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第二の超級 ーⅣ


――あ~あ~、みっともねえ。どいつもこいつもオレがいなきゃ何もできねぇたぁ困ったもんだぜ。改良人間も機械人間もその程度とは聞いて呆れる。ぎゃははははははははははっ


「へ?」

「お前、今なんか言った?」

 二人は顔を見合わせる。

 すると次の瞬間であった。

 ひっくり返った車両が独りでに動き出した。

 システムコンテナより飛び出す作業アームが二本、それを腕のように巧みに操って車両を返す。どしんと激しくタイヤを付き、駆逐トラックはもとの姿勢に復帰した。

 一体誰が操作しているのか。

――乗れ、ボンクラども。

 駆逐トラックの拡声器が乱暴に言葉を放った。

 そして、それに応じる光。

「乗りましょう!」

「え? ちょ、ちょっと!」

 戸惑う沙紀の手を引いて、自身は運転席に、潤史朗と重吾を後部座席に乗せ込んだ。

 駆逐トラック、アウトリガー展開。

 目の前で顎をガチガチと威嚇する巨虫には、その顔面に掘削ロケットを見舞った。

 その爆発の間、二本の作業アームに取り付けられたドリルと刺突槍は、自身の足下を激しく掘削。

 そして、その怒り狂った顔面が大顎を構えて突っ込んでくるその瞬間、駆逐トラックは車体を下げてこれを回避、否、自身の足元を崩落させ、この空間より離脱したのだ。

 落ちる車両は闇の底へ。

 ただ巨虫の咆哮のみを遠くに覚えた。


 *  *  *


 崩落を起こした。

 地点にあっては不明。この闇の中では空間の広さは全く把握できない。高さも幅も、一体どれだけ続いているのか、それを知る術を持たなかった。いや、正確には、その現状把握に資機材を割いている余裕がなかったのだ。

 小型のLEDランタンを地面に立て、その横に寝かせられる潤史朗と重吾。

 二人の容態、重吾にあっては目立った外傷は見当たらない。恐らくは衝撃による一時的な意識消失だろう。無論、精密検査は必須だが、現状において生命状態は安定している。それに彼は改良人間、常人よりも頑強であることを踏まえれば不安要素はほとんどない。

 問題はこちら、志賀潤史朗。

 どうやればこの状態で動けるのか全く謎だ。

 左腕と右足を失った。一見は重大そうだが、しかし義肢をなくしたところで生命上は何の問題もない。まずいのは胴に受けている損傷だ。

 上衣をはだければ一目瞭然、肋骨の複数箇所損傷、肺挫傷も間違いないと思われる。

 顔色は青白く、呼吸は早い。冷や汗、脈拍促進、死の兆候が顕著に現れた。

「アニキィイイ! しっかりしろ! アニキ! 目を覚ませよ! 折角生きてたんだ! 二度も死ぬんじゃねえよ!」

 潤史朗の体にすがりつく沙紀。

「どけ、邪魔だ」

 不意に空中から電子音声がした。

 振り向くとそこには昆虫型のドローンが荒い羽音を立てて滞空している。

「なんだお前! あっち行ってろドローンが!」

「お前に何ができる」

「あ!? なんだと!」

「ヒカリ、このクソ女をどかせ」

「らじゃ!」

「お、おい何するお前! 離せよ!」

「よし」

 光によって強引に潤史朗の体から引きはがされる沙紀。

 クガマルは潤史朗の体に降り立った。

「おいおい、いいのかよ、ジュンシローさんよぉ。帰るんじゃねえのか? こんなところで油売ってる場合かよ」

 その声に、うっすらと目を開ける潤史朗。

 クガマルに気が付き、その口は僅かに動くが音として伝わることはなかった。

「妹が一人になるぞ」

「……」

「最悪な兄貴だな。自分勝手に死にやがって、残された奴はいい迷惑だ」

「……」

「あ? 聞こえねえんだよ。腹から声だせ、腹から」

 すると、潤史朗の右腕がゆっくりと動いた。

 残されたほんの少しの電力で持ち上がる右手は、自身の左胸を指す。

「いいのか、痛えぞ」

 その言葉に潤史朗は小さく笑って答えた。

「わかった。少し待ってろ。おい! クソ女!」

 と、今度は振り返って、そこで暴れている沙紀を呼んだ。

「あ? 誰がクソ女だって? 虫が! つーか離せモヤシ野郎!」

「車両から救命セット持って来い。積んであるだろ」

「は?」

「は、じゃねえ。急げ、死ぬぞ」

「わ、わかった」

 脅すような低いクガマルの声は、逆に落ち着きを持たせるように彼女に響いたようだ。

 沙紀は半壊したトラックに向かう。

 そして……。

「行くぞ」

 とクガマルがそう言う次の瞬間。

 クガマルの大顎は潤史朗の左胸部を挟み、そして力強く圧迫する。

「ちょ、ちょっとボス!」

 クガマルを信頼し落ち着いて見守っていた光もこの様子をみて慌てて駆け寄る。

 しかし、潤史朗を顎で挟むクガマルはその力を止める気配は全くない。

「ボス何やってるんすか! 死んじゃいますって!」

 そして次の瞬間、大顎の内側に並んだ鋭い突起がついに潤史朗の胸郭を突き破った。

 側胸部より激しく血液が噴き出す。

「よし」

 クガマルは顎を離した。

「ボ、ボボ、ボ、ボスゥウウウ!」

「落ち着け」

「へ?」

「肺に溜まった血を抜いた。少なくとも呼吸は多少マシになるだろ。これで根本的原因は解決だ」

「え? で、でも大丈夫なんすか? 本当に」

「勘違いすんなよ、今のはこいつ自身が出したオーダーだ。こんな荒治療、本来いいわけがねえ。衛生的にも最悪だ」

「じゃ、どうして?」

「こいつが起きたら聞いてみな。まぁ、すぐに動く必要があんだろ」

「すぐに動く?」

「まぁ安心しろ、もしもお前がやばくなった時は、同じようにやってやるよ。この大顎ペンチで、ずばっとグロテスクにな。ぎゃははははははっ」

「うわああああ! アニキィイイ! めっちゃ血ぃ出てるぅううう!」

 車両から戻ってきた沙紀が叫ぶ。

「ったくテメエはど素人か。救命セットは持ってきたな」

「アニキ! 今助けるぞ!」

「止血して輸血して、栄養剤でも打っとけ。そうすりゃ何とか戻るだろ」

「龍蔵寺さん、手伝います」

「包帯だ! 包帯を!」


「おいゴミクソ、ちょっと来い」

 クガマルは沙紀の補助に当たっている光を一旦自分の元へと呼び出した。

「ボス、何すか?」

 すると、光の頭にぽすっと着陸するクガマル。

 小さな声でそれは言った。

「よくやった」

「え……」

「以上だ。戻れ」

「……」


「おいモヤシ! 包帯! 包帯を! って何お前嬉しそうに笑ってやがんだ! っざけんなよ!」


 *  *  *


――ここで一つ、重大な話をしよう。

 これは今後の活動に最重要となる機密事項だ。

 第二の超級、ムカデリオンについて。簡単に言えば、それはただの巨大なムカデである。全長は不明、その巨大さ故に測定が不能だ。現段階においては、噛みつき攻撃と大咆哮以外には特に攻撃手段は確認されておらず、至って単純な戦闘スタイルと言えるだろう。実際、人間側の装備が完璧であった場合は、そこまでの脅威とは言いがたいのが実際だ。

 しかし、超級には超級たる所以がある。

 まず大前提として超級とは何か。正式にはこれらは『超メガ級地底害虫』と称される。わかりやすく、超巨大であるからして超級なのだ。

  最大の特徴として、それらは単独個体として存在を確立し、同種の他個体が今のところは発見されていない。

 そして次なる特徴として、それらは人社会に与える害悪が極めて積極的なのだ。

 第一に発見された超級にあっては、捕食とは異なる明確な攻撃行動をとり、結果として九州南部に構えた地表の大規模施設が壊滅した。それが今からおよそ四年前のことだ。

 その事件より地下衛生管理局は特別殺虫係SPETを設置、来たるべき超級との決戦に備え、尾張中京都を除く各隔離都市に大部隊を配置した。

 さて、ここで一旦超級とは離れて、少し考えることがある。

 この日本という国は地下五千メートル以下の階層が封鎖されている。それはなぜか、関係者の皆様ならばご存じの通り、そこに恐ろしい怪虫が蠢いており、人の生存が困難であるからだ。

 ではここで一つ疑問を提示したい。

 たとえば尾張中京都地下五キロ下には天文館などの娯楽施設や、工場や産業道路など、あらゆるインフラが整っている。

 さて、これらは果たして、ゴキブリのいる間をかいくぐって作られたものなのだろうか。

 当然、そんな訳がないのだ。どう見積もっても不可能であり、そもそもメガ級地底害虫を隠蔽し通すことができない。

 つまり、この地下五キロ以下には元々怪虫などいなかったのだ。つい最近まで、人はそこで暮らせていた。

 では、この日本の地下に一体なにが起きたのだろうか。

 その答えは超級にある。

 第二の超級が人類に牙を剥いたのだ。

 その名も掘削地龍ムカデリオン。ムカデリオンは誰も感知せぬ地底を這い回り、密かに人間社会の瓦解計画を進めていた。

 日本列島地下五キロ以下を縦横無尽に掘削し、自らが呼び水となって、メガ級地底害虫を本来の生息域から日本中に拡散したのだ。

 それの事件は第一の超級出現より僅か半年も経たぬ内のことだ。

 そして、この緊急事態にSPETは全隊迎撃に出るも、結果、ムカデリオンの足跡を追うことは叶わず、完全にそれを見失った状態にて現在までに至るのだった。

 それは、いつ、どこで、何がでてくるのかも予測できない。ムカデリオンは見失った、警戒が必要だった。しかしそれとは異なる超級がどのタイミングで、どのように現れるのかもわからない現状、この国は今この瞬間にも、いつ壊れてもおかしくはない非常に危うい状況なのであった。


……と、言うわけだ」

 クガマルは集まった沙紀、光に対してムカデリオンに関する解説を終えた。

「なるほどっすね」

 大きく頷く光、しかし一方何か不満そうな沙紀はその場をすっと立ち上がる。

「んだ、なんか文句あんのか沙紀」

「お前に呼び捨てにされる筋合いはねえよ! このロボット虫が」

「じゃあクソ女でいいな」

「っ! この野郎!」

「まぁまぁ龍蔵寺さん……」

 クガマルは騒ぐ二人を後ろに、自身から照射していた光学プロジェクターの機能を切った。「ったくオメエは変わらねえな、沙紀」

「はぁ?」

「オレの事でガタガタ騒いでる場合か? 今の状況をよく考えろ、優先事項は何だ。目の前に現れた謎のドローンに興奮してる暇なんてあんのかよ。その間にも世の中はどんどん動いてんだぞ?」

「その高圧的な態度が気に入らねえんだよ!」

「あぁそうだそうだ。オメエは昔からそう言う奴だな。そうそう。飴ちゃんやろうか?」

「うるせえ! 人を馬鹿にすんな虫!」

「ぎゃはははははははっ」

 笑うクガマルは宙を飛び回り、追いかける沙紀をおちょくった、そしてその様子に困惑する光であった。

 そして、そんな賑やかな場に一人の男が現れる。

「やあやあ皆々様や、元気そうで何より」 

 右手につるはしを持って杖の代わりとし、片足のみでぎこちなく歩行した。

「ジュンさん!」

「アニキ!」

「おう、起きたか」

 左腕と右足の機械義肢を失った潤史朗。残った手足も充電を切らしていたが、駆逐トラックより拝借した電力にてようやく動けるまでに戻ったようだ。

「心配かけたね、クガマルにヒカさん、あと、誰?」

「俺だよ俺! 龍蔵寺沙紀! まさか四年ぶりだからって俺のこと忘れてんじゃねえよな、アニキ!」

「いや忘れた」

「はははっ、だよな、まさか忘れる訳ないよな……、え、今なんて?」

「忘れた」

「……」

「クガマル、この人誰?」

「あ? こいつか? いま自分で名乗った通りじゃねえか。龍蔵寺沙紀、SPET関西基地の隊員だ」

「よろしく龍蔵寺さん」

「龍蔵寺さん? おい、なんだよそりゃアニキ、龍蔵寺さんって、何の冗談だ、アニキが俺のことそんな風に呼ぶかよ……」

 震える声で潤史朗を見る沙紀。 

 残念ながらこの再開は感動の一カットとはいかないようだ。

「沙紀、こいつは記憶喪失だ。残念だがお前のことは知らない、今はそれで納得しろ」

「嘘、だろ……」

「本当だよ、龍蔵寺さん。申し訳ないけれど、僕は君のことがわからない」

「そんな……。いや、ちがう。ちがうだろ!」

 沙紀は語調を強めたかと思うとその顔を上げた。

「お前、誰だ?」

 潤史朗の目を見て沙紀が言う。

 彼女は続けた。

「俺の知ってるアニキは、自分のことを僕だなんて言わねえぞ、態度も全然そんなんじゃねえっ、お前、アニキじゃないだろ! 顔は同じだが、お前は一体誰だ!」

 潤史朗に詰め寄る沙紀。

 しかし。

「そうだよ、違う」

「なんだと?」

「今はその解釈の方がいい、その方がお互い良いだろう」

「てめえ! っざけんな!」

 沙紀は潤史朗の襟首を掴んだ。

 だが、それに全く動じることのない潤史朗。彼に表情はない。

 沙紀はしばらくその目を睨み付けるが、やがて諦めたように手を離した。

「悪いね」

「マジで別人なのかよ」

「そう思われても仕方ない。これが記憶無くした人間の成れの果てさ。ご覧のとおり碌なもんじゃないよ」

「……」

「さあ、作戦の話をしよう」


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