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地下5千メートル ーⅠ


 頭を金髪に染めた青年と、その後ろには若い女が二人いた。

 彼らの前には穴がある。車両二台が余裕で並べる程度、普通のトンネルと同じくらい。だが、この穴に果たして計画性があったのか。歪な入り口はまるで怪物の口、今にも崩れ落ちそうな内壁は非常に攻撃的だ。そしてその穴、実に数メートル先の状況すらわからない完全なる闇。しかし彼ら三人はそれでも足を進めていった……。


 *  *  *


「は~いどうも、こんにちわ~。ようこそ! ヒカリン・チャンネル! ヒカリンで~す」

 

 整った顔立ちの青年。細いアルミ製の棒の先にビデオカメラを取り付けており、それを自身の方に向けると、カメラに向かってベラベラと喋り出した。

 いわゆる自撮り、撮影しているのは動画だった。

 彼は俗にチューバーと呼ばれる存在だ。面白い動画、話題性のある動画、ブログ的な動画、チューバーはあらゆる動画を無料動画サイトにアップする。そしてそんなチューバーたる彼は、更なる人気獲得のため、本日とある計画に踏み切ったのだ。

 先ほどの暗いトンネルを抜けた先は広大な地下道であった。ここは地下の廃道。しかし完全な闇というわけでは無く、数メートルおきに設置された橙色電灯の光によって幾らかは明るい。

 どうやらここにはまだ電気が通っているようだった。

 そして照明に照らされるのは、チューバーの青年と、その後ろには若い女が二人いた。


 彼がやって来たのは海抜五千メートルの境界層よりも下。地下五千メートル以下の一般人立ち入り禁止地帯だ。

 当然この男が許可を得ているはずはない。むしろ許可など絶対に貰えない。しかし、だからこそ潜入してみるのがチューバ―の性。

 これは、未だかつてない挑戦だ。厳に非公開を保たれている地下五千を生で撮影したとき、一体どれだけの視聴数を稼げるだろうか。それはある意味全国民にとっての都市伝説、いや、国家伝説を解明することに繋がるのだ。日本の地下問題は国民ならば誰しもが少なからず関心を持っているだろう。

 何故立ち入り禁止なのか、そこに何があり、どうして隠されているのか。ついに今日、その真実が白昼の下に晒される。


「と言う訳で本日、予告させて頂いた通り、何と地下五千メートル地帯の冒険を生配信でお送りします、ウェーイ! パチパチパチ」

 金髪のイケメンことヒカリンはカメラに向かって喋り出す。

「そしてなんと、今日はスペシャルゲスト、自主アイドルのユウカさんとチカコさんに来てもらってます。イェーイ!」

「は~いどもでーす。自主アイドルグループABC84のユウカで~す!」

「チカコで~す」

 二人は高校のブレザーをアレンジしたような衣装で揃えており、何らかのアイドルだと一目でわかるスタイルだ。彼らはチューバーではないが、ネットでの活動を中心とした有象無象の半アマチュア的マイナーアイドルだった。

 ヒカリンとABC48、どちらもマイナーだが、この企画であれば注目されないわけが無い。明日になればネット上での神だろう。


「ていうか~ここ暗すぎじゃないですか~、ちょっとやばいんですけど~」

「ね~、めっちゃ暗い。なんか霊とかいそう」

「え~まじ、やばいやばいやばい」

 はしゃぐ女二人。ヒカリンもこの会話に乗っかった。

「え、怖い怖い怖い、おれ霊とかそういうのマジ無理なんですけど!」

「ねえ、……今なんか音した」

「いやぁああああ」

「無理無理無理おれマジそーいうの無理!!」

「ねえユウカ、帰る? やばくない?」

「ええ!? いやいやいや、行くでしょ、これ生配信でしょ、ここで帰るとか無いでしょ。ね、ヒカリンさん」

「おれもマジ帰りて~」

「ちょっとヒカリンさん?」

 こうして数分間に渡り心霊騒動の茶番は続く。全てアドリブではないだろうが、しばらくするとヒカリンが話の軌道を修正した。

「え~と言う訳で、我々によって、地下に隠された秘密を暴こうという訳で……」

「はい」

「今日、……、歴史が変わります」

「お~~」

「というか、もう来ちゃってますけどね、それで、どうですか二人は。地下五千メートルに来てみた感想は」

 ヒカリンはアイドル二人に話を振った。

「いや、マジめっちゃ怖いです。でも何て言うか~、ちょっと異世界に来たみたいな、そんな感激がありますね~はい」

「ウチもちょっと怖いんですけど、でも何かワクワクしてきますね」

「というわけでね、国が公安隊を使って違法に閉鎖する地下五千メートル。これ実は数年前は工場とかマンションとか普通にあったんですよ、ほら後ろ見てください、これ多分工場の扉っすね。さて、それなのにいきなり人の出入りを理由なく禁止した訳、はい、日本最大のミステリーに今から挑んでいきたいと思います!! イェ~~~イ!!」

「イェーイ!!」

「ウェ~イ!」

「それでは早速行ってみようとおもいま~す!」

 こうして三人は、薄暗い照明が照らす下、地下道の探検を開始した。

 しかし、探検とは言ってもしばらくはずっと直線が続き、他愛もない話で盛り上がる。

 確かにここは非常に暗く、今にも幽霊が出てきそうな雰囲気もあるだろう。しかし政府が立ち入り禁止をするような重大な何かがあるようにはとても見えない状況だ。強いて言うなら崩落の危険か、しかしそれが事実なら、ここより上も危険であるはずだ。

 進み続ける三人。やがて調子づいて小躍りをしてみたり、モノマネをしてはしゃいだり、一行は視聴者を飽きさせないよう盛り上がりをみせ、ふざけた振る舞いをやってみせた。

 その行動が芸なのか素なのかは不明だが、その三人の若者らしい言動をこの場所において称賛する者もいなければ、叱咤する者も誰もいない。

 ただ、そこに漂う空気のみが黙って彼らを見つめていた。


 歩くこと数分、そうこうしている内に自主アイドルことユウカが不意に足を止めた。

「ねえ、何か聞こえない?」

 ユウカが静かに言った。

「え?」

「え~また心霊!? ちょ~おれマジ怖いからそういうのやめてよユウカちゃ~ん。まじやばいから~」

「いや、何か音しない?」

「……する、かも」

 ユウカに続いて耳を澄ませるチカコもそれに同意した。

「怖い怖い怖い。……、え、何か音する」

 ヒカリンもようやく音に気が付いたようだ。

 地下道全体に轟く連続的な低音だ。音の発生源は徐々にこちらに接近してくるようで、その音は大きさを増した。

「車?」

「車っぽいよね?」

「え、まじ誰かいる系?」

 そうしてその場で固まる事、数十秒。

 数百メートル先のなだらかなカーブの向こう側から、爆音を引き連れ、青白い光源と赤い警光灯が姿を現した。

「やっべ! あれって公安隊じゃね? やばくね!?」

 ヒカリンは赤の光を視認し、それが公安隊の巡視車両であると瞬時に判断した。

 そしてその反対方向へと全力で走り出す三人。

 まさかこんな場所に公安隊がいるとは思いもよらなかったが、捕まったが最後、罰金では済まされない刑罰が待っている。

 息を切らして駆けるヒカリン。しかしそれでも視線はカメラを意識した。やばいの三文字を全力で、命を掛けて連呼する。

 

 そして到着したのは先程のスタート地点、確かここには工場の入り口であろう扉があったと思い返す。公安隊の車も暗い地下ではそんなにスピードを出す事は出来ないのか、何とかここまで逃げ切れた。

 三人は迷わず扉の中に逃げ込んだ。ここまで来れば大丈夫か。顔を見合わせる三人、互いに笑い合った。


 *  *  *


「何だ。人間様じゃないか」

 バイクで駆けるアクションカメラの男は、そう小さく呟くとスロットルを捻る手を緩めた。

 相手が人ならば、そう慌てて追跡する必要もない。

 人を捕まえるのは公安隊の仕事であり、こちらとしてはどうでもいい。むしろ一般人が勝手に侵入しないよう、公安隊にはもっと頑張ってもらわないと困る。

 しかし放置しておくのもこれまた問題。こちらは他に重要な業務があると言うのに全く迷惑な話である。

 

 男は侵入した一般人の追跡途中で一旦バイクを停止した。

 地下道の隅に設定しておいた小型センサーが発光している。その番号は№4。

 骨折り損のくたびれ儲けとはこの事だ。過去のあらゆるデータを参考にしてセンサーの設置場所を工夫しても、一般人の侵入までは計算に入れていないのだから仕方ない。

 また気長に待つかと思いつつ、男は屈んでセンサーをリセットし、そうして再び発進した。

 *  *  *


「やべぇ~、こんなとこも巡回してんだな、公安隊。いやぁ~まじ冒険だわ」

「ね、まじでビビった~。やばいやばい」

「ていうか公安隊に追われるとか、マジでうけるんですけど」

「それな~」

「きゃはははは」


 どんっ、と大きな音がするのは次の瞬間。

 その音が、扉が吹き飛ぶ音であると三人が認識するのは一瞬遅れた。

 まず三人の目に入ったのは赤色灯を放つバイクの姿。まさか車なら追ってこれまいと思ったが、相手はバイクだったとは。しかもカギをかけた筈の扉が開けられた。成程、バイクの突進により前輪でそれを吹き飛ばしたのだ。


「まぁ、公安隊ではないけどね」

 バイクに跨る男は、そう言って三人の方を向く。

 彼の側頭部のアクションカメラが放つフラッシュライトが三人の顔を眩しく照らした。

「えっ? 公安隊じゃないんすかぁ?」

 と、ヒカリン。

「うん、まぁ一応。というか地下衛生管理局ね」

「まじか~~ビビったわ~~。まじ終わりを感じた~~」

「いや終わるよ。通報するし」

「え? まじで? お兄さん?」

「そりゃそうなるでしょーよ、まさか知らず入った訳でもあるまいに。知ってるよね? ここ立ち入り禁止ね。アウトよ? アウト。どこの誰だか知らんけどさ、まあ駄目なもんは駄目ってことで」

 そう言うと男は携帯電話を取り出し、番号を入力し始めた。

 だが、その様子を見たヒカリンは慌ててその手を止めに入る。

「待って待って待って、お兄さん待って。ちょっと待とうよお兄さん」

「三秒くらいなら待つよ、321はいおしまい」

「いやちょっと、そりゃないでしょ。ああ、そうだ、いや~実はいま動画を配信中でしてね。いやあ、お兄さんよく見ればイケメンっすね。ちょっと取材させてくださいよ~。」

「動画を配信? ああチューバーってやつね。そう言えば君、どっかで見たことあるような~、ないような~」

「ヒカリンっすよヒカリン」

「誰?」

「でこっちがアイドルのユウカちゃんとチカコちゃんで」

 ヒカリンは二人を指して紹介する。

「ユウカで~す」

「チカコで~す」

「誰?」

「……」


「それでぇ~、お兄さんはぁ、ここでどんなお仕事をされているんですかぁ~?」

 今度はアイドルとやらが擦り寄ってきて取材を始める。

 彼らからは地上の匂いがする。地下の事を何も知らない、太陽の香り。

 国が隠しているとは言え、ここがどんな場所なのか、やはり本当に知らないようだ。

 どうか何事もなくお帰りになって貰いたいところだが、公安隊が到着するまでは少し時間が掛かるだろう。その間こちらで保護するのも止むを得まい。

 それはそうと、ここ地下五千以下に一般人が紛れ込むとは、公安隊の監視態勢は一体どうなっているのだと言いたい。こんな適当では、本当にいつか大惨事を引き起こすだろう。


「いや、何と言うか掃除とか消毒とか害虫駆除、みたいな?」

「へぇ~すご~い」

「そーなんですか~」

「ま、お仕事というか、汚仕事ですよね、汚いと書いて」

「きゃはは何それおもしろ~い」

「ちょっとお兄さん何言ってんのかよくわかんな~い。うける~。ていうかお兄さん、さっきからずっと気になってたんですけどぉ~、その服ちょっと汚なすぎじゃないですか~?」

「ちょっとチカコーそういうのは言っちゃだめだってぇ~。でもお兄さんマジでちょっと汚くない? なんかやばいんですけど~。きゃははははは」

「……」

 男は自分の身に着ける作業着を見下ろしてみた。 

 成程、確かにかなり汚い。

 流石に一週間も地下に籠るとこうなるか。どうみてもこの汚れ具合、ちょっとどころの騒ぎではないが、その辺は鼻くそ程度の優しさで、ちょっとの汚れとフォローされたのか、いや、そんな事はないだろう。人目を気にしない地下ライフも、やはり一週間程度が限界のようだ。

「いやいやいや、二人ともその言い方は無いっしょ~」

 ヒカリンが笑う二人を制して言った。

「こういう人がいてくれるお陰で、おれらが地上で快適に暮らせるんだし。多分」

「うんうんわかる~」

「まじそれ~」

「どんな仕事だって誰かがやらないといけないんだって。チューバーもアイドルもそうじゃんね」

「そうそう」

「まじそれ~」

「おれらも社会の役に立ってるし」

「うんうん」

「まじまじ」 

 こういう人、ね。

 男は静かに溜息を吐いた。

「っていうかお兄さんまじクセェ~」

「それ~。さっきから思ってた。きゃははは」

「うける~」

 そろそろ通報しようかと、男は無言で携帯電話を取り出した。

「お~っとそれは駄目っすね~」

 次の瞬間ヒカリンは、ひょいと男から電話を取り上げた。

 不意なことで男はそれを取られてしまうが、取り返そうと腕を伸ばすとバランスを横に崩す。男の体は、まだバイクを跨いだままだ。

 スタンドを立てていないバイクが、搭乗者が片側に寄りすぎるとどうなるか、それは説明する必要もないだろう。

 男は奇妙な声で叫ぶと、次の瞬間に大型バイクと共に勢いよく転倒した。

「うわっちゃ~。こけたぁ~」

「なにしてんすか、お兄さん~、ははは」

 こけた無様な男を見て、三人は腹の底から笑ってみせる。

 男は軽く服の汚れを払って立ち上がった。

「もういいでしょう。携帯電話返しなさい」

「それは出来ない相談っすわ。おれらって、民主主義的なアレで、国会に抗議するつもりでマジなんでえ。言っちゃえば、正義? おれら筋通ってんで」

 このヒカリンを見て神妙な表情を作るアイドル二人。うんうんと、もっともらしく頷いた。

「まぁお兄さんが通報しないなら返しますけどぉ。っていうか寧ろいろいろ案内してくださいよ、お兄さん詳しいんでしょ? 地下のこと」

「やらないよ、そんなの。っていうか、はよ電話返して。はよ。はよはよ」

「じゃあちょっと悪いっすけど……」

 と、ヒカリンはそう言うと前触れもなく突然走り出した。

「ほ?」

 工場の内部へと電話を持って走り去るヒカリン。

 アイドル二人も、その行動に一瞬戸惑いを見せたが、とりあえず彼に続いて走っていく。

 暗い工場の奥へ駆け抜けるヒカリンとアイドル二名。所々に照明はあるものの、ほとんど真っ暗闇である工場内部。その足音と。叫ぶような大声だけがこちらに届いてきた。

「今からこの電話隠すんで~、おれ達のこと案内するか見逃してくれたら、隠し場所教えてあげますよ~~。それか頑張って自力で探してくださ~~い」

 

 *  *  *


 やられた。

 と、思う事は大して無いのだが、少々面倒なのは間違いない。

 男は振り返ると、転倒したバイクをゆっくり引き起こした。

「やれやれ、これだから最近の何とやらな若者は。ったく。餓鬼め!」


「ぎゃははははははははははっ。餓鬼って、おい、オレにはジュンシローのがずっと餓鬼に見えるぜぇ。ぎゃははははははっ」

 

 どこからともなく聞こえる奇妙な笑い声。

 その声は肉声というよりは電子音的な感じが強く、人の生の声とは異なった。

「いつから起きてたの? クガマルさんや」

 その声に答える男。

 するとバイクの影から飛び出したのは、ネコくらいの大きさをした巨大な昆虫、クワガタムシであった。否、正確にはクワガタムシでなくクワガタムシ型ロボットであったが、どうやら電子音声の発生源はこのロボであるようだ。

「ちょいと前から起きてたぜ?」

「なら早く連絡頼むよ、公安隊の中部指令センターにさ。場所のデータも添付して、一般人三名侵入って」

「ああ? 面倒くせぇ~な。チッ、しゃーねー」

 クワガタムシ型ロボットは、そう言うと目の部分辺りを赤くチカチカ発光させながら、男の周りをぶんぶんと飛び回った。

「なぁなぁおいおいジュンシロ―よぉ」

「何だよ。早く通信してくれよ」

 男は倒れたバイクの点検をしながら面倒くさそうに言った。

「まあ待てや、急いだって仕方ねーだろ。そう簡単には繋がんねーんだ」

「んで何さ」

「お前に、少し良い報告がある」

 クワガタロボットはそう言ってぶんと飛び、男の目の前で滞空した。

「何? 気になる」

「あのモヤシだがよ」

「モヤシ? は? 何の話?」

「だからモヤシみてえな奴だったろ、さっきの野郎」

「ならそう言ってよ」

「んで、そのひょろひょろだが、なんと動画を配信中だった」

「へぇ~。で、それが何? って言うかそう言ってたじゃん本人」

「いやいや、お前が忘れてそうだったから言ってやってるんだろ? それが何? じゃねえよ」

「で?」

「で? じゃねえって。動画の配信中だぞ? そんな最中にあれに出会ったらどうなんだ?」

「……、ああ成程。あれな、あのデカくてキモいやつ。それはちょっと、うん、やばいな

「だろ? 良い報告だろ?」

「確かに全然良くない報告だね。うん。ってそれ本当に全然良くないだろ。下手したらバレるんじゃないの? あの人らが探してる地下の秘密ってやつが」

「そういう事だ。終わったぜ通信。感謝しな~」

「あいよ。それじゃあ、ちょいと急ぎますかね。メガ級のウルトラ国家機密がネットに配信される前にね」

 男はそう言うと、バイクの後部座席左右に積載された黄色いボンベを取り外し、一旦それを地面に置くと専用のハーネスにボンベを固定した。

 黄色のボンベに太く書かれる黒い文字。

 そこに綴られた文字は“MEGA―KILLER”。

 それがどんな、何の商品名かは不明だが、とにかく黄色のボンベにその文字がやたらと存在感を主張していた。

「どっこいしょ~とさ」

 そうして男はハーネスを両肩に掛け、黄色いボンベを背中に担ぐ。

「準備よぉうし」

「防護マスクは装着しねぇのか? ジュンシロー」

「まだいいでしょ。アレがいると決まった訳じゃぁないし、ね」

「まぁ、オレは知らねーけどな」

 

 すると、ちょうどその時だった。

 その時鳴るのは例の警報音。音の在りかはバッグの中だ。

 渋い表情をしてみせる男。ごそごそバッグを漁ってみると、マッチ箱サイズの装置が赤くぴかぴか光っている。

 №5と油性ペンで書かれた小型警報装置だった。

 しばらく止まり、男はじっとそれを見た。

「あのさ、5番のセンサーってさ、どこに設置したっけかな?」

「多分お前の思ってる通りの場所だぜ」

 クワガタロボットが答える。

「つまり?」

「いや、つまりも何もここだろ。この工場の中。さっきの三人が走ってった奥だ」

「……防護マスク、装着しようか」

 男はそう言いうと、腰にぶら下げたその物を、顔全体が覆われるよう取り付ける。空気の漏れのないように、かっちりバンドを締め付けた。

「ぎゃははははははははっ。やばいよー、こりゃぁやばいねぇ~きっと。まぁ、あいつら自身が掛かっただけかもしれねーが、だが5番センサーは天井なんだなぁ、これが。ぎゃははははは、あいつらアクロバティックすぎんだろ。ぎゃははははは」

 クワガタロボットは、その大あごをガチガチ動かしながら、奇妙な笑い声ではしゃいでいる。

「行こう。二手に分かれて、君は右から、僕は左から。いいね?」

「ああ、いいともさ。ぎゃははははっ」

 かくして、一人と一基はバイクを置いて工場内部の暗闇へと突撃して行った。

 さて、一体この中、この廃工場の闇の中で何が起こっているというのだろうか。その答えはもう間もなく、もうすぐそこに転がっている。



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