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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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プロローグ「いかにして百合少女は転生してしまったのか?」

プロローグです。話の流れの順序を改変したのと、若干の物語のニュアンスを変えましたので改めて投稿させていただきました。

大筋は変化ありません。よろしくお願いします。

 私、篠崎奏音は十五歳の冬、初めての恋をした。


 それは、いつも話してて人を楽しませるクラスの人気者でもなく、運動神経抜群で身長の高い男の子でもなければ、知的な子でもない。

 何処か遠くをぼぉっと眺めていて、誰かの手助けがなければすぐに迷子になってしまうような、目の離せない不思議で、だけど優しい“女の子”。

 いつも助けられてばかりいる彼女に、実は私は救われている。

 皆の幸せのためを思った行為を続けていたのに冤罪をかけられて、裏切られて、大勢の男達にたった一度の青春を奪われ、家族からさえも見捨てられた……そんな全てを失った私を助けてくれた、倉島愛華という少女に――私は恋をしたのだった。



 だけど、少女のそんな儚い青春は、万人の悪意によって呆気なく打ち壊されてしまった。

 世界から裏切られ、冤罪により信頼を失い、たった一人自分を信じてくれた愛しい人さえも奪われてしまって……私は復讐をした。だけど、敵は人に潜む悪意そのもので――全てを殺し尽くすことができなかった。

 そうして“悪意”に敗北した私は――捻くれた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 此処は、地上と天空の狭間。

 そうか、私は通いなれた学校の屋上から落下したのだ。

 急に冷静になり、自我の状況を的確に分析した。


 屋上の地面は灰色の一般的な床である。中央に学舎内へを繋げる出入り口の建物があって、大きな排気口が設置されている。生徒の転落を防ぐ役割を持つ金網は、丁寧な点検が光っており、余程のことがなければその金網が破損することはない――と誰もが思っていたが、今日は違った。本来であれば、生徒の落下を妨げる筈の機能が失われ、すだれ同様の軟弱な耐久性となってしまっていた。

 破れた金属の格子。冬場の肌を切る風に、遠めでもわかる硬質なグラウンド。その中間に浮遊するのが私だ。天井を見上げれば、空は夜の色に染め上げられ始めている。よくよく見ると、月の周りにくっきりと、円環が浮かび上がっている。こういうのを幻月環というらしいが、妙にそれは私の目に鮮明に焼き付いている。


 ――嗚呼、私はどうしてこうなった?


 こればかりは馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいそうになった。

 これが私の運命なのか? 

 そう自問自答を重ねると不思議と笑みが零れて、漏れ出て仕方がなくなる。


 人を何十人も殺したような、地に堕ちた人間の末路は落下死だなどと、余りにもくだらない洒落だ。そのような捻りのない結末は三流作家とて書くことはないだろう。

 兎に角、私は学校の屋上から落下して死んだ。


 それがこの世界に於ける最後の記憶というのだから……いやはや酷いものだ。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 この世界には一定数、自分の理解が及ばない物が存在する。

 価値観、人種、倫理観や常識……なんでもいい。

 我々人間は、そんな理解もできない、見たくもない事実と向き合うことを拒絶し――いつも通りをこよなく愛する。隣人がある朝突如としてこの世界から“消失”したとしても気にも留めない。胸中にあるのは精々今晩の夕飯の献立程度に留まる、程度の低い自我と自尊だけ。


 篠崎奏音は目を閉じ、その矮小な掌で耳を閉じた。


 都合の悪いモノを都市伝説と形容し蓋をして、聞こえのいいモノのみを現実だと解する世界から響く雑音に。“捻くれる”ことによって、そんな現実から目を逸らしたのだ。

 それらの行為がこれから彼女の辿り着く世界と波長が合ったのか、或いは別世界そのものが彼女のために順応したか――奏音からすればわかる由もないが、兎にも角にも彼女は異世界に転移した。


 虚構じみた現実世界から、現実じみた泥臭い世界へと。

 嗚呼、これが本当に異世界転生か? 彼女は嗤う。

 嗤って、嘲って、悲観した挙句に刮目した。その世界が何たるかを、何を以って定義するかを。


 そして奏音は探求することになる。

 この世界での“私”が呼び覚まされた意味を。

 元の世界で“私”が喪失された意味を。

 自分のこの世界に於ける立脚点を。自分が生きる意味を。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「ん……」


 異様な眩しさの光に私は目を覚ます。 

 厚手のジャケットに手編みのマフラー、大袈裟な手袋に薄紅の耳あて。

 こと寒さに対処するというのに於いてはこれ以上にない防寒仕様だ。真冬という季節には、丁度いい服装だ。

 で、あるのだが、この半端な温暖が維持された地に於いてはそれがむしろ邪魔になることを知って、彼女は急ぎ衣服を限界にまで脱ぎ捨てた。


 派手すぎないブラウス姿になった彼女はようやくぐるりとあたりを見回す。


(何もない、か)


 福音とも見間違う天空の光点以外の世界はそれこそ虚無そのもので、真っ黒く塗りつぶされた箱の中のようだった。見回そうとも何もないから、空間内の尺度さえも不鮮明であるからして……心がまるで落ち着かない。


 奏音は大した収穫のないことに失望した。

 ただ天井から注がれる一縷の光にのみ、意識が集中した。

 とても暖かな光だった。

 それそのものが熱を帯び、体を芯から熱されるようだ。

 最初こそは彼女の心臓を通過するように直進していたが、次第にその光源は振動しだし、光線を伴った形でその光は私の矮躯の輪郭をなぞるように動き始めた。まるで彼女の体格を精密に模写しているようだった。

 なんというか、線が体をなぞるとき、嫌なむず痒さを感じた。即座に回避しなければ狂いそうな程の痒さでは決してないが、こうじわじわと持続されるのは癪といった中途半端な感覚だろうか。


 気味が悪い感覚は数十秒になった時のことだった。


 丁寧に、決してその身を走ることがなかった直線上の光は突如その軸を揺らし、奏音の体を横切った。

 数瞬後、彼女の日焼けの見られない真白な肌に数滴の真紅が浮き上がり、一気にそれが膨張……重力に反するように、上向きに拡散されていく。空間全体に波及させて彼女を作り上げる血液の躍動を、客観的に感じ取った奏音は驚愕するわけでもなく、呆けに暮れるわけでもなく「そうか……」という冷めきった感覚しか出すことしかできなかった。


 というのも、身が裂け、臓腑が顕になっている現実が事実ならば、直ちに意識を失って然るべき痛痒と出血によるショックが起こるはずなのだ。が、それは微塵にも感じられないのである。

 だから若干の驚きはあっても我を失う程の動揺には至らないのだ。当然個人差はあるだろうが————奏音に関して言うとそのような粗相をみせることはなかった。取り敢えず、生命活動が停止せずに、心の臓は拍動を続けていることだけは明確だったからこそ、奏音は騒がず、動じなかった。


 次いで彼女の身に降りかかったのは微睡みだった。

 非現実極まりない、臓腑が割かれ、尚も出血が加速するというのに。


(いや、違うわね)


 はたと、彼女は自分の勘違いを自覚した。

 痛痒が皆無だったからこそ、自失していたが、結構な量を出血しているのだ。ましてやまだ成長途中の少女の体だ――失血寸前なのだろう。

 唯一の光源だった天上の煌めきはとうに途絶え、世界は暗黒一色になっていた。途絶える直前に観察できた血液さえも最早服を濡らす何かとしか認識できなくなるほどの暗闇だ。   


 このような空虚な場所では物思いに耽ることもできそうにない。そんな奏音が選択したのは一先ず眠るという、何とも予想外の行動だった。もしかしたら三途の川を渡る直前の一時の夢だったのかもしれないが、それもいいだろう。



 偏に、即物主義を通り越した超然主義を自負する奏音らしい行動といえば、そうなのかもしれない。


8月17日 加筆修正しました。

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