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7.舞姫との約束

 王宮では珍しい興行一座が来た場合、余程いかがわしい物でなければ呼び入れて催しをさせる。そうして主だった貴族を招待し慰安する。開かれた王宮を目指す現国王の方針だ。

 今日の催しにミリエラの父は欠席している。副宰相として多忙なファウルダース公爵は、問題になりそうもない顔出しの仕事はこれまでも避けてきた。が、近頃は引きこもりが終了したレオンを名代として使うようになってきた。

 これは跡取りでないレオンをどこぞの家に婿入りさせるために公爵が企てた顔見せの意味もあるのだが、レオンもミリエラもそこには気づいていない。

 ミリエラとしては、大っぴらにレオンと外出できる機会が増えて父親に感謝していた。


 用意された席につき、二人は他の貴族と同じように舞台を見つめる。

 座長の高らかな挨拶から公演はスタートした。

 踊る道化師、舞う花吹雪。テントではたくさんいた大型の犬は、今日は一匹だけだった。

 そしてミリエラが待っていたノエル達のダンスがはじまる。

 周りでは「可愛らしい」と微笑ましく見る貴族の囁きが聞こえたが、ミリエラの瞳は真剣そのものだった。同じ格好に見えて踊り子一人一人の装飾は微妙に違う。それもあってミリエラははじめにノエルに出会った時にも区別がついたのだが。他の見物客に見分けがついているかは怪しい。

 ミリエラの中では、今日もやっぱりノエルが一番の舞姫だった。


 今日はテントの中と違うため、ブランコの出し物がなくなり代わりに綱渡りの曲芸が増えていた。ギリギリのバランスでロープを渡りその上で身軽な動きをする曲芸師には、少女たちのダンス以上の歓声が沸いた。

 こうして王宮での公演も無事に終え、一座はいつものように総出で最後の挨拶をする。見物していた人々はそれに惜しみない拍手を送った。


「叔父さま、私ノエルに会いに行ってきます」


 会場はサーカス一座が盛り上げた空気のまま浮き立っていた。中にはテント外でやっていた占い師もおり、貴族たちも行列を作っている。

 立食形式で出された料理をぱくつきながら、レオンは了承した。


 会場となるホールをうろつき、テラスの方にも出てみる。一階のテラスからは王宮内に広がる庭園が続いており、その奥の方で上演を終えた出演者達が着替えたり寛いでいるのが見えた。

 ミリエラが嬉しそうにそちらに行こうとすると「こっちだよ」と声が聞こえ、見ると皆から少し離れたベンチにノエルが座っている。

 どうやら彼女もミリエラを待ってくれていたらしい。いつもの艶やかな笑顔でミリエラを迎えた。


「ありがとう、来てくれて」

「今日も本当に素敵でしたわ。私感動で泣きそうになりましたもの」


 二人揃って照れたように笑い、顔を見合わせた。

 庭園の一角で着替え終わった団員たちは、王宮の使用人達が運んできた料理を手にしたり、酒を飲んだりしている。それをぼんやり眺めながら、ノエルは横に座るミリエラの手を握った。

 細いノエルの指は軽くて弱い。たおやかなそれを、ミリエラもそっと握り返した。


「ミリエラが初めて会ったときに言ってくれたでしょう。“あなたの踊りが一番素敵”だって」


 ミリエラはこくりと頷いた。今でもそう思っている。


「サーカスの踊り子はね、脇役なんだ。小さな子が纏まって踊ると可愛くて評判がいいんだ。だから大きな踊り子はうちの一座にはいないでしょ」


 そうだったんだ。言われてみたら、確かに。道化師や軽業師に曲芸師、動物使いはいても大人の踊り子はいない。


「うちはあくまでもサーカスだからね。どれだけ踊りを頑張っても、子ども時代のお仕事で終わってしまう」

「あんなに上手なのに」

「どれだけ真面目に努力して踊っても。先がない。だから座長も大人たちも、まとめて叱ったり誉めることはあっても一人一人を見てくれることはない」


 少しだけ哀しい顔をしたノエルだが、すぐに笑顔に戻る。ミリエラはこんなときに何を言えばいいのか分からず、言葉がでなかった。


「だから初めてだったんだ!あなたが一番なんて言われたの。嬉しかった。ちゃんと見てくれる人がいたんだって思った。……親がいなくてこの一座に拾われてさ。名前なんて一座から逃げた子の名前を譲られただけで、適当だった。だからノエルって名前も別に好きじゃなかった」


 握ったミリエラの手を自分のズボンの上にのせて、ノエルが歌うように話す。


「ミリエラがかわいい名前って言ってくれて、たくさんノエルって呼んでくれたから、今はこの名前が大好きだよ。踊りだって、頑張ってきて良かったって思った」


 ミリエラの瞳にうっすら浮かんだ涙が、テラスから漏れる光を反射して光っている。ノエルは空いたほうの指でそれをそっと拭った。


「これから大人になって、曲芸をするか表の大道芸人をするか、ここを逃げ出しちゃうか分かんないけど、ミリエラが誉めてくれた踊りはやめないよ」


 そう言って、ノエルは自分の手首に着けていた銀色の輪を外す。キラキラ光る緋色のガラス玉を幾つも嵌め込んだ、華奢なブレスレットだった。それをミリエラの膝の上に乗せてから顔を見直す。


「これ。安物だけど貰ってくれる?」

「ノエル……」

「また会えるように、持っててほしいんだ」


 また会えるように。

 ノエルの気持ちが嬉しくて、ミリエラにも笑顔が戻った。


「絶対にまた会いましょう。約束ですわよ」


 ミリエラは、ドレススカートの布に手を触れる。そこにはドレスと同色の薄いポーチが掛かっており、ポーチを開けたミリエラはそこから一枚のハンカチを取り出した。


「私もノエルに贈り物を用意しましたの。私の一番お気に入りのとお揃いのハンカチですのよ。舞姫のブレスレットには負けてしまうけど」

「ミリエラ、いいの?」

「もちろんよ。……あ、でも、その代わり一つだけお願いが」

「なに?」

「私とお友達になっていただけないかしら?」


 真剣な表情のミリエラに、拍子抜けしたノエルが吹き出す。繋いだままの手を引き上げながら、ノエルは立ち上がった。


「なんだ。もうとっくに友達だと思ってた!」

「ほんと?」

「うん。ねえミリエラ、最後だし一緒に踊ろう」


 二人は片手を繋いだまま向かい合い、テラスから漏れ聞こえる小さな音楽に耳をすませる。ノエルが持ち上げた手を合図に小さな二人はくるくると回り始めた。

 社交ダンスもまだ知らないミリエラは、ステップも踏めずにオロオロと動く。しかしノエルの軽やかでゆっくりした足取りを真似て弾んでいると、どんどん楽しくなってきた。


「楽しい!」

「でしょ?上手だよ、ミリエラ」


 その時。テラスの方からこちらを覗き見る気配を感じ、踊りながらノエルがそちらを窺う。観られることに慣れているノエルは、その視線が自分よりもミリエラに向けられているのに気づいていた。

 だがそれを彼女に伝えてこの最後のひとときが終わりを迎えてしまうのが嫌で、ノエルはミリエラが止まってしまうまで踊り続けた。











「お友達ができちゃった。うふふ」


 帰りの馬車の中、ミリエラは握った腕輪を見つめながらずっと笑っていた。別れは哀しいが、また会おうと約束したのだ。きっといつか会える。

 レオンは「じゃあこれはいらないかなぁ」と言いながら、思わせ振りに懐から一枚の紙を取り出した。


「何ですの?それ」

「今日はミリエラが泣くかなぁと思って、用意してたんだけどね」


 そう言ってレオンが広げた紙には、ドレスを着たミリエラと、舞姫のように美しいノエルの絵が描いてあった。


「叔父さま、これ、私とノエル?」

「マンガイラストだし、あんまり似てないかもしれないけど」

「ううん!ノエルそっくりだわ!ありがとう叔父さま」


 ノエルは行ってしまったけれど、初めての大事な友達になった。それにこうやって心配してくれたレオンもいる。自分はとても幸せな女の子なのだとミリエラは腕輪を両手に包み込んだ。




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