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3.叔父さまの無慈悲なマンガ

「身を滅ぼすって、どういうことですの?」


 ついさっきまで珍しくニコニコと微笑んでいたミリエラの顔が、普段の如くギリッと怒りを浮かべた。それを見ていたミリエラ付きの侍女メリサは(ヒイッ)と肩をすくめたが、睨まれたレオンは気にしていない。


「これも口での説明は難しいと思いましたので、こちらをご用意致しました!」


 何故かノリノリの口調でレオンが取り出したのは、先程と同じ麻紐で綴じた冊子だった。それを目にした瞬間、怒りに任せて睨んでいたミリエラの顔が、ふにゃっと崩れる。不穏な予言に腹が立つのと、目の前に出されたマンガらしき冊子への興味。二つの感情をどう処理したらいいのか分からずミリエラの表情は複雑に歪んだ。


「……読みたい?」

「読みたいですわ!」


 マンガに関しては、最初の一冊で衝撃を受けてしまった。絵本も恋愛小説も楽しいけれど、あんなにワクワクしてスラスラ読める物なんてはじめてだったからだ。だからミリエラとしては珍しい素直さで力強く返事した。


「じゃあまずは、これをどうぞ」


 ミリエラはレオンからマンガを受け取り、そっと開く。

 夕食後の時間だがまだ寝るには早い時間。彼女はソファーに腰掛け直し、静かに読み始めた。




 “ある国にパンコとコムギという二人の少女がいた。少女たちは二人揃ってこの国の美しい王子さまに恋をした。

「コムギちゃん、どうして私をいじめるの?」

「うるさいわね!王子さまにふさわしいのは私なのよ!」

 パンコは心優しく思いやりのある少女。コムギはいじわるく、パンコのことを色んな手を使っていじめまくる。二人は共に可愛いと評判の女の子だったが、性格もやることも正反対だった。パンコは誰のことも分け隔てなく愛し助け、コムギは手下たちまで使ってパンコの邪魔をする。

 賢き王子さまは、パンコの心の美しさと優しさに惹かれ、一方コムギの狡猾ないじめや悪事を見抜いていた。

「コムギ、君がパンコをいじめているのを、私は知ってるぞ」

 ある時コムギは王子さまとその部下の兵士に囲まれ、そう告げられる。王子さまの横にはパンコが寄り添い、二人はコムギを置いて去っていった。

「コムギ嬢、あなたがやった悪さは全てバレていますよ」

 兵士に言われ、コムギは縄をかけられた。そうしてコムギは冷たい石の牢屋で生きていくことになり、パンコは王子さまと結婚して幸せになりました。”




 ミリエラは冊子をゆっくりと閉じ、頬を染めてレオンを見上げた。

 恋愛の物語は児童小説で読む事もあったが、マンガで読むとずっと面白い。主人公のパンコがたくさん動いてお喋りするマンガは、読んでてドキドキした。


「叔父さま、素敵だわ!私のだいすきな恋愛小説みたい!」

「面白かったかい?」

「ええ、とっても!パンコは名前は変だけど、とても素敵な女の子だし、幸せになってホントに良かった。コムギはあれだけパンコにひどいことをしたのだもの、牢屋に入れられてざまあみろと思いましたわ!」


 下品な言葉を使ってしまったのに気付いて口を押さえるミリエラ。そんな彼女をにこやかに見ていたレオンはふっと表情を変え、目を伏せた。


「タケシはね、元の世界でレオンやミリエラたちが出てくる物語を読んだことがあるんだ。レオンとしての記憶が薄くなっても僕が混乱してないのは、そのせいなんだよ」

「本当?!」

「僕が知っているのは、十五歳になったミリエラの物語なんだけど」


 ここでレオンは言葉を切り、ミリエラの持つマンガを見る。

 ミリエラはパッと笑顔を浮かべた。


「もしかして、このパンコは私の未来のお話なの?」

「いや」


 ずっと壁際で控えている二人の侍女は、話の先が読めた為にそっと両耳に指で耳栓をした。


「コムギの方が、君の未来の姿だよ」

「な……、なんですってえええええええええ!」











 小さい体の何処からそんな声が出るのか、というほどの叫びを上げたミリエラ。先に耳栓をした賢明な侍女たちは無事だったが直撃したレオンは暫く脳に響いて動けなかった。

 ぎゅっと握った拳はブルブルと震え、顔は怒りで真っ赤だ。

 レオンは黙ってミリエラが言葉を出すのを待っていた。

 ミリエラは右手に持っていたマンガを振り上げ床に叩きつけようとした。しかしその手を力なく降ろし、弱々しい声で問う。


「本当に、私は牢屋に入れられてしまうの?」


 耳栓を外していた侍女たちはぎょっとした顔で二人を見る。レオンは少し考えるように口を手で押さえたあと、こくりと頷いた。

 絶望を瞳に浮かべたミリエラに、彼は更なる追い打ちをかける。


「僕が見たミリエラの未来は一つじゃない。ある時は王子さま、ある時は騎士様を好きになり、ライバルの同級生をいじめて捕まっていた。その他に、気に入らないことがあって同級生をいじめて捕まっていたこともあった」

「どうあっても私は捕まる運命なの?」

「そうだね。ヒロインがどんなエンディングを迎えようが、ミリエラは捕まって牢屋に入ってた気がする」


 話が分からない所もありつつ、ミリエラには「自分は十五で牢屋に入る運命」が確定している事しか頭に入ってこない。

 長い睫毛を震わせてレオンを見上げるも、彼は無情に頷くのみ。ミリエラは目にいっぱいの涙を溜め込み、膝から崩れ落ちた。


「う、うわあああん!嘘よ!」

「落ち着いてミリエラ」


 そっと膝をついたレオンが差し出す腕に、ミリエラはすがって泣きはじめた。

 もし、レオンが描いたマンガがなければ、ミリエラは叔父の話を信じてショックを受けることもなかったろう。だがマンガを読み、叔父の最近の変化と話が合致して、幼いミリエラはレオンの言うことを疑えなくなっていた。

 レオンは懐から白いハンカチを取り出し、そっとミリエラの涙を拭う。そして小さな彼女の手を取り、静かな声で語った。


「ミリエラ、怒らないで聞いてほしいんだけど」

「な、なによ……ひっく」

「僕が知ってる十五歳のミリエラは、偉そうで威張ってて皆を見下す女の子だったんだ。だから同級生をいじめてたし、最後には牢屋に入れられた」

「ひっく、ひっ」

「でもね、ミリエラ。君がこのパンコみたいに優しくて誰も傷つけない女の子なら、きっと牢屋入りにはならないと思うんだ」


 鼻の頭を真っ赤にしたミリエラが、バッと顔をあげる。


「だから取引しよう。君は僕がレオンとして生活していく手助けをしてくれ。代わりに僕は君が身を滅ぼさないように手助けしよう」


 涙に濡れた瞳を輝かせ、ミリエラはレオンの目をじっと見つめた。膝をついたレオンは大きな手のひらで彼女の両肩を支えてやる。

 二人の姿は窓から見える満月を背景にして、一枚の絵画のように美しかった。







 翌朝、朝食の席にレオンが出てきた。

 ファウルダース公爵夫妻は彼をチラッと見た後、黙ってスープを掬いはじめた。どうやら彼らは何か言われるまで無視することにしたらしい。


「おはようございます!」


 朝の柔らかな光が射し込む食堂に、鈴の音のようなミリエラの声が響く。

 驚いた顔の公爵夫妻はミリエラを凝視するが、ミリエラは思い詰めたような顔でレオンを見ている。

 レオンはちょっと驚いた顔をした後、その神経質そうな顔を緩めて微笑んだ。


「おはよう、ミリエラ」


 これが、二人の軌道修正生活のはじまりである。



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