいう精神が脆い人間はその転換が殊更に不得手なのだ。
「単に、彼に想像力に干渉するだけでは挙動が余りにも不規則すぎるし、その可変性の高さから私の望む結果にならない可能性があった。だからこそ、精一杯の時間を彼を蹂躙することに割いた」
彼に感情はなかった。それは確かだ。
痛覚も消え、傷も自動的に塞がるから、致命傷を負おうとも怯むことはない。
それが彼の強さだった。
それに加え、自在な指輪を有しているからこそ彼を打倒できる人間はそういないと言っても問題がなかったわけだ。
「私には勝てない――そんなシンプルだけど、今に関して言うとこれ以上もない思考を彼の慢心を塗り替えるようにする必要があった」
刷り込ませた状態でだからこそ、私の魔眼は彼をさも拷問するかのような状態に落とし込むことができるのだ。
これは決して万能な〈術式〉ではない。
確かに相手を高確率で特異な世界に堕とすことが可能だが、今のように想像を誘導し、此方が望む空想を実行してくれなければその万能性は即座に消える。加えて、跳ね返りが甚大すぎてそう酷使できる〈術式〉ではない。使い所を誤れば、間違いなく無防備になってしまうのだから。
「エンヌ先生、頼みごとをしてもいいかしら」
「……言いなさい」
「こいつから、指輪を取り上げて」
「……そう来ると思ったわよ」
足音が聞こえる、近づいているのだろう。
「駄目ね」
彼女は失敗したようだ。
「完全に彼の指に定着している、そう簡単に解除できないわよ」
「なら今はその右手ごと切断して、冷凍保存でもしておきなさい。視力が回復したらどうにかするから」
「貴女、本気?」
「意味のない冗談は言わないわ」そう、ここまでやったんだ、指輪を回収しなければ割に合わない。
「やって」
「わかったわよ……」
指輪の機構が未だ知らぬからあくまで推定だが、彼の指に根を張る様相を呈していたことから慮るに、細胞に干渉している可能性が高い。細胞への干渉、即ち高速の細胞分裂などの基本的な反応を誘発しているということ。だからこそ、絶対零度に限りなく近い状態で保存すれば、少なくとも手首以上が再生する速度を遅滞させることはできそうである。
「あと、手ごろな杖を探してもらえるかしら」
盲目状態で森を抜けるのは困難を極める。今回の騒動で彼ら以外にも情報が知れ渡ることになるから、アニスと同じような事例を迎える可能性は著しく低下するだろう。それにディルベルトの面々にも暗躍してもらう。
「私の目が回復するまでは、エンヌ先生にも協力を要請したいわ」
いや、彼女でなければ達成しえないだろう、一定の社会的信頼を有している人間でないと、私の計画を発議することさえもできないのだから。
今後のディルベルトの処遇だ。
当初は害が生じない限りは遊ばせておこう、そう目論んでいたが中途半端に私の魔眼の起動実験をアイルズに実行してしまったものだからそれが事実上不可能となってしまった。彼が、数多ある分岐の中で一番望まない形の、忠誠を彼らは選んでしまった。
あの時アイルズは何を視たか、私は彼には恐怖を直接的に与える真似をしたことはなかった。
が、その私の気まぐれな配慮が彼の中で予期せぬ感情を私に対し抱き、そして意図しない形で増幅してしまった。その果てがあの盲信というわけだが、あの様子ではことあるごとに私の日常に介入してきそうな勢いがあった。
もしも仮にこのまま自由にさせていたら、何かと私の安全のためだの何だのと不必要に介入してきかねない。
「……架空の貴族を?」
「そうよ」
私は次いで問題であった獲得した財の保管場所を考えていた。当然この世界に信頼のおける銀行機構はないから、預けることはできないし、寮住まいの幼女が保存するには手に余る。
が、アイルズらディルベルトから任意に選択したそれっぽい人物の財と偽り、その者を貴族の支配人として取り立てれば、没収を回避できるのではないかという考えだ。
それに、いつ国家の気まぐれで殲滅させられかねない盗賊団を続けるよりも、転身して中堅程度の貴族として活動する方が彼らにとっても利が多いだろう。
課せられた税を納入さえしておけば国家の脅威として認識されることはなくなる。これからも資金は増える一方だから、彼らの抱える民もそれなりに養うことはできるだろう。
「私は若すぎて家督を継ぐのはまだ早いから、というまっとうな理由で彼らをお目付け役に仕立て上げるの。そういう、表向きは何ら特徴のない貴族だけど実質は私の傀儡である組織があれば、こと情報収集も今以上にしやすくなると思う」
それに、位置づけとして特筆することもなく、毒にも薬にもならない中流の立場であるが、腐っても貴族だ。いざ傀儡にできたら不穏な国家側の、特に八聖王計画に纏わる新事実を知る存在であったり私をひそかに排除せんとする動きだったりなどの第三者の介入を未然に防ぐことができる。
そうなれば幾分か先手を打てるようになるからこそ、後手に回らずに済む。
それに……今後は、今度こそはその身を潜める。
それこそ八聖王がこの地に生誕するまでは、粛々と他の義賊や盗賊を狩って、私の〈術式〉を磨く。先のように、小出しで長持ちするように叩いていては今回のようになりかねないから、狩るなら一思いに、一度の襲撃で一つの組織を壊滅させる。
また、襲撃頻度を上半期に二度程度に抑える。そうね、定期考査感覚だと思えばいい。そして当然、アニスのようなことを二度と起こさないようにする。
何、目撃者がいなければ、それは実質何も起こっていないのと同義だ。
「彼奴の手首は?」
「切断できたわよ……法衣が汚れてしまったわ」
「クリーニング代くらい、経費で落ちるでしょ」
「貴女ね……」
「帰るわよ」
私は杖を器用に使用して、ゆっくりと歩きだす。
「カノンさん!」
声から判断するに、エーデルワイスか。
「家で待つように言ったじゃないの」
「えへへ、少し気になったんで……お怪我はありませんか?」
「ええ、少し目が見えなくなっているだけ。心配には及ばないわ」
「ええっ!? 私が案内しますよ!」
「心配には及ばないって言ったでしょ。これくらい自分でどうにかできるわ」
と、繰り広げられる問答を、エンヌは呆然と眺めていた。
彼女の片手には、冷凍処分されて効力が限りなく薄くなっているからこそ再生が進んでいないが、確かに彼奴の手首が握られていた。




