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オーパーツウェポン


 朝焼け。

 カーテンの隙間から覗く空、いつもと同じ朝が映る。

 東の空は金色に染まった。その夜がどんなに恐ろしい闇だったとしても、それは永遠には続かない。そして、どんな事にも、どんな事だったとしても終わりは必ず訪れる。この朝もいつか死に絶えて、そしてまた闇の支配が始まるのだろう。

 しかし、この空の輝きは何度朝を繰り返そうとも決して色褪せることはない。

 それは、この光が新しい世界の始まりだからに違いないだろう。

 ここに描かれた空は、昨日死んだ朝ではない。今日生まれ、そして今日死ぬ、二度と訪れることのないたった一つの朝なのだ。

 だから、この輝きはいつだって眩しすぎる。

 時間はどう足掻こうとも巻き戻らない。

 巡る世界は去って行き、そして生まれ変わって訪れる。

 今を生き、明日を生き、そして最期がやってくる。

 みんなそうだ。


 その眩しい朝日に、志賀夏子は目を細めた。

 片手にはコーヒーのカップ。ほんの少しのミルクと砂糖が、朝の体に優しく染みた。

 小さな湯気が、香りを運ぶ。

 ただ、待つことしかできなかった。

 しかし、それでも信じた。祈った。届かなくてもいい、彼の帰りをここに願った。

 どうか無事で。

 電話を掛けることなんて、もう意味が無い。

 彼のことはわかる。たとえ遠くに離れていても、その温もりを感じることが無くとも、彼の目を見て、そして言葉を交えることが叶わぬとも。

 どこかで必ず繋がっている。

 私たちは繋がっている。

 それが最後の望みであり、そして一番の希望だ。

 彼は、絶対ここに戻ってくる。


――必ず帰るよ


 その思いが、いつまでも胸の中に鳴り続けた。

 今はただ、おかえりを言うために。

 ここに生きる。



 

 同時刻、ここに決戦を控える潤史朗はムカデリオンを正面に見据えた。

 どことも知れぬ地下通路、でたらめな掘削によって縦も横も訳がわからない空間を成していた。

 見上げるそこは鬼の形相たる巨頭。

 長大な牙が二つ。これでこの町の地面を荒らし回っているわけだ。

 これ以上の掘削は許されない、

 守り、戦う。

 側頭部のアクションカメラは青白い激光を放ち、その悍ましい顔面を鋭く照らした。

 なんてことはない、間抜けな面だ。

「クガマル、準備はいいね」

「オメエこそいいのかよ」

「いいよ」

「わかった。存分にやれ」

「この後のことは……」

「ああ、全部俺に任せとけ。だが、今は目の前のムカデ野郎に集中しろ」

「わかった」

 スロットル全開、高鳴るエンジンが車体を前へと押し出した。

 同時に吐き出されるムカデリオンの咆哮バースト。その風圧を受ける前に、その胴の下へと潜り込んだ。

 後輪を流す。

 きりきりと悲鳴を上げるタイヤを後に、ムカデリオンの腹を見上げた。

「クガマル、ハンドルを」

「おう」

 ハンドル操作をクガマルに任せ、自身の右手は、背中の凶器へと伸ばされた。

 引き抜くそれは、まさに龍の大顎を太刀に宿した形状だ。破壊力が形を成した、具現化したそれそのものだ。

 刀身に並ぶは赤結晶の刃。

 これぞ、オーパーツウェポン。

 大きく振りかぶり。

 そして、勢いよく振り下ろされる刀身。

 赤結晶の牙はムカデリオンの胴を襲った。

 しかし……。

「うおぁっとと」

「おい!」

 盛大に跳ね返され、オートバイは姿勢を乱す。

「ハンドル交代!」

「おら、しっかりしやがれ!」

 自らの操作でハンドル、スロットルを制御、何とか転倒には至らず、投げ捨てたオーパーツはクガマルがキャッチした。

 そして迫り来るムカデリオンの頭部。

 全速でこれを回避、降り注ぐ岩盤の破片をも上手く乗り越えた。

「気を付けろ! これが最後の機動力だ! 片足のオメエがバイク降りたら終わるぞ!」

「わーってるってば。それより、これどゆこと? 全然あかんじゃないの!」

「オーパーツか、どう見ても光ってねえしな」

「くそぉ」

 一時停車、長い体で振り向くムカデリオンをしばらく待った。

 気付けば、また肩で息をしている。バイクのシートが湿っている。

「呼吸が乱れてるぞ、ジュンシロー」

「わかってる」

「あとどのくらいもつんだよ、オメエ」

「さぁ、もう駄目なラインはとっくに超えてる」

「そうか」

「あ~あ、言うんじゃなかったかも」

「あ?」

「必ず帰る、とかさ」

「……」

「ね」

「来るぞ、よけろ」

 再びハンドルに手を。

 二本の大顎を構えて突っ込むムカデリオン、アクセルを吹かして素早くこれを回避した。

 どんなに複雑に回って逃げても、さすがにこれ自身が自分で絡まって自滅するということはなさそうだ。

「いや、それは違えな、ジュンシロー」

 不意にクガマルが言った。

「何が?」

「ちゃんと言っとくべきだった」

「?」

「それでいいんだ。お前は諦めるな、最後の最後の瞬間までな。その台詞を後悔すんのは、まだ早い」

「……。行くよ、次の攻撃だ」

「おう」

 またしても発車するオフロードバイク。

 その長大な腹部を見上げて滑り込む。

 右手にオーパーツ、ハンドルはクガマル。

 だめ押しの一振り。

 やはり、効果は無い。今回はバランスを崩すことはなかっく、そのまま向こうまで走り抜けた。

「つかえない」

「ゴミだな」

「恐らく赤結晶はただの器なんだろう、ここに今実質的なエネルギーがないんだ」

「光ってないのが証拠だな。おい、また突っ込んでくるぞ」

 突入するムカデの頭、難なくかわし、大顎は壁体に勢いよく突っ込んだ。

「あんまり避けすぎるのも考えもんだね、壁が痛む」

「じゃあオメエが当たって止めろ、壁の代わりになぁ」

「ははっ、そんなことしたら死ん……」

「冗談だ」

「……」

「おい、何考えてやがる」

「それだ」

「あ?」

 と、そう言うと潤史朗は不意にバイクを停車し、その場にて降りる。

「おい、おいおいおい! 何してやがんだ馬鹿野郎!」

「これだ」

 片足で立つ潤史朗は、そこに構えるムカデリオンと正面から向かい合った。

「テメエどういうつもりだ!」

「こういうつもりだ」

「ああ?」

 そして、右手にオーパーツを。

「さあ、ムカデ、僕はここだ」

「何考えてやがる! おい! ジュンシロー!」

「もう一度亡者に会って力を借りる。あの赤い光のキックをみただろう? それを考えれば、この武器を稼働させるのに十分な力を得れるだろう。ただのキックであの力を出せたんだ。この専用品を介せば、もっと凄まじい威力が期待できる」

「おい待て! 瀕死になればあそこに行けるとは限らねえ! なんの保証もねえんだぞ!」

「でもやるしかない」

「この大馬鹿!」

 そして。

 クガマルの制止は届くことなく。

 目の前のオオムカデは、その巨頭をもって、闘牛の如く潤史朗へと突撃した。

 構える武器。

 大顎が眼前に迫った。


 して、その時だ。

 何の前触れもなく、その刀身は思い出したかのように輝きを放った。

 赤い閃光。

 ムカデリオンは突然目の前に現れた光撃に怯み、大きく体を仰け反った。

「きた」

 潤史朗、振りかぶるオーパーツ・ウエポン。

 機械式の義腕による高速の一振り。

 赤い光がはじけた。

 空を切り裂き、飛翔する斬撃は赤の一閃。

 暗黒に鋭く赤を走らせ、空間を断つ。

 続く咆哮はムカデリオンの雄叫びだ。しかしこれは威嚇の怒声ではない。耳を塞ぎたくなるような悲痛な呻きである。

 空中を回転し、巨大な欠片が落下する。

 離断したムカデリオンの大顎が、目の前の地面に突き刺さった。

「ジュンシロー、おめえ……」

 クガマルの言葉に答える力は無かった。

 その破壊兵器を地面に突き立てて、何とか姿勢を保てた。

 呼吸する喉が煩わしく、吐き捨てた痰は鉄の味。

 そして、オーパーツ・ウエポンは徐々に輝きを失っていった。

「ムカデリオン、から奪ったんだ、今の、力は……」

「もういい喋んな! 本気で死ぬぞ!」

「……」

 そして、刀身が完全に光を無くした瞬間に、まるで灰になったかのように、オーパーツは崩れ去り、その形状を失った。

「これで、いい。一番の懸念は、かいけつ。した」

「ジュンシロー、退避だ」

「駄目だ」

「もうやめろ」

「牙をうしなっても、こいつは、あばれる」

「……」

「完全に、ころす」

 おぼつかない足取り。

 再びバイクに跨がった。

「もう十分だ、終わろう、ジュンシロウ」

「まだだ。まだ、大崩落は、おこる」

 自身がどんなに弱ろうとも、それでも、捻ればスロットルはその要求に答え、けたたましく爆音を打ち上げた。

「さあ、こっちだ。ムカデ」

 振り返り、暴れるムカデをじっと見た。

 エンジンを何度も吹かして挑発する。

 そして、怒りに狂うムカデリオンは、その狙いをこちらにぴたりと定める。

「仕上げにはいろう、クガマル」

 ムカデリオンが飛びかかると同時に、バイクは急発進。

 もはや牙を片方失ったムカデは、この地底で壁体を無視して縦横無尽に走ることは不能だ。

 人の敷いた道を、その通りに進むことしかできない哀れな超級。

 潤史朗はそんな巨虫を導くように、その目の前を駆け抜けていく。

 下に、下に、下に、曲がって、更に下に。

 幹線道路に出た。 

 スピードは上げない。ムカデリオンの追随を待った。

 後方を確認し、そしてまたスタート。

 いくら広いとは言ってもその巨体で人間の道路を走るのは時間が掛かる。追いつかれることはない、速度の支配権はこちらにあった。

 そして、見上げる上部壁体。

 道路標識が吊り下がった。

『300メートル先 地下天文科学館』

 それを一瞬確認して通り過ぎる。

「ヒカさんの残した功績を、ちょっと借りようじゃないか」

「これがお前の作戦か」

「そうだ。他に手はない」

「……わかった」

 駆逐トラックが掘った穴に飛び込んだ。

 破壊工作器によって貫かれた施設の大穴。

 飛び込み、天文館の中を駆け回った。

 ここに集結していたのは無数のゴキゲーターたちだ。

 世界最大級のプラネタリウムに辿り着いた。

 この場所は一体どんな場所であろうか。むろん廃墟には違いない。しかし、極数刻前より、巨大なドームは新たな役割を担い始めていた。

 光からの情報が確かならば、そうに違いない。

 遥か地底よりムカデリオンによって住処を追われたゴキゲーターたちは、安息の場所を求めて浮上してきた。それが近頃浅層でゴキゲーターが増加した理由である。

 そして、彼らが新たなプラントとして巣を構えた居場所。

 それがここだ。

 卵に幼虫、大小様々なゴキゲーターが蠢いた。

 その真ん中にバイクで飛び込む潤史朗。

 勢い余って車両ごと転げた。


 これが最後の作戦だ。


 次の瞬間、そのドーム中央より、まるで吹き上げるように巨大なムカデが飛び出した。

 駆逐トラックが光を助けるために抉った穴だ。

 そこに流れ込んだ超級ムカデリオン。 

 巨大な虫だ。その牙を一本ばかり折ったところで、ちっぽけな人間一人では到底歯が立たないだろう。

 しかし、これならどうだ。

 ここはゴキゲーターの巣である。

 無数のゴキブリが這い回り、そのどれもが強烈な怪物である。

 それぞれの顎はさほど大きくはない、しかし強力な破壊力と、何でも食べる雑食性も持ち合わせ、たとえムカデの堅い甲殻であおうと易々と砕くのだろう。そして、その顎がここには沢山ある。

 一方のムカデリオン、ゴキゲーターを捕食するための手段が欠落した。その片方の牙ではゴキゲーターを捕捉できない。

 同時に、ここは見事に袋小路だ。適当に壁を抜かなければ容易に逃げることはできない。そして今のムカデリオンにはそれができない。

 むろん、這って逃げる出口はある、しかし、お腹を空かせたゴキブリたちが果たして、この窮屈さに機敏性を失ったムカデを見逃してくれるのだろうか。

 そんなことはありえない。

 それが食べれるタンパク質だとわかった瞬間、ゴキゲーターは群れをなし、あちらこちらから襲いかかった。

 悲鳴が轟く。

 全身に穴を開けられ、少しずつ体を削られていくムカデリオン。

 もはや逃げる事などできなかった。

 どんなに沢山足を生やそうが、それ以上の数のゴキゲーターがその足一本一本を食らった。

 幼虫も成虫も、揃ってムカデを捕食する。

 ムカデリオンは弱々しく息を吐き、その巨体を地面に打ち付け、動きを止めていった。


「逃げるぞ! ジュンシロー」

 ゴキゲーターの巣のど真ん中に飛び込んだ潤史朗。

 ここで彼らゴキブリが、紛れ込んだ人間一人を見過ごすのだろうか。

 そうであったらいいと思う。

 けれど彼らは貪欲で、ほんの一欠片の食物にさえも敏感だった。

「何してるジュンシロー! ムカデはもういい! メガキラーを撃て! 早く撃てぇえええ!」

「クガ、マル、ノズルがないんだ、ノズルが」

「あ? そんなもん腰に!」

 どこかの衝突による衝撃にて、ノズルは腰から外れてる、高圧導管が途中で千切れているのだ。

 そして殺虫薬剤ボンベは、その根元から安全装置が作動し、放射をそこで止めている。

「クッソ! オーパーツの衝撃で飛びやがったか!」


「く、クガマル、どこ?」

「何言ってやがる! こっちだ!」

 すでに幼虫の何体かが潤史朗の体に取り付いていた。

「このゴキブリ野郎が! こいつから離れやがれ!」

 クガマルが援護に入り、大顎で幼虫を除けた。

「クガマル、ああ、そこか」

「あ? さっきから何言ってやがる!」


「まえが見えない」

「は……」


 その潤史朗の顔は、いつもとは見慣れないものであった。

 彼の頭の横からはアクションカメラが外れており、その近くに転げて落ちていた。

 幼虫に取り付かれた際にやられたのだ。


「まえが、見えないんだ」


「まっすぐ進め! まっすぐだ! ジュンシロー!」

「わかっ、た……」

 見開いたその両目は、最初から何一つ見えてなんかいやしない。

 既に失っていた体の機能は、機械さえなければ生きることさえ難しい。

「よし、まっすぐだ」

「ああ、うん」

「マスクはいいな」

「うん」

「オレがボンベを割ってやる、何としてでも這って逃げろ」

「うん……」

 クガマルは薬剤ボンベに食らいつく。 

 その大顎を最大に開き、全力のパワーをもってかみ砕く。

 しかしその間、ゴキゲーターへの対応はおろそかに。

 大丈夫だ。

 既に痛みは感じない。

 ゴキブリに食われるのも慣れたものだ。

 この手足を無くした時を懐かしく思うほどだ。


「このぉおおお! 割れろぉおおおおおお!」


 そして次の瞬間、ボンベは破壊され、炸裂する白い濃霧が一瞬にドームを覆う。

 周辺のゴキゲーターが次々と転覆していった。


「前にすすめ、ジュンシロウ」

「ああ」

「必ず帰るんだろ! しっかりしやがれってんだ!」

「ああ、うん。……帰るんだ。僕は……」

「そうだ! 見えなくたって構わねえ! 自分の帰るとこはちゃんとわかってんだろうが!」

「そうだ、僕は、かえるんだ……」


「かならず帰るんだ……」


 ゴキゲーターの巣の中で、ムカデリオンの死体の横、徐々に薄れ始めた霧の中。

 這いずる男は片腕に片足。そして盲目だった。

 血の痕跡を地面に引いて。

 その周囲は新たなゴキゲーターたちに囲まれた。

 小さな顎をガチガチと鳴らし、二本の触覚を愉快に振った。

 

「夏子……」













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