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42.叔父さま、先走る

 たった数カ月ぶりなのに懐かしく感じる自室で、ミリエラは侍女達とはしゃいだ声を上げていた。

 着ている服にどんなアクセサリーを合わせようか。ヘアスタイルは久しぶりにアップにしてもいいかもしれない。ジュディがあれやこれやと持ってくれば、メリサもミリエラの髪を整えながら思案する。侍女達はとても楽しげで、ミリエラも学院ではこういったオシャレはなかなかできないので気持ちが高ぶっていた。このまま何時間でも時間が潰せそうだ。


 そんな中、扉からノックの音が聞こえた。

 三人揃ってそちらを向くと短い間隔で再びノックされる。もしかしたら気づかなかっただけでもう何度かノックされていたのかも知れない。


「どうぞ」


 慌てて扉の前に控えたメリサを確認して、ミリエラが声をかけた。

 かちゃりと控えめに扉が開き、バートが顔を覗かせた。彼はすでに執事見習いとなっているが、レオンが帰省した折には彼の近侍として付いている。バートが部屋に入ると続いてレオンも顔を出した。


「ミリエラ、兄上に挨拶しに行くけど一緒にいけるかい?」


 そういえば着替えに来て結構な時間が経った。父や母が居間で自分たちを待っているかもしれない。

 ミリエラは頷いてメリサを目で呼ぶ。メリサは素早くミリエラの格好を整え直すと彼女の後ろに控えた。


「じゃ、行こう」

「はい」




 家族のつどう居間は屋敷の規模からするとあまり大きくはない。品の良い調度品に囲まれたそこで、公爵夫妻はくつろいでいた。


「お父様、お母様。お元気そうで何よりです」


 ミリエラがあらためて小さくお辞儀と挨拶をする。それを鷹揚に受けた父が目配せで座れと指図した。

 母が父の隣に移動していたので、ミリエラは彼女の座っていたソファに腰を下ろす。少し空けて、その横にレオンが座った。


「さっき話があると言っていたな。何だ?」


 ファウルダース公爵はレオンの方を向いて尋ねた。ミリエラは先刻玄関で父と叔父が言葉を交わしていたのを思い出す。


 瞬間レオンの背筋がスッと伸びた。

 公爵がそれに反応してすぐさま真面目な表情を作る。男達の緊張が伝わったのか隣の夫人も口をつぐむ。

 両親の顔を見たミリエラも同じく表情を引き締めた。


「兄上」

「なんだ」

「……お嬢様を、僕にください」











「「は?」」


 公爵と夫人が同じタイミングで声を漏らした。

 四つの瞳が動揺の色をのせてレオンを映している。


「ミリエラとの婚約を認めていただきたいのです」


 石膏かというほど白くなった顔で、レオンは言い募った。

 当事者ばかりでなく控えている侍女や使用人の面々すらも動きを止める。あまりの静けさに、外の蝉の声だけが全員の耳に響いていた。


 その中ではじめに立ち直ったのは、ミリエラの父であるファウルダース公爵だった。


「レオン。その、うちの娘はお前の横で固まったままなんだが。まさか娘の意向に依らずに言い出した話ではなかろうな」

「え?」


 間抜けた声を出したレオンは一瞬固まる。

 硬直が解けた彼は「あっ」と首を回し、横の少女に目をやった。

 ミリエラはレオン以上に顔色を失って彼を見つめていた。許容量以上の出来事にフリーズしている様子だ。

 そこでレオンは、自分がまだ告白の返事すらしていなかった事に思い至ったのだった。


「ああっ!ごめんミリエラ、驚かせて!」


 自分に向けられた声に、ミリエラもようやくビクッと跳ねて正気に戻った。うまく息を吸えていなかったのか、荒く呼吸を繰り返している。


「てっきりもう伝えてた気になってて……、本当にごめん。大丈夫かい?ミリエラ」

「お、お水を」


 ワタワタと水を持ってきたメイドから水差しとグラスを受け取り、メリサがミリエラに寄り添った。夫人付きの侍女は音もなく主人に紅茶のおかわりを注ぐ。夫人は礼を言ってそれに震える唇をつけていた。


 ミリエラは水をぐっと飲み干し、グラスをメリサに返す。

 そうして一息ついたあとバッと顔を覆った。


「何も聞いてませんでしたわ!気持ちをお伝えしてからずっとお返事を待っていたけど、それもいただいてませんもの!」

「いや、それはその」

「それなのにいきなり何なんですの!叔父さまのばか!」


 両手で顔を覆っているミリエラを、レオンがあたふたと覗き込む。

 俯きながらミリエラは思っていた。

 数学のテスト返却の時や馬車の中でのレオンは、恥ずかしくなるくらいに甘い微笑みを浮かべていた。あれはすでにミリエラと思いが通じ合ったつもりだったということなのか。だとしたら、あの無性に甘い顔を向けられたのも納得できる。


「順番があべこべですわ……」

「ごめん」

「こ、婚約なんて、いきなり……」

「駄目かい?」


 めぐる血のせいか、みるみるうちにミリエラの頬に朱が乗る。彼女は紅潮した顔を上げた。


「駄目じゃありません!」

「良かった」











「そういうのは、先に済ませていてほしかったんだが」


 もう少しで抱擁するかという二人の動きを、公爵の声が止めた。

 固唾を飲んで見守っていた使用人の面々が内心で舌打ちする。もちろんだが、その気持ちはおくびにもださない。

 両親の目の前だった事を思い出したミリエラは、更に顔を真っ赤にした。思わず叫びたくなるのをすんでのところで抑える。


「すみません、兄上」

「ミリエラも同じ思いなのは分かった。しかしお前たちは義理とはいえ同じファウルダース公爵家の人間だ」

「はい。ですから僕は家を出ようと思っています」


 焦ったり照れたりで崩れていたレオンの顔が、いつの間にか真面目なものに戻っていた。しかしはじめのように緊張で白くなっているわけではなく、瞳には力があった。


「兄上は、インファンティーノ宮中伯をご存じですか?」

「無論、知っている」


 その名を聞いた公爵は、全て分かったと言うように鼻を鳴らした。彼は実年齢以上に老けて見える宮中伯の顔を思い浮かべる。


 インファンティーノ宮中伯は領地をほぼ持たず代々王宮での仕事に就いている。その宮中伯にはかつて一人息子の嫡男がいたのだが、十数年前にその息子を妻と共に事故で亡くしていた。

 王をはじめとして周囲がみな宮中伯に養子を迎えるよう勧めたが、彼は首を縦に振らなかった。


「インファンティーノ宮中伯は、このまま爵位を返上する事になると思っていたが」

「宮中伯は僕を養子に迎え爵位を譲っても良いとおっしゃいました。もちろん兄上の許可あっての事になりますが」


 公爵家のレオンが伯爵家に迎えられ爵位を受け継ぐ事は、特段問題はない。宮中伯が何故養子を迎える気になったのかは知らないが、口説き落としたのは事実なのだろう。

 レオンはミリエラを娶るにあたり、初手は抜かりなく動いたらしい。意外そうに義弟を見た公爵は「ふむ」と呟いた。


「しかしお前は宮中の官位にはつけんぞ」

「伯爵位を維持し王立学院で教鞭を執っていた前例があるのは調べました」

「ミリエラを学院の教師のところへ嫁がせるなんて!」

「お母様、そんなひどい言い方……!」




 バンッ!


 ミリエラの言葉を遮るように、両開きの扉が勢い良く開いた。

 その真ん中に立つエドモントは、場にそぐわない活き活きした顔をしている。堂々とした立ち姿は役者のようだ。


「話は聞かせてもらった!」


 そして彼が叫ぶセリフも、どこか既視感のあるセリフなのだった。







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