36.騎士と共に
「あ、アン様……。お話があるのだけれど」
雨が強くなってきた昼休み。
頑張って作りました。と言わんばかりの笑顔でアンの元にやってきたのは、サリーとケイティだった。
アンは薄目で二人を見上げた。
この二人は、かつてプレイしていたゲームの中で『悪役令嬢ミリエラの取り巻きA・B』だった女生徒達だ。ストーリーモードでいつもミリエラの両サイドに立っているだけの役だったが。
入学当初から、彼女達が公爵令嬢のミリエラに取り入ろうと機をうかがっていたのは知っている。それに睨みを効かせてきたのがアンだった。彼女たちは二人だけだと度胸もないようでアンやミリエラに寄ってこなかったのだが、今更一体何の用事だろうか。
「何かしら」
「アン様は占いにはご興味ないかしら?」
占い、の言葉にアンの大きな瞳が更に大きく開く。
「商店街に素敵な占い師がいますのよ。今度一緒に参りませんか?」
「初回は代金もいりませんのよ。だから是非」
揉み手でもしそうな勢いで寄ってきた二人に、アンが音を立てて椅子から立ち上がった。勢いのまま声を出そうとして、ぐっと思いとどまる。
「占い師かあ。ミリエラと一緒なら行ってみようかしら」
あの子も色々悩み事あるみたいだし。そう言ってアンがウインクすると、二人はホッとしたように笑いあった。
「ミリエラ様なら、一昨日私達と一緒に行きましたのよ」
「ミリエラが?」
「ええ。そういえば今日はミリエラ様お休みですのね」
アンは笑顔だけ返すと、そのまま早足で教室を出ていった。だんだん動かす足は速くなり、彼女は廊下を駆けるように職員室に向かった。
「レオン先生!」
職員室に着いた途端、そのドアからレオンが顔を出した。アンの表情を見たレオンは、彼女を連れて空いている指導室にやってきた。
「占い師が関係してるかも知れない」
「占い師って、ゲームの?」
アンはこくんと頷く。
レオンが続けて何かを言おうとするのを止めて、アンは話し始めた。
「ゲームのミリエラはさ、何ていうかポンコツでしょ?勉強もいまいちだし、嫌がらせもバリエーションないし、捨て台詞ばっか吐いてるし」
「そうだったっけ。それが何?」
「最終的にミリエラの策略でヒロインが小屋に閉じ込められるよね。そこでピンチに陥ったヒロインを助けに来るのが攻略キャラで、バレたミリエラは牢屋行き」
「うん、知ってる」
レオンはイライラしそうな自分を抑えながら、話を聞く。
「おかしいと思わない?ポンコツの悪役が最後だけヒロイン出し抜いて、誘拐まがいのことをやってのけるの」
「たしかに……」
「ミリエラにはブレインがいたのよ。彼女は『占い師のノエル』にそそのかされて嫌がらせしてたの。果ては彼の入れ知恵で小屋に閉じ込めて、誘拐騒ぎにまで発展させた」
「占い師って悪役だったの……?」
レオンの中では、占い師は五人目の攻略キャラという認識だ。だからアンの説明に首を大きく捻った。
「簡単に説明するとね。ヒロインの家は国境を守る地方領主なのよ。で、隣国のスパイがそれを仲間に引き入れようとするのね。んで懐柔する為に、国の中枢と地方領主を不仲にしようとするわけ」
「何そのドロドロ設定」
「自分の娘が誘拐までされたとなったら、地方領主も腹立てて他国に寝返る可能性があるかもしれない。それでスパイの下っ端、占い師のノエルがミリエラを裏で操ってた」
「たしかに、操りやすそうなキャラだった……」
アンは一つ頷いて腕組みをする。
「四人のルートじゃ占い師は影しか出てこない。ヒーローがヒロインを助けた後、罪はミリエラに被せてトンズラしてるから」
「えぐいな」
「で、最後五人目のルートだけにちゃんと出てくるんだよ」
占い師ノエルは、孤児だったのをサーカス団に拾われた。そこでスパイとして育てられた彼は、鬱屈した生をむさぼりながらも組織で生きる以外の道を見いだせないでいた。
「他ルートを終わらせてると、途中で新しい選択肢が出るの。ミリエラを尾行して占い師を見つけるっていう。後はまあ、ヒロインの光属性パワーで彼のトラウマを救ってあげて、占い師ルートに入る感じよ」
「その占い師、今はミリエラと接点ないんだろ?」
アンは人差し指を顎にあて、渋い顔をする。
「そう思ってたんだけどね。どうも一昨日ミリエラが占い師の館に行ったみたい。一昨日って話だから関係ないかもしれないけど、もしかしたら昨日の放課後も行ってたのかも……」
「それでもミリエラが狙われる理由なんて」
レオンは途中で口を動かすのをやめ、宙を凝視した。
そして古いロボットのようなぎこちなさでアンに目をやる。
「ノエル?占い師はノエルって名前なの?」
「偽名がいくつかあったと思うけど、本名はノエルだよ」
「サーカス団にいた、ノエル?」
いぶかしげな目でアンがレオンを見た。何が言いたいんだ、と瞳で語る。
「昔ミリエラを連れてサーカスを観に行ったんだ。そこの踊り子とミリエラが仲良くなって、初めてのお友達だって喜んでた。その子の名前が確かノエル」
「嘘でしょ?」
「いや、でもあの子は女の子だったはず……」
「黒髪黒目の超美形なら、多分それが占い師のノエルだよ!」
二人は顔を見合わせて、指導室を走り出た。
「でも何であの子が……」
「ノエルの正体に気づいちゃったんじゃないかな?それでヤバいと思ったノエルが……。分かんないけど!」
「だとすると、居場所は」
「最終章でヒロインが捕まってた小屋だと思う!」
レオンとアンは職員室にもどって来た先輩教師のベイルに、今から早退することだけ告げた。ベイルから了承の返事をもらう前に再び走り出す。
「衛兵にはどう連絡したら早いんだっけ……」
「多分、騎士学校横の第五騎士団のとこ行った方が早い!」
レオンは首を捻って横のアンに視線を投げる。
「今なら見習い騎士のセルジュが厩舎にいるはずだから!馬を出してもらえるし、ゲームでも最後は、ゲホ!ゲホゴホ!」
「分かった、話さなくていいから!」
騎士学校の裏を抜けてすぐの所に騎士団の詰所があり、横の厩舎からは馬の細いいななきが聞こえる。
「セルジュ!」
厩舎に手を付き中を覗き込んだアンは、大きな声でセルジュを呼んだ。中から慌てて走り来る小柄な見習い騎士。
彼は眉を寄せてアンの両肩に手を添え、そっと外に押し出した。
「会えたのは嬉しいけど、ここでは大声を出しちゃだめだよ。馬たちが驚いちゃう」
「ごめんなさいセルジュ。お願いがあるの」
レオンに気がついたセルジュは、ぎこちない敬礼で挨拶した。レオンはこんな時だが、遠いゲームの記憶を思い出して、セルジュの顔に感慨深くなる。けれどそれも一瞬のことで、彼はすぐに気を取り直した。
「僕の姪のミリエラが誘拐されたかもしれないんだ。それで彼女のいる所に心当たりがあるんだけど、衛兵に伝えて信用してもらうより君に馬を出してもらうほうが早いと思って」
「ミリエラ様が?」
「詳しく説明してる時間はないけど、どこにいるかは心当たりがあるの。セルジュお願い、力を貸して!」
セルジュはレオンを見上げて、次にアンの瞳を見つめた。二人の表情を飲み込んでセルジュも瞳の色を変える。
「エドモント様は?」
「伝えてない。時間なかったから」
「分かった。君は俺の馬に乗せていこう。剣の腕が立つ先輩を呼んでくるから先生はそちらの馬に。衛兵へは向かう途中で詰所に寄って一応伝えよう」
「ありがとうセルジュ!」
本来騎士団は国防の為に動く組織なので、警察の仕事を行う組織は衛兵になる。それでもセルジュは昼休みの詰所で待機していた先輩騎士を引っ張り出してきた。
セルジュが馬の鞍とハミを取り付けて手綱をセットする。その間に先輩騎士が自分とセルジュの剣を用意して改めて出てきた。
「オルコットです。どうぞお乗りください」
「すみません」
「いえ。ファウルダース公爵には父がご厚情を賜っております」
言葉少なな騎士は馬上からレオンに手を差し出す。
横ではアンの足裏に手を添えたセルジュが力をかけて彼女を馬に乗せる。そうして彼女の後ろに素早く乗り上げると、セルジュは一声上げて馬を走らせた。
お読み頂きありがとうございます。
年末年始は多忙の為、次は年明けの更新になります。
間が開きますが、今後もお付き合い頂けたら幸いです。