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名阪地下高速道路


 同時刻。

 名阪地下高速道路を凄まじいスピードで移動する大型トラックがあった。

 そのとんでもない運転は緊急走行と言うより、もはやただの暴走だ。

 全周を赤色警光灯で輝かせ、前後数キロにわたり地下高速道を反響するサイレンは、つんざく様な音で鳴り響く。

 消防車かパトカー、若しくは公安の巡視車が来たかと身構える一般ドライバー。しかしバックミラーに映るその姿は、そのどれにも当てはまらない奇抜なトラックだ。

 近いと言えばシルエットだけは消防車両に近い。ボディはオレンジとブラックの配色からなり、車体フロント下部は黄色と黒の虎バンパー。そしてヘッドライトと、それに重なるように厳ついグリルガードが装着され、更にその部位には強烈なフォグライトが横にずらりと並んでいた。

 ふと何が来たのかとバックミラーに目をやる瞬間、その無骨なトラックはまさに一瞬で抜き去って消えた。

 そのボディ側面には一瞬ちらりと見えたローマ字が四文字。

 書かれていたのは『SPET』という単語だった。恐らく何かの頭文字をとったのであろうが、その詳細は全く不明。そもそもあのトラックが何の機関に所属のものなのか、目に入ったのが一瞬すぎてよくわからない。


――邪魔だ邪魔だぁあ! そこどきな!


 トラックの拡声器から発される女の大声は、ゆっくりと走る一般車両を威嚇して退ける。

 それでも反応の鈍い車があれば、荒いハンドル操作で荷台を大きく揺すりながら、大ぶりな動きでそれをかわして抜いた。

 時にハンドルを切った内側のタイヤが、地面から浮くほどに急激な動作もあったが、ぎりぎりのところで転倒を回避して暴走を続ける。

 そしてまたしても、左右の車線を千鳥に塞ぐ速度の遅い車両が前方に。

 まるで船の操舵かと言うほどにハンドルを左右に連続して流す。

 遠心力で傾く車両。

 傾斜した車体は、その荷台の角がトンネル内壁と擦れ、激しい火花をまき散らした。


「ちょ、ちょっと姉御! 危ないですって! ほんっと転ぶからぁあああ!」

 トラック助手席の大柄な男は、顔を蒼くしながら必死で体を支えていた。

「んだよお前、マッチョのくせして情けねえな。こんくらいでびびってってどーすんだっての。言っとくけど、俺の本気はこんなもんじゃないかんな」

 運転席に座る茶髪の女は、ハンドルを回しながら横目で助手席をみた。

「ちょっとちょっと! 前! ぶつかるって!」

「いちいちうっさいなぁ」

 そしてまたしても激しいハンドル操作で、車体を傾げながら一般車両を回避する。

「って言うか、何で今日に限って姉御が運転なんすか?」

「なに、文句あんのかよ」

「いや、ありますけど。安全運転で頼んますよぉマジで」

「はぁ? めっちゃ安全だろ。どっかぶつけたっけ?」

「いや結構擦った気もしますけど、安全って何すかね。つーか異常に運転気合入ってますよね? ほんと勘弁してください。何かキレてるんすか?」

「あーもう、べらべらやかましいなぁ。舌噛んでも知らねえぞ。それっ」

 女は怪訝な顔をすると、その途端なにもない場所で急にハンドルを左右に振り回しはじめた。

 同時に車体は大きく振られ、男は窓で頭をぶつける。

「ぬわあああっ。わかったわかった、ほんとサーセンって。そこあんまり聞いちゃダメなとこなんですね」

「別にそんなことねえけど」

「じゃあ、なんすか」

「……」

「尾張中京なんすよね。しかも任務外の業務でって。よっぽど何かあるとしか思えませんけど」

 女は少し黙ったままトラックを走らせ続けるが、暫くするとまた口を開いた。

「……お前、志賀潤史朗って知ってる?」

「え? いいや」

「そう。ならいい」

「はぁ」

「……。悪かったな、手当もつかないのに付き合わせて。言ったらこれ、若干個人的な理由がなんだ」

「ああ、まぁ。何か奢って下さい」

 こうして地下高速を飛ばすトラックは間もなく尾張中京。


 地下衛生管理局特別殺虫係、その実動部隊たる戦術チーム、通称SPET。

 一言で言えば、メガ級地底害虫の駆除に特化した化学兵装部隊である。

 その拠点は関西基地と九州基地、そして首都本部にそれぞれ配置されており、地底にてメガ級地底害虫の脅威レベルに上昇が認められた場合に出撃。これの駆除にあたる。具体的には、新種の害虫出現時や、またテロや災害などにより地下五千メートルの境界層が破られた時などだ。

 現在の日本で、公安隊などが通常兵器しか運用していない現状では、実質的に怪虫との地下戦闘は全面的に彼らSPETが担う形となっている。

 つまり、地下民の安全と安心、いや敢えて衛生と言うべきか、それを守っているの特別殺虫係、即ちSPETこそが唯一であり且つ最終的な組織であるのだ。

 公安隊にその機能は無いのかと言えば、それはまたややこしい話になってくるが、これは飽くまで実際的な話。

 基本的には臭い物には蓋を、地下五千には防壁を、その臭い中身を掻き回すのは人員的にも予算的にも難しい問題が山積みであるのだ。

 今はただそれだけ。

 一般国民はSPETの仕事については何も知らない。すれ違っても、よくわからないどこかの機関の車程度の認識だ。まさかこれが地底で化け物のような虫と戦闘しているなど想像もしていないだろう。

 その車、まさに今通過していた戦車のようなトラックも、実は化学兵装を施された殺虫専用大型車、その名も駆逐トラックだ。

 色さえ迷彩にでも変えてしまえば、どこの軍隊かといったほど無骨さ溢れる大型車だが、その敵は戦車でも倒せない怪物だ。

 そしてそれが本日向かう先。

 それは中日本支部管轄の尾張中京下、その地底数キロだ。

 ここは怪虫の脅威が相対的に低いと考えられてきた場所であったが、今日に限っては不穏な空気が漂った。

 何もなければそれでいい。

 災害は弱いところを突いて来るとは良く言われたものだが、中日本にあってはまさしくそれなのかもしれない。

 地底開発史以来、中部圏の地下では未だかつて度を超えた虫は発見されていない。いてもせいぜい蚊かゴキブリ程度。ここにまともな部隊が配備されないのもそう言う訳だ。

 ただ情報では、例の人物が消息不明ときた。

 だから何という訳ではないが、何かと事件や災害に縁が多い男だ。正直嫌な予感しか湧いてこない。

 その者とはもう四年ぶりときた。

 あの忌まわしい事件以来、活動の話を聞いていなかったこともあり、てっきり死んだとばかり思っていた。

 それもそうだ。あの大惨事で誰も生きているとは思うまい。

 それで、今更こんなところで何をしているのだろうか。

 確かな能力がある人間なのだ。こそこそせずに、また表で活躍すればいいものを。何か理由があるとも考えられるが、会ってみなければわからないだろう。少なくとも、彼に隠居など似合うはずがない。


 地下高速道を猛牛の如く暴れ狂う大型車は、駆逐トラック関西一号車。

 ダブルキャビンの6人乗りに、2人しか乗車していない理由は、単にお忍びでやってきたからだ。

 こんなに喧しくして、どこを忍んでいるのかという問題はさておき、本日における隊の編成は隊長、そして副隊長のみ。

 仕事は何事もさっさと済ましてさっさと帰宅するのが優秀な者のすることだ。時間外業務などもっての他。

 アクセルを踏める仕事なら、踏めるだけ踏んでさっさと終わらす。そして疲れを残さず退社するべき。

 またそれは、今地下に潜っている奴も同じだ。

 一人で残って仕事などはさせない。そんなポリシーが、きっとあってもいいのだろう。


「よっしゃぁあああ、尾張到着!」

「味噌カツ! きしめん! エビフライ!」

 車内で雄叫びを上げる二人。

 駆逐トラック関西一号車、尾張中京都到着。


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