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古代遺跡 ーⅠ


 前方を照らす唯一の光は、側頭部アクションカメラより発するライトだけだった。しかし現在の状況は言ってしまえば遭難だ。少しの電気をも節約するため、最後の光は自分で切った。

 暗いのも狭いのも、いつだってそれは友達で、慣れ親しんだ日常だ。

 しかし今日に限ってはこの慣れた環境にさえも違和感が大きい。

 その理由は何だ? 普段とは違う何か。左腕を失ったこと? いいや、違う。むしろ先ほどまでそんな事は忘れていた。片腕の欠損とはいえど、自分の体質上これは大して気にならない。

 して、そんなことよりも、よっぽど大きな欠落があったのだ。それはいつだって隣にあり、馬鹿みたいな事を笑い合うものだ。

 いつも一緒の相棒、クガマルがいない。

 それは頭で理解はしても、まるで体の一部を無くしているような気持ちの悪い感覚だった。足りない、欠けていると。 

 初めての別行動。思い返せば、クガマルが隣にいなかった事など無かったような気もする。 彼らは無事だろうか。

 もしかしたら死んでしまったのではないか、自分は本当に一人になってしまったのではなかろうか。そんな事はないとわかっていても、妙に気持ちに余裕がない。

 だったら引き返して寝ていろと、きっと相棒がいたらそう言うのだろう。

 だが、今ここにある自身の胸には、それに勝る好奇心が膨らんでいたのだ。

 この魂は未知との遭遇を渇望している。それは胸を発して全身に、そして指の先までどくどくと鼓動を伝える。

 暗黒の空間にたった一人という絶望、そして未知と神秘と幻想との出会いを求める飢えた心。激しい思いは化学反応を爆発し、頭の中を掻き乱した。笑えてくるほどの高揚で満たされる。

 この湧き出してくるような悍ましさが、気持ちよくて仕方ない。

 どんなに先が暗くても、上も下も右も左もわからなくなるような異次元空間だとしても、もう足が進むのは止められない。

 かつて自分が夢見たであろう地底の神秘。

 自分の知らない自分は、きっと壮大なロマンを求め、この地底を冒険したに違いない。きっとそうだ。

 そして、今この場に立つ自分もまた追い続けた。

 これぞ魂の性。もはや自分でも止められない。地底に何があるのか知りたくてたまらない。たとえそれがどんなに危険でも。いや危険であればあるほど、この思いは昂ぶった。

 前へ進む。

 

 もう何分、何時間と進んだのだろうか。

 夢中になっているせいか、それとも闇の中に浸りすぎたせいか、もはや正確な時間など存在しない。もしかしたらもう何日もたっているのかもしれないし、まだ一時間しか経っていないかもしれない。

 本物の闇とは、まさに異次元の空間に等しい。

 それは体の全てを狂わせて、いずれ自分の中と外の区別がつかなくなる。

 自身すら知らぬ何かがある。胸の奥底に沈み死んだような自分がある。今、水圧を同じくして外の世界に浮かび上がることも必然。

 脳は完全に実体を見失った。これは対話だ。

 探し求めた物は、地下に眠る古代文明。

 常に否定されてきた仮説。 

 しかし、その不確実な推論、いや願望こそが、今の自分の根底にあると言っていい。

 あれはいつのことか。自分ではない誰かは、確かにその痕跡をどこかで目にしたはずなのだ。

 その後の事態と記憶が複雑に混乱する。しかしこの胸を叩く衝撃は、心臓そのものに記憶を刻んでる。

 それは何処までも純粋な欲求である。そしてそのことが、どうしても自分を知れるような気がしてならない。

 どんなに地下に危険が潜もうと、自分を裏切らない自分と自分を止めようとしない自分が、いつもこの体を地下最深部へと駆り立てた。

 巨大な虫と戦うのもいいだろう。

 今、命を燃やして未知に触れ、自分に触れ、そしてこの地下にあらゆるものを見出したい。 なんて不確実、抽象的でぼんやりとした目標なのだと思う。

 しかし、知りたいのだ。

 知りたいのは過去。

 その古代文明との再会は、失った自分との再会ともなろう。

 そのためにはどんな暗闇でも胸をときめかせ、思いのままに突き進むことができるのだ。


 何を言っているのだろうと、自分でも思う。

 冷静になってみれば、何でもないかもしれないただの洞穴を、てくてくと無謀に歩いているだけだ。

 きっと隣に喋る相手がいないせいで、思考は脈絡もなく、ただ思ったままに脳みそを掻き回している。

 左腕がないのも忘れていた。

 便利なようで不便な体だ。

 ハイブリッドなんてのはちっともエコなんかじゃない。パンもご飯も食べるのに、バッテリーも充電しないと動かない体だ。遭難したら真っ先に死んでしまう。

 結局のところ、何億年かの長い歴史の中で進化した生命の体に対し、人が数年でデザインしたような無機物など、その万能性に敵うはずがないのだ。命の神秘とは何て身近なのだろう。感慨深い。

 この足二本とそして右腕。どちらも金属。

 失った左腕も含め、この四肢は全て機械で構成されている。

 これが特に優れていると感じたことは少ないが、実際思ってる以上に助けられてきたのも事実だろう。

 例えば、この穴に飛び込んだ時。

 光の跳躍力は平均的な男性のそれとほぼ同じだろう。だが自分はそれ以上の脚力で壁を蹴り、五メートルも離れた反対側壁の穴に難なく飛び込めた。それも全てはこの機械の足のおかげに違いない。

 しかし、ここで無邪気に喜んでもいられない。

 機械の四肢は単能に秀でるが決して万能ではないからだ。

 今から数時間後、きっとこの体に嘆くことになるだろう。体はまだ動くのに、足と腕の電力が切れ、本当に身動きが取れなくなる。なんてひどい体だと、そう思う結末でないことを祈るばかりだ。

 ただ一点、この生身の四肢は記憶と一緒に無くしている。言うなれば生まれた時からこの体と言っても差し支えは無いのが実情だ。時々不満があったとしても、生体の方が良かったと思う事は無いだろう。

 さて、もう何キロこの穴を進んできたのだろうか。一人だと本当に一人で頭の中をぐるぐるしているだけになる。

 なあ、クガマルよ……。


――ダ、レダ、ダレ、ダ……


 誰かって、僕じゃあないか、クガマル。


 いや、待て。

 クガマルは今いない。

 しかし今、誰かの声が脳内で囁かれた。

 だれだか知らない低いの声。

 いやいや、幻聴だろう。

 なんせこの暗闇だ。何が音で、なにが妄想の音なのかはっきりしない。今のは単に独り言に対する脳内妄想会話。誰かが答えたわけじゃない。


――ダレ、ダ……ダ、レダ……


 この暗闇にここまで頭を狂わされるとは意外だが。いつもの相棒がいないとこんなにも自分がわからなくなるのかと、少しばかり情けない。


――ダ、レダ


 誰って。

 自分で一体何を言っているんだろう。我ながら自分の頭のおかしさに戸惑う。


――ダ、レ


 僕は……、僕は誰?

 

――ダ、レダ、ダレ、ダ……、ダ、レダ、ダレ、ダ、ダレ、ダ……、ダレ、ダダ、レダ、レダ、ダレ、ダ、……ダ、レダ、ダレ、ダ……、ダレ、ダ……、ダレレダ、レ……


 駄目だ、幻聴が止まらない。いや、やはり頭の中だけで響いているのか。


――ダレ、ダ

 

 とても人間の口から出たとは思えない低い声。きっと闇に声があるのだとしたら、こんな音になるのだろう。


――ダレダ……


 すこし落ち着こうと思う。

 ここまではっきりと無意識の声が頭に響くものなのだろうか。確かにここは正気を失うほどの極限近い環境だが……。


――ダレ

 

 頭の中が煩い。思考が阻まれる。

 これは幻聴か。いや、違う。

 誰かが頭の中に直接話しかけている。感覚的にはそんな風。そしてこれをどう捉えるべきか、それが問題だ。


――ダレ、ダ、レダ


 進めば進むほど、それはより鮮明に、かつ音を増して聞こえた。

 最初は囁くほどの微小な音だったが、今では少し近くで話しかけられているような程の距離感があった。

 この先に何かあるのだ。

 そう思うと、前に進む足は自然と速まった。

 すると、やはり頭に響く奇妙な音声も予想通りにその存在感を増した。

 あえて声には答えずに、ただただ進む足を速めた。

 妙に頭はクリアに冴えていたが、酔っているような不思議な幻想感も隣合って、今までにない新たな感覚に包まれる。


 ひたすら前進した。


 するとどうだ。

 何かが視界の先に現れたのだ。


 それは、光。

 ぼうっと赤く蠢いた。

 違う、動いてはいない。ただはっきりとせず、なんとなく視界に映っているような気がした。

 最初はそれは目の錯覚だと思った。なんせこの暗闇、目が光を捉える感覚は忘れてしまっている。

 ではあの赤い光は何だろうか。

 これも頭の中の幻想なのか、それとも本当に光があるのか。

 更に前進。

 確かに明かりであった。決して勘違いではない。

 より一層の光が照らす。

 そしてそれはいつしか目の前に。手の届きそうなそこに存在した。

 何だろう、夢なのか、死んだのか。

 いや、夢ならばきっとアクションカメラは使えない。

 どういう理屈だと言われるかもしれないが、とりあえずポンと側頭部のそれに触れ、スポットライトで正面を照らした。

 すると。

 ふと我にかえる。

 目の前の足元は、僅か数十センチ先で途切れ、その先の足元の空間は、がくりと下に落ち込んだ。

 一寸先は崖のよう。

 慎重に前進。

 否、崖ではない。

 行きつく先にあったのは、見事に広い空間だ。

 所々地面に埋まった赤い結晶がぼんやりと光を放ち、その部屋とも言える空間を淡く演出していていたのだった。

 

 穴を抜ける。ひょいと地面に着地した。

 空間、と言うより部屋なのだろうか。だが、上下左右はコンクリートのそれではない。

 屈んで観察。これは、岩だ。

 まるで古墳時代の石室を思わせる。巨大な岩をパズルのように重ねて敷き詰めてあった。言うなれば、やはり古墳。

 さて、ここは何処だ。

 到達した地点は妙な空気とその乾いた匂いで溢れていた。

 まるで知らない時代の人間が作り上げたかのような遺跡、いったい自分はいつから古墳探検をしていたのだろうと。

 いや、まて古墳とは。

 古墳だと?

 この壁の周りに描かれる奇妙な文字と、落書きのような壁画。

 いや、本当なのか。現実なのか。

 にわかに信じられないが、どう考えても見たことのない空間、場所、そして壁画に文字、全て知らない。

 勿論実感は湧いてない。

 だが、これが古墳で無ければ何だ。

 

 考えろ。

 これは古墳だ。

 凄まじい発見をしたのだ。


――ダレダァ

 

 そして頭の中から声が聞こえた。

 やはり耳で捉えてはいない。奇妙な脳内再生音と断定できる。

 原因は恐らくここにあるのだろう。


「やあ」

 その声に応答した。


――ダレダ


「僕だ。志賀潤史朗」

 この音声の主は一体何処にあるのか。

 果たしてこれは、呪いか、悪魔か、亡霊か。そんな非科学的なこと普段は考えもしないが今日と言う今日はそれを信じざるを得ないようだ。

 とりあえず探索。それに尽きる。


 思わぬところでの古代遺跡発見。

 まるで声に導かれるように辿りついたが、意外なほど落ち着いているのも、やはりこの声のせいなのか。いまいち夢の中という感覚から抜け出せていない。

――ダレダ、ダレダ


 見渡す周囲は、ずらりと壁画に囲われていた。地球上のどこの遺跡とも似ない壁画。人と虫を抽象的に表現する。

 芸術的とでも言うべきか。実際のものに似せて描くというより、まるで特徴を誇張したような描かれ方。

 人は小さく、虫は巨大に。

 見た限りゴキブリにハエや蚊、そしてムカデにクモに蛾やサソリ、など。

 どれもこれも地底に由縁のありそうな虫ばかりだ。

――ダレダ、ダレダ


 さらに奥へと進む。するとそこには横に倒れて眠る人間達。

 肉体が朽ちた白骨。それらは頭蓋骨から足先の足趾骨まで綺麗に揃っており、平らな石机に横になった。

 その人骨群は十体ほど。

 まさか、とは思うが、声の主は彼らからだろうか。そう思い頭蓋骨の一つに顔を近づけるが、反応はない。

――ダレダ


 石室には更に奥があるようだ。

 綺麗に並ぶ人骨をゆっくりと通り過ぎる。

 地面はところどころ不自然に抉れて乱れが確認できる。壁体は所々崩壊が見られ、完璧な保存がなされた様子ではない。

 自分がこの遺跡に進入した穴、まさにその延長線を崩壊跡が通り過ぎていた。

 壁画は部分的に擦れて消えかけ、岩壁は不自然に退けられている。そんな様子を観察しつつ、奥へと足を進めるた。

――……。


 そこに発見したのは、一つの石棺。

 黒い表面に掘られた文字は解読不能。世界のどこにも無いものだ。これは重い。測らなくともわかる。周囲の空気をずんと深く沈めているのだ。まるで、ずっと前からここにいて、この場所で誰かを待っていた、そして誰も来なかった。この石棺は泣いている。存在し、吸い込み、暗く、ただここに永遠を刻んだ。


 ゆっくりと歩み寄る。

 迷うことなくその重厚な岩の蓋を横にずらしした。震える右手、しかし止まらない。

 岩と岩が擦れて鳴く。

 石棺は開かれる。


「ダレダ」

 その瞬間。

 後方よりヒトの声。

 振り返った。


 沢山の人がいた。それは人の影。黒い人影である。黒い人間に赤い瞳。彼らは何者か。ただ黙ってそこに佇んだ。立ち止まり、ゆらゆらと動く。囲む。赤い両目が近づいた。右を見ても左をみても黒い人影と赤い瞳。赤い瞳はじっと見続けた。闇に揺らめき、ただぼうっと。

「ダレダ」

「ダレダ」

「ダレダ」

 彼らは近づいた。

 何だ。これは何だ。思考すらも奪われる。震える心臓、胸を叩き、体が冷たい。水が伝う。背中が震う。視界が揺れた。

 伸ばされる腕。沢山の黒い手だ。

 正面から首を掴み、掴んだ。

 目の前には赤い目が。

 黒い影が霞む。

 こいつは。

 何だ。


「亡霊め」

――ッ

「はははっ、実に哀れだ」


 僕は、その首を掴み返した。

 この目に宿る光は無い。見つめる瞳は赤い光、その目に返す光があったなら、それは内なる光撃だ。

 そして意識が遠のいた。


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