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45.叔父さまと私と、そして①

 秋になり二学期が始まった。

 真夏のさなかに避暑地で交遊したミリエラとアン、そしてアネッサは、大して長く離れていたわけでもないのに再会を喜び合っていた。


 その一方で夏休みもそこそこに仕事に戻っていたレオンは新学期早々ある事に悩んでいた。

 捨て置ける問題ではないし、これは自分がやるべき事であろう。エドモントや、ましてミリエラにさせることではない。ただ相手の事を考えるとどうしても心が痛み決断できない日々が続いていた。


(聞いてしまったからには、言わないわけにはいかないよな)


 二学期に入る前から延々悩み続けていた事柄にレオンは決着をつける事にした。相手は十も年下の青年だ。たとえ身分差があろうがビビる事はない。

 彼は最近一人で使うことが多い数学準備室にアレクシス王子を呼び出した。


「どうぞ」

「失礼します」


 軽いノックの後にレオンの声を受け、アレクシスが入ってきた。

 彼はまだ成長期が終わっていないのか、一学期に見た時よりも少し背が伸びているように見える。切れ長の目と引き締まった唇はますます凛々しさを増し、さすがのメイン攻略キャラという感想が浮かんだ。


「お呼びたてして申し訳ありません、殿下」

「何かご用ですか。レオン先生」


 レオンの言葉に、アレクシスは姿勢を正す。教師がこのような言葉を使うときは学業に関係のない話だと承知してのことだ。

 アレクシス王子は世話役のキャンベル夫人に婚約者候補の紹介を断っていると噂がたっている。その噂を証明するように彼に浮いた話は全く聞かない。

 年齢にそぐわない落ち着いたアレクシスを見ながら、レオンは胃痛を感じた。


「殿下、実は私事ではありますが」


 生唾を飲み込み、後は一気に行くことにする。


「この度姪のミリエラと婚約することとなりました。正式に公表するのは来年の春ですし、結婚はミリエラの卒業の後となりますが」


 切れ長の瞳を一度大きく見開き、アレクシスはパチパチと瞬きをした。どうやらエドモントもミリエラもまだ伝えてはいなかったようだ。

 ある意味良かった。

 自分が言うことではないが、惚れた女に聞かされる方が残酷だと思うからだ。アンの情報が正しければだが。


 王子は動揺に揺れる瞳を伏せ、小さく一つ咳払いした。そうして顔を上げるとぎこちなく眉を下げる。


「それはめでたい。しかし何故私に?」

「それは……」

「ああ、いや。どうせエドかアン辺りに聞いたのでしょう」


 認めてしまうと楽になったのか、アレクシスは腰に両手を当てて脱力したように立っていた。しばらく二人ともに黙ったままだったが、アレクシスが片足に体重を乗せながら尋ねる。


「ミリエラが慕っている相手というのは、あなたでしたか」

「あの子が言ったのですか?」

「二年前でしたか、彼女と私に見合いの話がありまして。その時に聞いたのです。心に決めた人がいるので断りたいと」


 そんな前から。レオンが密かに感動を噛み締めているとアレクシスが「そういう顔はお一人の時にどうぞ」とチクリと刺す。


「彼女は私の凝り固まった気持ちに漣を立ててくれました。結婚するなら彼女がいい。そう思った初めての女性です」

「殿下」

「しかし彼女の心の隙間を探す前に勝負がついてしまったようだ」


 この教師は言わないが、きっと先に行動を起こしたのはミリエラなのだろう。アレクシスはレオンに負けたのではなくミリエラに負けたのだと悟った。


「彼女の意思の強いハッキリしたところが好きです。物怖じしないし、人のことを先入観なしで見るのが好ましい。育ちもあるでしょうが、穏やかなのに遠慮をしないのも好きです」

「殿下、突然何ですか」

「女性の見目に拘りはありませんでしたが、彼女の柔らかそうな髪も小さな顔も、今思うと好ましく思っていました。彼女はたおやかながら姿勢もいいし着飾るほど映えるでしょうね」


 ポカンと王子を見るレオン。その間抜けた顔を見たアレクシスは溜飲を下げたように笑った。


「もう彼女に直接は伝えられませんからね。せめてあなたに聞いてもらおうかと」

「趣味が悪い」

「そうですか?これくらいは許していただきたい」


 浮かんでいた笑みをスッと収め、アレクシスは一歩下がった。


「では、失礼します」


 背筋を伸ばしてしっかりした足取りで、アレクシスはドアを開けて出ていった。ドアの閉まる音を聞いてからたっぷり十秒待ったレオンは盛大に息を吐き出す。我知らず脱力した身体を椅子に沈めて、彼はもう一度大きくため息をついた。











 秋の深まりと共に、王立学院では文化祭の準備が始まっていた。

 生徒は貴族の子女がほとんどの為、クラスの出し物は自然地味なものになる。ミリエラとアンのクラスは地質研究の石の展示で、アネッサのクラスは伝統的な戯曲の脚本の研究発表会だ。

 しかし部活動の出し物はそれと比べて自由だった。運動部は出店で飲み物を売るし、文化部は各々の活動の発表をする。部活に所属する生徒達はその準備に余念がなかった。


「本当ならね、私も今頃大忙しだったのよ」


 二人で鞄を持って歩きながら、アンはミリエラに話しかけた。落ち葉舞い散る校内で、色んな部活の出し物準備が進められている。二人は帰宅するのみなのだが、暇に任せてブラブラと見学していた。


「あら、ゲームのお話?珍しい」


 ミリエラが愉快そうに笑うと、アンはうんうんと頷く。アンはノエルの事があって以降、ゲームと今は完全に別物だと割り切ったように見えた。そのせいかたまにこうしてゲームの話をしてくれる。


「私は学院で、紅茶クラブという部活を作っていたのよ」

「まあ!楽しそう」

「でしょう?色々な紅茶を楽しんだり探したりするクラブなんだけど、サロンみたいなものね。ゆるい集まりだから別の部活と掛け持ちの子もいたわ。私とアレクシス殿下、エドモントと特別に外部生のセルジュ。それで顧問がレオン先生なの」

「ええ?私は?」

「残念。ミリエラはいませんでした」


 アンがミリエラにがばりと横から抱きつく。ミリエラは文句を言いながらも明るい笑い声を上げた。


「私もそんな部活なら入ってみたかったわ。アネッサも誘って」

「うふふ。でも私とミリエラは白き薔薇の姫君の称号も目指して特訓してたからね。そっちの準備も大変だったなぁ」


 ゲームならばヒロインは今頃大詰めの段階で、人望や学力などの各種ステータス上げをやっている段階だ。


「アンは白き薔薇の姫君の選考会に出るのでしょう?」

「うーん。まあ推薦されちゃったしね」

「全力で応援しますわ」


 ゲームでは勉強ができない分を裏工作でカバーしていた悪役令嬢のミリエラ。ただ美貌や立ち居振る舞いは彼女がダントツだった。

 今回の彼女はテストの成績がイマイチな為に出場しない。しかし今もゲームと同じように麗しいミリエラは、きっと出場していたら一番のライバルだったろう。


(ミリエラが出ないのなら特訓なんかなくてもサラッと優勝しちゃうかもしれないわね)


 声には出さずにアンは思う。


「ドレスも着るのでしょう?セルジュは見に来るかしら」

「もちろんもうちゃんと知らせているわ」

「そう、良かった。褒めてもらえるといいわね」


 抱き合いから手繋ぎに変えて二人は寮へと帰っていった。





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