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47.お兄様の結婚

 ミリエラが王立学院の二年生になった春、レオンは学院を退職した。王立学院の教職に就く人間は大抵定年まで勤めるのが常である。その為彼はほうぼうから退職の理由を尋ねられて辟易していた。また、生徒達は若くて親しみやすい教師が辞めるのをひどく残念がった。


 その翌年、兄のエドモントと友人のアレクシス王子が卒業した。彼等と共に過ごす事が多かったミリエラは、笑顔で卒業を祝ったものの寂しさもひとしおだ。更に同じ春、エドモントと結婚をするアネッサも三年生に進級することなく学院を去ることになった。婚約者のいる令嬢には珍しくないことだが、やはりこちらも寂しさは拭えない。

 こうしたいくつかの別れを経て、ミリエラとアンは最終学年の三年生になった。




「私、お兄様のこと少し腹立たしく思っているのよ」

「アネッサを取られたからでしょ?」


 アンと二人で昼食を囲みながら、ミリエラは眉根を寄せた。


「あと一年待ってくれたら一緒に卒業出来たのに」


 かく言うミリエラも分かっているのだ。「早々に結婚して身を固め、跡取りを作る!」という兄の宣言が、父への説得に一役買っていたことを。

 しかも当のアネッサもそれを望んでいたのだから、ミリエラがあれこれ口を挟む道理はない。道理はないのだが。今年からアネッサは公爵家の一員となり屋敷に住まう。一方来年にはミリエラが公爵家から出ていくことになる。このすれ違いが彼女には寂しいのだった。


「でも楽しみね。来週の結婚式」


 アンが頬を緩めながらパンを口に放り込んだ。

 来週にはとうとうエドモントとアネッサが式を挙げて夫婦になる。二人は物心ついた頃から婚約していて、学院でもその関係は皆に知られていた。だから今更といった感もあるが、やはり二人を長く見てきたミリエラは感慨深い。

 アネッサの幸せそうな顔を思い出してミリエラも渋々頷く。そんな彼女のストロベリーブロンドの髪を、アンが愉快そうに撫でるのだった。











 教会での式は、ファウルダース公爵家とウォード侯爵家の血縁者のみが参列して厳かに行われた。

 純白のドレスを纏うアネッサは見たことのないほど艶やかに微笑んでいた。きっと今日世界で一番幸せなのは自分だ。そう自覚しているようなくもりのない美しい笑顔。それを見てミリエラは涙ぐみながら祝福の拍手を送った。

 兄の方も、今日は初めて見る顔をしている。いつも単純な割に何を考えているのか分からない表情のエドモント。そんな彼が嬉しさを抑えきれないように口の端を緩めている。きっと兄は彼女と幸せになるに違いないと確信めいたものを感じて微笑ましくなった。




 本来なら披露する場は後日設ける事も多いのだが、両家ともに王宮で仕事を持つ人間が多いことから披露宴は式と同日に開かれることになった。

 ファウルダース公爵家はこの王都の中でも一二を争う豪奢な造りの屋敷を持っている。普段はあまり使われない大広間で、室内楽師が流麗な音楽を奏でていた。天井からは華奢な細工が施されたシャンデリアが下がり、その下では上流貴族の面々が華やかにさざめいている。そして扉から一番遠い席に立つ新郎と新婦のもとには、祝いの言葉をかけに来る者が後を絶たなかった。

 王都には滅多に顔を出さない有力貴族達もこぞって出席しているので、挨拶の列はいつ途切れるのか分からない程の長さになっている。


「本当に素敵ね」


 アンが、蕩けそうな表情で遠くのアネッサ達を眺めていた。

 元いた世界が違う彼女であるが、それでも来客のほとんどが自分よりもかなり上位の貴族というのを肌で感じているらしい。今日の彼女は珍しく萎縮していた。しかしそれでも、花嫁の美しさにあてられて少しは緊張が解けてきたようだ。

 横でクスリと笑ったレオンに向かい、アンはぷっとむくれた。


「何よ」

「いや、アンおねーさんも花嫁に憧れるんだね」


 からかうような口調とは裏腹に、レオンの蒼い瞳は穏やかだ。彼をジロリと睨みつけてからアンは手に持つ果実酒をあおった。


「まだ私はお酒がやーっと飲めるようになった十七ですからね。そりゃ花嫁にも憧れるわよ」


 この世界では十七歳で酒が解禁される。元の世界とは違って三年早く酒が飲めるが、アンはこの世界で生きるようになって特に酒を欲することもなくなった。OLをやってた頃はチューハイが友だったのに、変われば変わるもんだと自分に感心する。


「セルジュとはうまく行ってるのかい?」

「うん。実はこないだの冬休みにセルジュを連れて里帰りしたんだ。ほら、うちの実家って国境を守ってる武闘派貴族でしょ?お父様がセルジュを気に入っちゃってね」

「あー。熱い騎士様だもんね」

「そうそう。セルジュもお父様と気が合っちゃってさ。私よりお父様達と一緒に剣の稽古ばっかりしてたわ」


 文句の体で語っているが、顔は緩んでいる。

 そんなアンの後ろからミリエラがにゅっと顔を出した。その顔は心なしかムスッとしていて、レオンは無意識に身を引く。


「アン。久しぶりのところ悪いけど、そろそろ叔父さまを連れて行ってもいいかしら?」

「ごめんごめん。さ、どうぞ」


 破顔したアンがレオンの後ろに回り込み、その背中を押した。彼は気まずそうに一度振り向いたが、すぐに向き直るとミリエラに右手を差し出した。そこにミリエラの左手が乗せられると、二人は示し合わせたように人波を避けて大広間を出ていく。

 残されたアンは給仕から受け取った果実酒のおかわりに口をつけるのだった。











「誕生日以来だね」


 春のミリエラの誕生日に顔をあわせて以来、一ヶ月ぶり。レオンはこの一年、北のファウルダース領地で現在の代行領主から実務を教わっていた。予定では来年の今頃に伯爵位を受け継ぐと同時に、現在の代行領主は隠居する事になっている。


「君はやっぱり赤いドレスが一番似合う」


 大広間から家族の居住する棟へと続く廊下。足を止めたレオンは満足げに視線を下から上に上げて最後にミリエラと目を合わせた。


「ありがとう」


 赤が一番似合うのは、昔からレオンの赤い髪と同じ色のドレスを好んで着ていたからだ。それはもう気持ちが通じあった時に打ち明けている。だからこうして褒めてくれるのは、自分がレオンに相応しいと言われているように感じた。

 レオンはもう二十八になる。十以上の年齢差はどう頑張っても埋められるものではない。そんなミリエラの小さな焦燥が分かっているのか、レオンは最近このような甘い言葉を惜しまなくなった。


 室内楽の音色が薄く流れてくる。宴に盛り上がる公爵邸で、居住棟にいる人間は自分たちだけだろうと二人は顔を見合わせて笑う。レオンは高い身長で壁際に立つミリエラを隠し、何気ない風体で左右を窺った。

 彼が身をかがめてミリエラの頬に口づけをする。こうして頬に口づけされるのは二度目だが、ミリエラは鼻の頭を紅くして瞳を揺らした。


「叔父さま、私恥ずかしくて走り出してしまいそう」


 心底困った顔でミリエラがレオンを見上げる。泣き出しそうにも見えるその顔に、彼が苦笑を漏らした。


「慣れてもらわないと困るなあ」


 今度は目尻に軽くキスをして、レオンはその両腕の中にミリエラを閉じ込めた。




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