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第二の超級 ーⅢ


 死骸の山を踏みつけて、ゆっくりと前に進むトラック。暗い地下道。そのエンジン音のみが野太く響いた。

 果たして彼女の下した判断が正しかったのか、しかし、この状況において、結論を出すこと自体が無意味であり、すでにこの邂逅は避けられぬ地点へと踏み込んでいたのだ。

 次の瞬間、まるで待ち構えられていたかのように地面は激しく揺れる。

 周囲の壁体にはみるみる内に亀裂が走り、そして、噴き出すように正面の地盤が突き上げた。

 巻き上がる粉塵がライトの照射を阻む。

「な、なんだぁ!」

 現れたのだ。

 彼らが最も警戒する敵が。いま。

「車両後退! 全速!」

 沙紀の一声で、重吾はバックギアに入れると同時にアクセルペダルを床まで踏みつけた。

 そして飛ぶように後ろに発進する車両。

 その瞬間、前方の粉塵より現れるのは巨大な二本の牙であった。首を横に振らなければ視界に入りきらない程広い牙の間隔、その巨大な二本は一瞬の内に左右から中央に向かって距離を詰めた。

 ゴキゲーターを軽々と粉砕する猛烈な一撃だ。

 間一髪でこれを回避。

 車両は後退を続けた。

「むりむりむりっすよ! ありゃスケールが違いすぎる!」

「ちょっと待て!」

 沙紀の赤眼が後方に注意を向けた。

 視覚ではない。音であり振動であり、ただそこに感覚として非常に強烈で嫌な気配を察知した。

「ブレーキ!」

「え!?」

「はやく!」

「おっす」

 急激に踏み込まれるブレーキ。タイヤは悲鳴を上げると共に十数トンの車両を受け止めるが、その耳を裂くような音も次の瞬間の衝撃によって掻き消される。

 後方の地盤が突如吹き上げる。

 現れたのはまたしても牙か、と思いきや形状が若干異なる。

 それは角、棘、針、なんとも分類しがたい二本の長い突起物だ。

「もっかい前!」

「おおお、おっす!」

 しかし前方には……。

 駆け抜ける荒れた地下道、正面にはあの牙の持ち主が、その鬼のような顔面をもって待ち構えていた。

「……ムカデリオンか」

「え?」

「第二の超級だ。もう退路はない!」

「姉御! どうするんすか!」

「戦う!」

 操作スティックを手にする沙紀、次の瞬間に車両搭載の放射ノズルより、高圧のメガキラーがその顔面に向かって吹き付けられる。

 そして、正面の昆虫にあっては、その白い噴霧に対して大きく後ろへ退いて、顎を振り回すように、その薬剤を嫌がった。

 果たして効果はあるのか。

 当然だ、効果はある。この最強の殺虫剤が効かない虫など極々ほんの一握りの例外に限られる。

 しかし、この場合は圧倒的に量が足りない、そして何より、この凄まじい虫を本気にさせた。

 効果はある、だが、逆効果だ。

 その目の前の巨大な昆虫が繰り出すのは、巨大な咆哮だ。

 開かれた口から嵐を吹き出し、暴風となって空間を走り抜け、まるで地鳴りか鳴き声かも判別がつかない終末音が鳴り響く。

 白い噴霧はあっという間に吹き飛ばされた。

 もちろん、放射は止めてはいない。

 しかし、勢いよく接近するその顔面は、吐き出される突風により薬剤を退け、そして巨大な牙をもって駆逐トラックの目の前に。

「姉御!」

「くっそぉ!」

 車両は後退するも、僅かに間に合わず。

 襲いかかる牙は左右よりキャビンを捕捉した。

 あっという間に潰れる車体。

 しかし大顎攻撃をもって一瞬咆哮を停止したそれは、再び顔面に薬剤を食らい、車両を完全に破壊することをやめさせた。

 大顎に捕まった駆逐トラックはそのまま遠くに投げられる。

 車両は荒れた道路を何回転もした後に停止、六輪のタイヤは天井面を仰ぎ見た。

 反転し、半壊するキャビン。

「いってて、被害は?」

 ひっくり反った車内で、沙紀は額から血を流しつつ周囲を見た。

「いてててて」

 体を痛がる光と、そして重吾は……。

「おいっ、しかっかりしやがれ!」

 完全に意識を失っている。

 だが、外から聞こえてくるその音は止まらない。大気を揺るがし、破滅を唄うその声が。

 低く、死人の声を思わせる地底の唸りそのものだ。

「くそ……」

 沙紀は再び放射レバーのスティックを手にした。

 しかし、目の前のパネルは真っ赤な文字でエラーを表示し、ボタンを押しても反応がない。 放射ノズルが破損しているのだ。おそらくは車両が転覆することで、その下敷きになり損傷した。

 そしてこの事態に、目の前の超級が攻撃をやめる理由など存在しないのは無論。

 激しく割れたフロントガラス、その向こうに巨大な頭が控えている。

 巨大な牙を大きく開き、今まさにこちらに向けられた。

「くそ! 動け! 動け! 動けぇええええ!」

 スティックを必死で動かすも、パネル上のエラーが消える事はなかった。

 そして接近する大顎。

 車両に迫る。


「ぬぅあああああああああああああああ!」


 雄叫びと共に、その瞬間、現れる謎の人影があった。

 殺虫剤メガキラーを背中に背負い、突撃する大顎の前に立ちはだかる一人の青年。

 つい先ほどまで車内にいたはずの彼は、いつの間にか車載のボンベを背中に担ぎ、防護マスクを装着して超級へと向かったのだ。

 ヒカリンこと玉野光は、超級と対峙する。

 メガキラー放射。

 勢いよく突撃する顔面は、その白い噴霧に一瞬顔を退けた。

「やった!」

 だが、それも一瞬。

 噴き出される豪風により光自身が宙を舞った。

 その勢いに悲鳴さえも叫ぶ余裕はない、その声も一緒に吹き飛ばされたのだろう。

 水平に飛ぶ光、まるで弾丸のように地下道を飛翔し、このまま地面に当たれば命はない。 

 しかし、これを受け止める者がいた。

 赤い閃光が闇を駆ける。

 その速度はもはや人ではなかった、まるで夜の闇に紛れて獲物を狙う猛獣だ。

 改良人間、龍蔵寺沙紀はその凄まじい身体能力をもって走り抜け、地面との激突の瞬間、光の体を受け止めた。

「馬鹿野郎! 死にてえのかモヤシ!」

「あんたらだって俺を助けたでしょうが!」

「あ?」

「また来ますよ!」

「!」

 振り返ると、依然そこには超級の顔面。

 攻撃をやめる気配など微塵もなさそうだ。

「撤退する」

 そこから目線を逸らさずに沙紀が言った。

「どうやって」

「俺が時間を稼ぐ。モヤシ、お前はその間に車両から重吾を引っ張り出せ」

「わ、わかった!」

「任せた!」 

 そう言って飛び出す沙紀。

 一旦車両に駆け寄って手にしたのは二本のピッケル。

 両手に鋭い得物を構え、数メートルもの空中を跳躍。

 肉体系瞬発型の改良人間の彼女は特に近接戦闘を得意とする。この場合それに意味があるのかは疑問だが少なくともこの大顎の気を少しの間引くことはできるだろう。

 沙紀は超級の顔面に飛びかかる。

 迫る顔面、小さな複眼にその鋭いピッケルを二本突き立てた。

 して、見事に刺さる。その巨大な顔面は暴れ苦しんだ。

 沙紀はその頭を蹴り返して離脱する。

 しかし、地面に着地する寸前に噴き出される咆哮、やはり弾丸のように飛ばされた。

 沙紀が車両から引き離される。

「五十嵐さん! しかっりして! 五十嵐さんって!」

 顔面の注意が車両にいった。

 光は大柄な重吾の体を転覆した車両から引きずり出すのに時間を要していた。

 そして気が付く、後ろから大顎が狙ってきていると。

「や、やばい……」

 その巨大な虫の頭と目が合った。

「やばいやばいやばいやばい」

 ここで突っ込まれたら一巻の終わりだ。

 自分が逃げ出したとしても、間違いなく重吾は車両ごと突撃に巻き込まれて死ぬ。

「やばいやばいやばいやばいやばいやばいぃ!」

 意識を失っている重吾の体はまだ半分しか車両から出ておらず、少し引っかかったまま動かない。

 そして、次の瞬間虫の大顎が襲いかかった。


「くっそおおおおおおお! なんとかなれ! なんとかなれってんだよぉおおおおお!」

 

 足掻き、藻掻いた。

 最期の最期の瞬間まで、この青年は男を助けることを諦めなかった。それは決して褒められた行為ではない。助からぬ命、犠牲を増やしてどうするか。

 だがしかし、これが人間だ。人が人たる最後の証拠、決して害虫などでは真似できぬ死に様だ。

 死の在りようとは、すなわち生の本質だ。

 玉野光は、ただ一つの事実として、その最期まで自身の道を貫いた。

 これが、人だ――


 赤い激光、一閃の明滅が駆け抜けた。

 現れたのは――、衝撃だ。


『超電力状態へ移行します。――充電中です。消費電力にご注意下さい、充電完了まで、5秒前、4、3、2、1。充電が完了しました』


 響き渡る電子アナウンス。

 目も開けられぬ光撃の中、貫くそれは巨虫の前へ。

 迫る大顎。

 そして、彼は構える。


『大きな力が発動します。衝撃にご注意下さい』


 アクションカメラが伝えるゴーサイン。

 飛び上がり、その巨顎を迎え撃つ。

 怪物級のキックが炸裂した。

 激しい光は虚空を抉り、かくしてその右足は激突を果たす。

 

 赤い光線は四方に飛び散り、衝撃は空間を叩き付ける。

 突撃する大顎は見事に跳ね返された。


「な、なんだこれ……」

 超級の顔面はその二本の牙と共に、地下道上面の壁体に突き刺さる。

 そして動きを止めたのだ。

 同時に。

 玉野光のすぐ横には見慣れない機械部品が降り落ちた。

 鈍い音を立てアスファルトに落下するそれは、金属製の右足だ。

 膝から下、ボロボロの安全靴がつま先部分に僅かに残る。

「機械の義足……、ジュンさん!」

 光が前を見ると、そこに片足のみで立っていたのは一人の男だ。

「ジュンさん!」

 光は彼に駆け寄った。

 みると、彼の全身からはみるみる内に赤の輝きが抜けていく。そして、表情がわかるほどまでに近づくと、それは完全にいつもと同じ潤史朗であった。


「やあ、元気?」

 と一言。小さく笑って手を振った。

 いつも右側頭部につけていたアクションカメラは通常通りに青白いライトを灯す。

「ジュンさん、どうしてここに?」

「いや、ごめん、ちょっと疲れた……」

「え……?」

 潤史朗は光が近くまで来たのを確認すると、そのまま力なく地面に倒れる。 

 それをぎりぎりのところで追いつき、光は彼を支えた。

「ジュンさん! しっかりして! ジュンさん!」

「ああ、えっとね、まだそいつ全然倒してないから、注意ね。んじゃ」

 と、一言そう言って目を閉じる潤史朗であった。

 そして、光は上を見上げる。

 そこに突き刺さっていた巨虫の頭部は、そこから抜け出ようと体をよじっていた。

「まずい……」

 光は潤史朗の体に肩を入れ込み、引きずるように彼を運んだ。

 左腕、右足を失った潤史朗の体。驚くほどに軽かった。

 そして駆逐トラック付近、飛ばされた沙紀も戻ってきており、重吾の脱出も完了済み。

「あ、アニキ!」

 沙紀は潤史朗に駆け寄った。

「アニキ! 無事かよ! おい、しっかりしろって!」

 しかし、これに答える潤史朗の言葉はない。

 すでに意識は朦朧と、消えかけているに等しい状態だ。一体どうやってここまで這い上がってきたのかも定かではない。ただ、その力には相応のリスクを背負っているようだ。

「龍蔵寺さん、もう目的は全部達しました! 離脱しましょう!」

「そうだな、だが……」

 振り返る沙紀、しかし車両は転覆し中破の状態にあった。

 するとその時だ。

 頭の上から降り注ぐ咆哮。周囲の散乱物をありったけ吹き飛ばし、二人はとっさに車両に捕まった。

 超級が復帰する。

「まずい……」

 超級、ムカデリオンと再び目が合った。



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