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第二の超級 ーⅡ

 


「ただ、いいんすか姉御? その志賀って人は後回しにして」

 車両の舵をとる重吾が言った。

「そりゃ、いいわけがないだろ。こんなとこまでわざわざこっそり出てきたのも、死んだはずのアニキを探すためだし」

「アニキっていうか、先輩なんすよね」

「そう。SPETに入る前のな」

「SPETに入る前?」

「色々あんだよ。ごちゃごちゃと」

「姉御ってSPETにいる前って何でした? 最古参の姉御の前職となると……暴走族?」

「お前筋肉そぎ落とすぞ、マジで」

「それは勘弁す」

「とにかく今は超級が優先だ。いるのか、いないのか、それが問題だ」

「確かに、いたらそりゃあ、えらいこっちゃっすね」

「そういうこと。ってなわけで重吾、地下体質の解放、許可する」

 と、助手席でそう言う龍蔵寺沙紀。運転席の方を見る彼女の両眼には、ほのかに赤い光が宿っていた。

「許可って、別に許されてするもんじゃあないすよね」

「いいから、隊長命令!」

「はいはい。やりますよっと」

 そして、それに答える重吾の瞳にも赤色の光が小さく光っていた。

 その様子に気が付く後ろの玉野光。ルームミラーに移った重吾の赤眼に驚きの表情を隠せない。

「ななな、なんすかそれ!」

「ああ、少年は初めてみるか? ってか普通は見たことねえか。俺たちSPETの隊員ってのはみんな改良人間なんだ」

「か、改良人間?」

「そ。暗い地下で活動するために、感覚やら運動能力が強化されてる。あくまで医学的にだが」

「へ、へえ……」

「で、それぞれ体力と感知力が底上げされてる訳だが、そっから更に系統別に能力が特化されて……」

「重吾!」

 説明の途中、沙紀が少し声を上げてそれを止める。

「後ろのそいつは一般人だ。あんましベラベラと喋るんじゃねえって」

「あ、そうっすね。さーせん」

「えええ、ちょっと気になりますよ! 教えてくださいよ~。どうせ公安隊に記憶を消される運命なんすから」

「まぁ、悪いな少年」

「ええ~」

 改良人間の有する地下体質。その力の基本となるのは暗闇での戦闘に欠かせない感覚能力だ。

 まず第一に視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして平衡感覚、そのどれもが通常の人間に比べて桁外れに研ぎ澄まされており、動物として最高クラスに優れていた。

「じゃあ、ジュンさんも改良人間なんですね。俺、ジュンさんに詳しく聞きますんで」

 光は後ろの席でそう言うが、これに対して沙紀がぴしゃりと言い放つ。

「アニキは多分違う」

「へ?」

「SPETの設立は三年前、アニキが消息を絶ったのは四年前。それで死んだと思ってたら中日本駐屯室なんて訳のわかんないところに所属してた。最近まで誰も生きてるなんて知らなかったんだ」

「不思議な人っすねえ、その志賀って人は……」

「確かに、ジュンさんはちょっと変な人っす」

「変って……」

「いや、いい意味で、ですよ」


「待って!」

 その時、唐突に沙紀は少し大きな声で言った。

「この先、わかる? なんかいる」

 赤い眼を凝らして前方を見つめる。

 光にとってはただの暗闇だったが、しかし改良人間たる二人には何かが見えている、若しくは感じ取れているのだろう。

「なんすかね」

「安全装置解除、前進微速」

「りょ」

 そして、進み続ける駆逐トラック。

 気付けば地面は細かく揺れ、特に光にとってはあまりいい思いのない嫌な振動であった。

 しかし今回の振動に関しては、むしろこちらから向かって行った形になる。

 その結果、訪れるものは必然的、いや可能性の断片を拾いに行ったのだ。

 その目標地点に待ち受けるものは、果たして……。


「ぬわあああっ! ゴキゲーターが! なんかめっちゃいる!」

 後部座席で声を上げる光。

 駆逐トラックがヘッドライトで照らす前方、艶のある黒が何重にもライトを照り返した。

 通路にはゴキゲーターがずらりと群れをなし、軍団となって立ちはだかる。

「い、異常だぞこの量。どうなってんだ!」

「落ち着け。ただ殺すだけだ」

 そう言う沙紀は、助手席のサイドから延びる操作スティックを右手に掴む。

 安全装置となるレバーを下向きにおろせば、親指側のボタン一つでいつでもメガキラーを放射可能な状態だ。

 ノズルにあってはキャビンの上部。そのノズルの側部には暗視機能付きのカメラが取り付けられ、それが映し出すノズル先の映像は助手席正面のタッチパネルで確認することができた。

「いくぞ」

 放射開始。

 薬剤の成分は人が背負って使用するボンベのものと全く同じ内容であるが、こちらに車載される装備については圧倒的な長射程、高圧力、そして放射量と放射時間も何十倍。積載されたボンベの大きさは、背負い用のタイプのものより遥かに大きい。

 車両の構造上、システムコンテナに搭載されたボンベの姿は外からは確認できないが、コンテナの内部は、その容積の半分以上をボンベが占めているのだ。

 そして続ける薬剤放射。助手席前のタッチパネル上でゴキゲーターの死骸たちを大量に確認することができた。もちろんその様子は普通にフロントガラス越しでも見ることはできるが、画面上でみる様子は、まさにゲームでもしているようだった。

 画面下部にはボンベ残圧ゲージが表示され、前方の映像にはノズル照準器の円に入ったゴキゲーターがたちまち殺虫剤の霧にまかれ、ほとんどの個体がその瞬間に絶命する。

 あの恐ろしい怪虫が、こうもあっさりと倒される。もはやこちらは恐怖など感じようもなかった。

 まさに、“駆逐”トラックである。

 薬剤の濃霧で前方の虫たちを殺しながら進んだ。

 死骸はそのままタイヤで踏んで乗り越えた。一体どこの世界に、こんな凶暴なトラックが存在しようか。

「姉御、なんか妙に効率よくないすか?」

「俺の腕がいいからに決まってんだろ。ただのマッチョと一緒にすんなっての」

「いや、それを差し引いても……」

「あ? んだって? 放射の音でよく聞こえない」

 するとその時、後部座席の光が突然声をだして、そのまま前に乗り出してきた。

「ちょっとストーップ!」

「は? なに?」

 光に言われ、沙紀は放射ボタンから一瞬指を離した。

 前方に広がるメガキラーの霧はゆっくりと晴れていく、しかし、その中から向かってくる虫はいない。

 そしてそこに現れる光景。

 三人は、これに一瞬目を疑った。

 駆逐トラックのヘッドライト、そして幾つも連なるフォグライト、その極めて強力な光が照らす情景は、ゴキゲーターの死体の山だ。

 しかし、これらが今倒したばかりの個体ではないことは、その状態から明らかなであった。「な、んだこりゃ」

 足が引きちぎれ、腹が潰れ、無くなった頭部の付け根からは緑の液体を垂れ流していた。

 ゴキブリの死体など、今まで嫌というほど見てきたが、それでもこんな状態にあるものを目にすることは一度も無かった。

 いや、これはゴキゲーターの死体じゃない、ゴキゲーターの“残骸”だ。

 あの頑強なゴキゲーターがこんな姿になることなど、にわかに信じられない。

「あ、姉御……」

「……」

 バラバラのゴキゲーターを見て唖然とする沙紀。彼女の耳には重吾の声など聞こえていないようだった。

「ありえない、そんな、ゴキゲーターが……」

「超級、すか?」

「……他に何があるってんだ」

 超級の存在。これだけではその裏付けとして弱いかもしれない。しかし、これだけの量のゴキゲーターをここまで徹底的に粉砕する怪虫など何があるのだろうか。

 実際にその痕跡をこうして目の前にし、ただその力に圧倒された。

「姉御! もうやめときましょう。こいつはちっとやばすぎる! 超級だがなんだか知れねえすけど、どうみても人間の力じゃ及ばねえ!」

「……」

「超級の痕跡あり、もうそれでいいでしょうよ」

 重吾は、いま目の前にある状況を手っ取り早く分析した。

 どう見ても敵うはずがない、遭遇することなどもっての他だ。

「……重吾、俺たちの存在意義は何だ」

 しばらくの沈黙の後、沙紀は落ち着いた口調で言った。

「急になんすか、そりゃ怪虫を駆除するため……」

「違う」

 沙紀は語調を強めて言う。

「現実的にはその通りだし、間違ってない。でも考えてみな、研究班や調査隊の護衛以外、俺たちが積極的に怪虫駆除に出向く意味なんてあるのか?」

「それは……」

「わかってんだろ、ないんだ。こいつらの生息域は地下五千メートル以下、人間の方から行かない限り怪虫の被害なんてない」

「……」

「四年前の惨劇を知ってるな? 九州南部地下調査団の件だ。第一の超級が出現して、大きな被害をもたらした」

「それからっすね、特別殺虫係もSPETも」

「そう、俺たちが最も警戒しなきゃいけないのは超級だ。あいつらは人の領域に踏み込んでくる。普通の怪虫とは本質的に違うんだ。つまり、SPET本来の存在意義ってのは超級をいち早く発見して、これを駆逐すること。重吾、それでも引き返すのかよ、今」

「……あくまで副隊長からの意見具申すよ。たとえそうでも反対す。とても駆逐トラック一台で対応できるとは思えんです」

「……」

「冷静になって下さいよ姉御。有事に備えて何隊も控えてんですから」

「それは……」

 沙紀は黙ったまま、目の前に転がるバラバラ死体を見つめた。

 超級の虫、あの鋼のようなゴキゲーターの体をこうも滅茶苦茶に破壊できるパワーの持ち主だ。大きさもゴキゲーターとは比べものにならないほどだろう。そんなとんでもない怪虫と戦う?

 ありえない。

 ゴキブリの欠片が山と散り、照らされる闇の地下道にその異常性と狂気溢れる空間を演出していた。 

 ここは、あまりにも死が近い。

 

 しかしその時、意外な人物がこの沈黙を破った。

「行きましょう!」

 そう言って後部座席から光が身を乗り出す。

「むしろ行くべきっす。そんなやばい昆虫がいるなら一度見てみたい!」

 その台詞に呆気にとられる二人、一瞬うしろの青年が何を言っているのか理解に苦しんだ。「……は?」

「って、ジュンさんなら絶対にそう言いますね」

「アニキがそんな馬鹿なこと言うかよ」

「そう言いつつ、ジュンさんは戦いに行きますよ、きっと」

「……」

「少年。そりゃ勇敢なんじゃねえ、ただの無謀ってんだ」

 重吾は諭すように光にそう言った。しかしそれでも光の勢いは止まらない。

「たとえば!」

「お、おう」

「目の前にはゴキブリが一体、でも殺虫剤が使えない、持っている武器は拳銃が一丁、そこに一般人がひとりいたとして、どうします!」

「どういう状況だ」

「いいから答えて!」

「いや、どうしようもないだろ。逃げる」

「その一般人は?」

「助けようがねえよ。自分の命すら危ねえってのに」

「それをやるのがジュンさんっす」

「んな馬鹿な」

「じゃあ何で俺が生きてんすか、その状況でジュンさんに助けられたからっすよ。それでもし、ジュンさんが今の状況を知ったら……、多分、引かないっす」

「わかったわかった少年、落ち着け。百歩譲ってそれがマジだとしよう、だがな、俺も姉御もそんなスーパーマンじゃねえって」

「改良人間が?」

「んぐぐ、それは……。あ、姉御なんか言ってやってくださいよ~」

 重吾はそう言って助手席の方を見るが、そこに座る沙紀は、今までに増して難しい顔をする。

 そして、彼女が次に口を開くと。

「確かにそうだ……」

「は?」

「もう、難しいことはいいだろ。今のモヤシの言ってることが全てだと思う。確かにアニキなら何でもない顔して超級を見に行く、きっと。で、後輩の俺がアニキの守る尾張中京をほっとく訳にはいかない。そうだろ」

「あ、姉御……」

「車両前進」

「お、おっす」



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