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 闇。

 ただその一言に尽きる。

 前も後ろも全く見えないその道は、人に捨てられ、光の死んだ地下世界。

 目を閉じているのか、いないのか、それすらわからぬ常闇だ。右も左も、上も下も。両目は闇に盗まれた。

 そして、ここは静かだ。

 耳を澄ませば水の音。壁を染み出た水滴は波紋を生んでは消えていく。

 音、またそれとは別に、不意に吹き抜く風の声。それは低く、まるで死者が呻いているが如く木霊した。

 しかし肌では空気がわかる。湿っぽく、不気味に留まる不快な気だ。

 ここは人が生きてはいけない世界だとはっきりわかった。

 命の鼓動を感じない。

 光は風に吸い込まれ、風は暗闇に立ち去った。孤独の連鎖に流されて、命は地下を漂流する。果て無き旅路。命はいつしか無くなった。

 死後の世界があるのなら、きっとそこはこんな場所なのだ。

 

 数年前、この地下道は人に捨てられた。

 電気はもちろん通ってないし、水と言っても滴り落ちる地下水があるだけだ。

 足元のコンクリートは所々に亀裂が入り、場所によっては苔で表面が覆われている。

 今や人が立ち入る事は滅多にない場所であったが、それでも時間は静かに流れ、ゆっくりと崩壊へと歩みを進めていた。

 

 ところが、今日と言うこの日は、珍しく地下道に誰かがやってきているようだった。

 前方にぼんやり灯るライトの明かり。

 暗闇にぼうっと浮かぶその光は、唯一の道しるべとして周囲の情景を露わにし、そこに人の気配を教えてくれる。

 地下道の隅に置かれてあるのは、不整地用の大型バイクが一台と、非常に小さな一人用テントが一つだった。

 ライトの明かりは決して強い光ではなかった。

 単に発光物がそれしかないため、妙に明るく感じたに過ぎず、実際のものは百円ショップのお手軽ランタンがバイクのガードパイプに吊り下げられているだけだった。

 さて、テントの中にいるのはと言うと、睡眠のため横になる一人の若い男であった。

 当然テントの中も真っ暗ではあるが、外のランタンに照らされることで多少は内部の様子が伺えた。サイズはまさに成人男性がギリギリ横になれる程度の大きさで、実にテント状棺桶と言っても納得できる。

 そして、そこでぐっすりと眠りにつく男、シュラフの先からひょこりと頭だけを外にのぞかせ、その頭の周囲はスマートフォンや無線機に、スマートホンとは別の携帯電話、その他よくわからない装置を含め、あらゆる機材に囲まれている。中には銃器のように見えるものも確認できるが詳細は不明だ。

 また、眠る男の横付近には、食べ終わったカップラーメンの容器や、それに突っ込まれる割り箸、ビニール袋や空のペットボトルなどなど、生活により発生したゴミが散乱している。よく見ると、その下の方にパンツや靴下も発見できるが、畳んでないあたり、すでに使用された後と思われる。

 男は、ホームレスか何かと思われかねない有様だが、ゴミの量もその臭いもまだまだ探検家で済まされる程度だと言っておきたい。そもそもここは、ホームレスが定住できるような環境ではないし、そのバイクも無職不定住者では維持管理は不可能だろう。

 では彼は何者かと言われれば、決して怪しい者ではない。こう見えても歴とした公機関の職員であるのだ。


 すやすやと、浅い寝息をたてて眠る男。その周囲の電子機器も至って静かだ。

 枕元に置かれたスマートフォンも、無駄に通知を知らせることなくスリープモードを厳に守った。

 ただ一つ、定期的に赤いランプをチカッと灯すのは、男の右側頭部に取り付けられたアクションカメラだ。

 アクションカメラは手のひらに収まるくらいのサイズであり、縦長でスリムなタイプのものだった。どんな動画を撮影していたのかはわからないが、こんな物を付けたまま眠るとは、余程疲れていたのだと伺える。

 だが、そんなカメラが発する光りとて、特段煩わしさは感じなかった。

 静かな地下道に静かなテント。それはいつまでも続くように思われた。だがしかし、そんな静寂も数分にして数秒後、突如として破られることとなる。

 

 男の枕の横に置かれた小型の装置が前触れもなく唐突に警報音を響かせた。同時に放たれる警告灯、テントの中は激しい光で真っ赤に染まる。

 小型警報装置は大変けたたましく鳴り響き、更に赤色の発光を加えて、とある緊急事態に警鐘を鳴らした。

 強烈な音と激しい光にその男は飛び起きる。

 男はシュラフを跳ね上げて、マッチ箱程度の大きさである警報装置を取り上げた。裏側のスイッチを触って警報を解除。そして次に、頭の横に付いているアクションカメラの電源をオン。

 男が自分の右側頭部にくっついたそれに素早く触ると、青白いフラッシュライトが周囲に激光を照射した。狭いテントが焼けるかという程に凄まじいに光だ。

 男は停止させた小型警報装置の裏側に光を当てる。そこに油性ペンで大きく書かれた文字は№4。幾つか用意した警報装置の中で反応を示したのはこの一基だけだ。

 男はそれだけ確認すると、枕周囲の荷物だけを素早くバックに詰め込んで、飛び出すようにテントを這い出る。

 挿しっ放しのバイクのキー。捻って握ってイグニッション。内燃機関に火が入る

 並列2気筒大排気量エンジン。低い唸りが鼓動を刻む。そして勢いよく振り上げる右足、男はバイクに跨がった。

 ぶら下がっていた百円ランタンをテントの中に投げ入れる。スロットル開放、クラッチ接続。

 吹き上がる爆音とともに、放たれるヘッドライトは地下道の闇を鋭く抉った。


 続いて、男は左手のライト類スイッチを更に操作。今までは暗さで気が付かなかったが、バイクの各部に付いていた赤色の警光灯が眩しく点灯を始めた。

 その様はまるで白バイを彷彿とさせるライトの配置だったが、残念ながらバイクの種類もその色も白バイとは程遠い。

 

 テントを置いて急発進するオートバイ。

 それは闇の中で光の塊と化し、彗星の如く地下道を駆け抜けた。

 去り際に、赤色警光灯が一瞬照らした車体の文字。そこに示されるのは、連なる漢字が計七文字。

『地下衛生管理局』

 段を変え、文字は下へと更に続く。

『特別殺虫係 SPET』

 とのことであった。


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