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地底の夜空 ーⅠ



「もう無理っす! 限界っすよ、ボス!」


 場所にあっては、白線が中央を走る片側一車線の地下道路だ。

 丁度その真ん中を走り続けた光は遂に体力の限界を迎えた。両手両膝をべったりとアスファルトにつける。

 呼吸は激しく、胸が裂けるのではないかと思う程に体は大きく上下した。

 果てしない地下自動車道路。背中にくっつく凶悪なドローンに走らされ、かれこれ数十分ほどが経過する。

 体力には多少自信があったものの、何せこの重装備だ。特に背中のボンベはやたらと重い。実に人を一人余分に担いでいるのでは無いかと思う程だった。こんな格好では例えジョギング程度の速度でも、ただの呼吸で胸が破裂しそうになる。おそらく今この瞬間に一生分の肺活量を消費しているに違いない。

 そして呼吸は掠れる。まるで死ぬ寸前かと思うほどに喉を潰しても、そのドローン黙ったままぴくりとも動かない。どんなに激しく咽ぶぼうとも一切の反応はなかった。

 しかしその虫は、ほんの一瞬でも前進する足を止めた時、間髪いれずに罵声を浴びせに掛かるのだ。

「おい、何してやがる」

 地面に突っ伏す光にクガマルは冷たく言い放った。

「はぁ、はぁ、もう、はぁ、はぁ、ムリっす、死にますって、ボス。はぁ、はぁ」

 息が上がり、喋る事すらままならない。

「走れ」

「はぁ、はぁ」

「死ぬほどきついか」

 光は声を出さずに頷いた。

 もはや声を出す余裕すらない。

「なら死ね」

 クガマルはそう言うと、光の背中から飛び立った。

「だが、今足を休めれば本当に死ぬ。死にそうな位きついか、死ぬか、どっちかだ。選べ」

 光は黙ったままだ。

 髪を伝った大量の汗は、ひび割れたコンクリートに雨を降らせる。

「無理ならやめとけ。てめえ何ぞ死のうがどうしようが人間社会に損失はねえんだ。いやむしろ死んだ方が世間的には良いかも知れねえな」


「オレからすればな、ゴキゲーターもてめえも同じだ。他所様に迷惑をかけて、みっともなく生きるゴミそのもの。取り立てて秀でるものがある訳でもなく、個性個性も口先だけ。てめえの代わりなんぞ幾らでもいる。そうさ、てめえみたいな人間は一人でも多く社会から消え去るべきだ。まぁここで死んどけ。それがいい」


「だんまりか? おん?」


「こんなのがよくもまあ地衛局に入りたいだの抜かすもんだなぁ」


「地底なめてんじゃねえぞ」


 クガマルは一人続ける。


「さっき言ってたなぁ、おめえ。兄貴がどうとかって」


「兄貴が死んだ真相に迫りたくて? それで地下五千に潜入を企て? そんでその実態をお得意な動画配信で世間に広めたいと」


「口先だけじゃねえか。おめえのやってる事は遊びだ、遊び。そうやってただ格好つけたいだけだ。まさにゴミ」


 ただ俯くだけの光にはクガマルに言い返すだけの体力はなかった。しかしその沈黙の中、彼の両拳は強く強く握り締められ、そこには溢れんばかりの汗が滲んでいた。


「何だ、文句でもあんのか」

「……」

 光は震える膝で立ち上がる。

 そして引きずるような足取りでゆっくりと歩き出した。

「……、俺は。俺はそんなんじゃないっすよ……」

 先ほどよりか多少は呼吸が落ち着いた。

 少しづつだが、彼は再び走り始めた。

「あ?」

「……、俺は……」

「あぁ、もういい。黙れ」

「俺は……」

「黙れ。黙って静かに前に進め」

 クガマルは再びボンベの上に戻った。

「敵が近い」


 今はただ、ひたすら前に進まなければいない。

 後方数百メートル付近、何かが接近しているのをしばらく前から察知していた。

 潤史朗のいない現状にて、クガマルはあえてセンサーの一つを特別に精度を上げて使っていたのだ。それは振動計である。

 今回の地下活動にて、最も警戒しなければいけないのは振動だ。理由はわからない、しかし、地震のような突き上げの後に現れるゴキゲーターの群れに、その二つの関連性を否定できない状況だ。

 メガキラーは残り一本、かつ車両のない今、ゴキゲーターの群れに襲われたら為す術もなく終わる。

 そして、今まさにそれと重なるような微弱な振動を感知しているのだ。

 先程よりずっと、それはこちらの進行方向を辿ってきていた。追ってきている確証はないが、近づいているのは間違いない。人間では感じることのできない僅かな振動だが、クガマルのセンサーではこれを確実に感じ取っていたのだ。

 また、その振動自体がゴキゲーターの足音ではないのは明白だ。もしそうならば、とっくの昔に追い付かれ、攻撃されていることだろう。

 振動の源は依然として確認できず。その物体は地面を細かく鳴らしながら、低速にて移動している。速度から考えるに恐らくゴキゲーターよりも巨大、若しくは別の理由でスピードがでない。そして、ゴキゲーターと関連がありつつも、ゴキゲーターそのものではない何か。

 まさか、新種の害虫とでも言うのか。若しくはもっと危険な存在か。

 すべては推測に過ぎない。たが、あり得る危険性を放置するのは愚かなことだ。

 ゴキゲーターを凌ぐ巨虫がゴキゲーターを追い立てている。きっと怪虫好きな潤史朗ならばそう仮説を唱えるだろうとクガマルは思った。

 そして、もしかしたら例のあの類である可能性も捨てきれないと……。

 そうだとすれば今は逃げるべきで、その判断は正しい。


 そして逃走中だが、生憎行きついた場所は直線が続く自動車用の地下道路だった。

 怪虫に対して、これほど危険な環境は無い。車両があれば済む話だが、これ程見通しがよく、運動性能差が顕著に出る場所など、人にとっては最悪だ。

「おいゴミクソ、走りながらでいい。黙って聞け」

「おす」

「だから黙れってんだ」

「……」

「状況を説明するぞ。今、とんでもねえもんに追われてる」

「!?」

「確証はねえ、もしかしたら追われてる訳じゃねえのかもしれねえ。ただ確実にやべえのが近くにいる。遭遇する可能性もあるだろう。つかまったら最後だ」

「……」

「オメエじゃわからねえだろうが、細かく地面が揺れてんだ、随分と不穏な周波でな。いい加減学習しただろう、でかい振動の後になぜか湧いてくるゴキブリ軍団の現象をな。だがこいつの背景には、えげつないもんが隠れてる。……かもしれねえって事だ」

「……」

「今から言うのは最悪中の最悪の事態になった際の対応だ。別に難しいことじゃねえ。お前一人で五キロ以上に帰還した場合の動きだ。地衛局関係者に一言こう伝言しろ。いいか?」

「……」

 その電子音声に全力の集中を向ける光、ごくりと唾を飲む音がした。

「“『超級』出現の可能性あり”そう伝えろ」

「……」

「おいテメエ聞いてんのか!」

「は、はい!」

「わかったら返事しろ。オレは理不尽なんだ、そこら辺理解しとけ」

「りょ、了解!」

「誰が喋っていいってんだゴミクソ」

「……」

「よし」

 光にとって気になること、クガマルなくして自分単独で帰還する状況が果たしてあり得るのかと。

 しかし現在のクガマルにとって、一つ大きく懸念されることがあったのだ。

 それはバッテリーの消耗率だ。

 甲殻部分の隙間からちらちら発光する点滅ライトは、電力低下を表す警告灯。その消耗スピードは出発当初には余裕とみえたが、ここにきて予想外の事態に見舞われた。

 後方より忍び寄る謎の振動。

 それを感知するために思いの外大きく電力を消費してしまったのだ。

 もしもセンサーを切っていたなら、バッテリーは何とか持っただろう。ただその選択をするリスクは非常に大きい。

 やるべき事はただ一つ。手元にある道具と知識、そして最低限の電力と、それらを駆使した最善を選択する。それだけだ。

 この現状、やはり潤史朗が言っていたように一連の不可解な現象と何か関係があるのだろう。

 搭載している各種センサーを全力全開で使い果たせば、或いはその正体を暴けるのかもしれない。しかしそれを実行するには残された電力では大変厳しい。もし自分が活動を停止し、この怪物の巣窟で光を一人にしてしまっては地上への帰還は絶望的。またそれは同時に潤史朗を殺すことでもあるのだ。


「ボンベの残圧は?」

 不意にクガマルは光に言った

「へ? え、えーと。三分の一っす」

「……、わかった」

 戦うにしても、未知の害虫に薬剤半分では心細い。

 今はただ走る、走らせる。生還の鍵を握るのは誰でも無い。この男、玉野光とその二本足だ。

 そして、ついに彼らは到着した。

「ボス!」

 光は掠れ声で叫ぶように言った。

「看板が」

 見上げると壁体上部から吊り下がる道路標識。

『300メートル先 地下天文科学館』

 運がいいのか悪いのか、とりあえずそこまで走れば一時退避はできるだろう。

「そこまででいい。止まるな」

「了解っす」


 *  *  *


 辿り着いた先はとある天文館、当時のプラネタリウムだ。

 いわゆる地下開発時代の産物。内部は比較的当時の状態を維持しており、地下施設にしては十分に綺麗だと言えた。

 道路の本線から分岐する道より大型駐車場へと入り、そこから続く階段から内部へ進入できた。

 白く塗装された大きな防火戸、メッキ塗装の禿げた取手が冷たく重々しい。

 光は中に入ると、走って来た勢いをそのままに、カーペットが敷かれた床に転げて倒れた。 ここでようやく休憩ができる。

「ご苦労」

 クガマルは一言そう言うと、彼の背中を飛び立った。

 未だ安心はできないが、取り敢えずここまで来れば大丈夫だろうと早速施設の探索を開始する。休憩するにしてもまずは安全の確保が必要だ。


 ライトで照らす廊下には星座を描いた美しい天文図がずらりと並んだ。

 呼吸が落ち着いた後、クガマルに続く。

 廊下を抜けると行き着いた先は広い玄関ホールだった。中央には実際に使用されていた惑星探査機が展示されている。

 ここは、一見は大規模な天文博物館だ。

 地下開発時代、広い容積と安い土地は投資家には大変魅力的に映った。あらゆる人がこぞって地面を掘り進め、そして莫大な資産を投じて作られた娯楽施設が今も沢山眠っている。この建物もその一つだろう。しかし結局のところ、こんな地下に客足は伸びず、閉鎖に追い込まれたものを都市が安く買い上げ、そして公営にでもなったのだろうか。詳細は不明だが大体そんなとこに違いない。

 ここはそういった施設が特に多い階層である。


 さらに内部へと足を進める。

 すると、そこには見上げるほど巨大なプラネタリウムが広がっていた。

 大きさとしては小さな野球場ほどはあるだろうか、プラネタリウムとしては今までに見たこともないほどの圧倒的なスケールだ。

 リクライニング可能なフカフカの座席は中央の投影機を囲んで放射状に広がっている。

「す、すごい……」

 その迫力に思わず息をのむ光。

 彼は入り口付近で立ち止まったまま、まだ何も映っていない白い天井に見入っていた。

「座りな」

「……、え?」

 クガマルはそう言って光を追い越すと、ぶんと中央の方へと飛んで行った。

 その意外な言葉に、光は一瞬頭の理解が追い付いていない様子。

 彼はそのままクガマルに続いて中央付近までステップを下って歩いた。

「ほう、驚いた。こいつまだ非常電源が生きてやがるな」

 投影機に取り付くクワガタ虫が何やらぼやいている。

「あ、あのボス?」

「あ?」

「いったい何を?」

「まぁ座れや」

「お、おっす」

 いわれるがまま、光は椅子に掛けた。

 実際のところ、今までずっと休みなく歩いたり走ったりで、もう足は限界であった。ただクガマルに鞭打たれて無理やりここまで気力で走ってきたのだ。

 椅子に座ると、まるで思い出したかのように下から疲労感が沸き上がってくる。

「オレもお前も休息が必要だ」

「いや、でも、地下にはジュンさんを一人残して……」

「どのみち倒れたら意味がねえだろ。現状じゃ五千メートル地帯に辿りつく前に死ぬ」

「いや、そんな」

「オメエ、足はどうなんだ」

 クガマルに言われて足をさする。

 考えるまでもない。ふくらはぎに太もも、足の裏までも全てがちぎれて取れそうなくらい疲れている。ただ、人の命を預かって歩いていることを思うと止まることができなかっただけだ。

「そう言うこった。休め」

「ボス……、もしかして優しい?」

「ぶち殺されてえか」

「ひっ、すんません! 調子乗りましたぁあ!」

「ま、今のオレにお前をバラバラに解体するだけの電気の余裕はねえがな」

「へ?」

 クガマルは隣の席に降り立つと、羽を甲殻の中に畳んでしまった。

 先ほども言った通り、光もそしてクガマルも休憩が必要だ。

 謎の敵が接近する最中の休息、タイミング的には最悪としか言いようがないが逆に今が休憩をとれるラストチャンスとも言える。

 幸いこの施設は頑丈で、通路は狭く出入り口が多い。警戒しやすく且つ逃げやすい構造だ。もし、迫りくる謎の怪虫と戦闘するような状況を避けられないのならば、やはり休息のタイミングは今である。

 また丁度いい具合に設置されているリクライニングチェア、これなら人の体もしっかり休まるだろう。

 そしてクガマルの方はと言えば、潤史朗から預かった彼の左腕がある。

 そこに仕込まれたバッテリー。ここから電力を補給すれば、ほぼ満充電まで回復が可能である。ただそれにも時間は掛かるが、光の睡眠時間を考えれば丁度いいくらいだろう。

 その機械の左腕は光のカバンの中。クガマルはもそもそとそれを取り出すと、専用のコードを自身の体から引っ張り出した。

「いいんすかね、本当に、その、休んで」

「三時間したらブチ起こす」

 クガマルは光の言葉を無視して言う。

「十秒以内に起きない場合は首が飛ぶからな。覚悟しとけ」

「はっ、はいぃぃ」

「ちなみにオレも寝る」

「ええ? ボスが寝る? え? ドローンっすよね?」

「あえて節電すんだよ、充電中は機能の大半をシャットダウンする。まぁ外の事は安心しろ、電子センサーの機能は生かしとくからな。なんかあったら叩き起こしてやる。むしろオメエが警戒すべきはオレだ。起きれなきゃ殺す」

「お、おす」

 と言いつつも全く不安がないといえば嘘である。

 ただし、それは飽くまで心理的な不安だ。実際、センサー機能を生かしておけば例え意識を飛ばしていても嫌でも敵の接近には気がついてしまう。それはシステム的に確実なものであり、起きれなかった、などということはあり得ない。そもそもクガマルは機械で、人間ではないのだから当然といえば当然だ。

 ただ不安だ、という根拠のないもどかしさが転がっているに過ぎない。

 安心できたところで、だから何かあるということもないのだが……。

「オレは寝る。お前も寝ろ。じゃあな」

 クガマルは、潤史朗の左腕とコードで繋がると、一言そう言い残してシャットダウン。お喋りに合わせて赤いランプを点滅させていた左右の複眼は、そこで完全に停止、暗くなる。充電中のランプのみを体の隙間から発光させて沈黙した。

「ドローンが、睡眠してる……」

 冷静に考えれば単に電源を落としただけであるが、こうしてみると何だか妙な気分だった。「俺も、寝るか」

 とにかく今は、クガマルの言う通りに体を休めようと思う。

 潤史朗を一人残してきたのはずっと心に引っかかていたが、だからといってこのまま休まず進み続けるのはどうなのだろか。

 気持が逸っても、体の方は限界近い。クガマルの判断で間違いない。

 思えば、このドローンにずいぶん無理させられたようにも感じられたが、実際その指示には全く無駄がなく、悪い言い方をすれば上手くコントロールされていた。

 吐き出す言葉はことごとく凶暴であるが、その行動は理性的で合理的。頼れるロボというよりは、兄貴、それに近い存在性を感じた。


 見上げる空。

 いつの間にか、そこには日本の夜空が広がっている。クガマルによる快眠サービス、先ほどいじっていた投影機が、今になって時間差で起動したのだろう。

 こんなにきれいな星空を見るのはいつ振りだろうか、もしかしたら、これほど美しい光景はここにしか存在しないものなのかもしれない。

 ここは地底。空とは限りなく遠い場所に位置するが、しかしこんなにも宇宙を近くに感じれる場所は他にないだろう。

 明かりの死んだ闇の中、ぽっかりと浮かび上がるような宇宙空間に体が吸い込まれる。煌めく星々は遠くも近く、何千何万光年という距離を感じつつも、しかしこの手は届きそうだ。

 そのまま椅子に横になっていると、自然に夜空がぼやけて見えた。

 顔の横を水滴が伝う。

 ただ星空が美しく。ただそれだけだった。


 ふと、兄のことを思い出した。

 兄貴らしいというクガマルのことではなく、実の兄の事だ。

 ずっと昔小さな頃に、こんな感じで川原に寝ころび一緒に空を見上げた記憶がある。

 兄は科学少年だった。天文学にも興味を持っており、年中通して天体観測に行っていたものだ。

 重たい望遠鏡を背中に担いで、凍りつきそうな寒い夜も家を飛び出していったのは懐かしい。

 そんな兄についていかなくなったのはいつ頃だったろうか。

 優秀な兄は県内トップの進学校に進み、そのまま大学も誰もが名前を知っているであろう超有名どころに進学した。きっと疎遠になったのはその辺りからだ。

 勉強も運動も、どんなに努力しても優秀な兄には追い付くことができず、親や親戚からは兄と比較されるばかり。そしていつのまにやら腐っていく自分がいた。

 何とか受かった大学でも結局遊んでばかり。

 ちょうどそんな頃だった、突然兄の死が伝えられたのだ。

 国の研究機関で働いていた兄は、調査で地底に潜ったらしく、どうやら事故に遭ったらしい。今ならば、その真実はメガ級地底害虫なのかもしれないと推測できるが、その時はもう何が何だかわけがわからなかった。

 何がわからないのかと言えば、なぜ死ぬのが自分ではなく、極めて優秀な兄なのかということだ

 どう考えてもおかしかった。

 死ぬべき人が間違っている。

 クガマルの言葉を借りて言うのならば、死ぬべきであるのは自分のようなゴミクソで、その方が人間社会に損失はないし。むしろ死んだ方が世間的には良いだろう。父も母も、大変悲しんでいた。もし自分が死んだとしてもこうはならないだろうというほどに。

 それからだ。

 随分長い時間の間を置いて、自分は一つの答えを出した。馬鹿な自分でも、馬鹿なりに何かを始めようと。優秀な人間が死んで行く中で、愚かな自分はできることすら何もせず、ただ人生を浪費して、社会のおこぼれに預かりながら生きていくのか。

 結果、実行したのは動画配信。これが一番自分らしいとやり方思った。むしろそれしか自分にはない。

 兄のように科学的な知識は微塵もないが、それでも一人の開拓者として何かできるだろうと。

 同時に芽生えた感情は、今こそ兄を超えられるのではないかという熱い思い。自分は自分のやり方でこの地底を解明する。

 動画配信を通じてネット上での名声を掴むのだ。そうすれば必ず、この日本の地下に接近できるだろう。有名チューバーという肩書きの下にスポンサーを募って、この計画を大々的に敢行する。それが目標であり、今の夢だ。ここに至るまでには、あらゆる思いが重なり合って、そうして今の自分が生きている。今更引き下がれるだろうか。そんなことは不可能だ。 兄のためにも、そして自分のためにも今を生き抜いてやろうと、この満天の星空を見て思う。

 

 気づけば天体は幾度か西に流れていた。

 どうやら天球は実際の時間通りに回転し、時計代わりになる設定のようだ。

 そろそろ目蓋が重たくなる。

 この最高の眺めの下、思い切り眠ってやろうと、ひとつ大きなあくびをした。



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