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31.占い師の館

 一方のミリエラは、帰還直後は目も当てられない有様だった。


 スプーンを持ってもボンヤリしっぱなしで食事は進まない。話しかけても聞いていない。心配したアンとアネッサがそっと寄り添っていたら、夕食の時間も終わろうかという時にやっと覚醒したようだった。


 撃沈したわけではないのよ。と、ミリエラは呟いた。

 意識すらされていなかったのが、やっと意識してもらえるようになったのだもの。前進だわ。

 強がりとはいえそう言った彼女に、アンは力強く頷く。


「レオン先生みたいな真面目メガネは、押しに弱いはずよ!」


 アンに励まされ、数日後にはミリエラにも笑顔が戻った。






 梅雨の晴れ間の放課後、教室は柔らかなざわめきに満ちていた。ミリエラは帰り支度を終え、鞄を手に立ち上がろうとする。

 そこへ二人の女生徒がやってきた。


「あの、ミリエラ様」

「どうしたの?」

「アン様はどちらにいらっしゃるか、ご存知?」


 クラスメイトの顔を見上げたミリエラは、首をひねる。


「アンなら、今日は騎士学校に行っているはずですわ。週に一度は通ってらっしゃるのよ」


 交流試合の日以来、アンは週に一度、放課後騎士学校に出向いていた。名目としては「護身術を習いたいの」とのことで、出向く先はセルジュの所である。

 騎士学校に出稽古に通っているエドモントいわく、アンはとても真面目にやっているらしい。

 見た目も小さなセルジュとアンの護身術練習は、騎士学校でも微笑ましいと評判になっていた。


「何か用事なら、夕食の時間でよろしければ伝えますわ」

「あっ、いいえ。大したことではないの」


 恐縮したように首を振る二人だが、相変わらず首をかしげているミリエラ。少女達は、仕方なしといった風に続けた。


「実は、最近学校のすぐ近くに占い師の館が出来ましたのよ。それがよく当たると評判で」

「アン様もお誘いして行こうかと思いましたの」


 二人の少女が笑みをはりつけた顔で話す。

 アンから占いに興味があるような話は一度も聞いたことがない。ミリエラがそう言うと、少女達はまた曖昧な笑顔を見せた。


「でも占い師の館なんて、楽しそうですわね」


 ポツリと漏らしたミリエラに、二人はこくこくと頷いた。先ほどと一変、二人揃って花が咲いたように口元をほころばせ、ミリエラに詰め寄る。


「アン様はまた今度お誘いするとして。ミリエラ様、お暇ならこの後ご一緒にいかがですか?」

「そこの占い師が素敵で、私達もう何度も通っていますのよ」


 キャッキャと浮き立った二人が「色々占ってもらえますわ。恋占いとか」と話す。それにミリエラがピクリと反応した。

 恋占い、とか。


「そうね。行ってみようかしら」

「ええ、是非」


 クラスメイトの二人につられて、ミリエラもだんだん浮ついた気分になりつつあった。







 サリーとケイティ、二人のクラスメイトときちんと話すのは初めてかもしれない。入学してすぐの頃は、二人がミリエラをよくチラ見していたのは知っている。しかしいつもアンがいるからか、これまであまり積極的に彼女達が寄ってくる事はなかった。


「学院からすぐの所なので、学生もよく来ていますのよ」

「いつも夕暮れ前には閉まるので、急ぎましょう」


 二人はとても楽しそうで、見ているミリエラも何だか楽しくなる。

 校門を出て短い坂道を下り、すぐにある交差路から延びる商店街。学生相手の雑貨屋や文具屋、本屋などが軒を連ねている。

 その並びの一番奥、短い商店街の途切れる場所に黒い天幕を張った小屋があった。その小屋より先は大きな街道になっていて、辻馬車が多く行き交っていた。


「ミリエラ様、ここよ」


 道すがら打ち解けたサリーが、黒い小屋を指す。小屋の前には女性が一人だけ並んでいた。

 サリーとケイティが並ぶので、ミリエラもそこに並ぶ。


「大体10分から15分で、料金は800ジールなの」

「入るのは一人ずつよ。出てくるまで待っていますわね」

「ええ、ありがとう」


 恋占い、という言葉につられて来てしまった。

 これまで占い師に占ってもらった経験はない。そもそもこういう露店を見る機会もこれまではほとんどなかったのだ。昔レオンに連れられてサーカス団を観に行った時、サーカス小屋の前に占い師の露店があったっけ。

 ミリエラが幼い頃の事を思い出そうとしていると、早くもサリーが小屋から出てきてケイティが替わりに入っていった。


「サリー様は何を占ってもらいましたの?」


 茶色の長い髪を結んでサイドに流しているサリーは、その髪を触りながら頬を赤らめた。


「見てもらったのは学業の事ですわ。でも本当は別に何だっていいのです、ふふ」

「あら、どうして?」

「さっきも言いましたでしょう?ここの占い師、とても素敵なの」


 なるほど。

 何となくミリエラは、水晶に手をかざして占う妖艶な女性を想像していたのだが、占い師は男性のようだ。

 男性に恋の悩みを打ち明けるのは恥ずかしい。ミリエラがやめようかと思い始めたその時に、ケイティが出てきた。


「さ、次はミリエラ様の番よ」


 ここまででもう30分以上は並んでいた。そして今、後ろにも数人並んでいる。折角並んだのだし一度は経験してみよう。腹を括ったミリエラは、幾重にも垂らされた黒い布を持ち上げて、中に入っていった。






 暗い室内に灯る、いくつかのランプの光。仄暗いその中央に、大きな水晶を置いたテーブルが見える。そしてよく目をこらすと、その先に椅子に座る黒ずくめの人影が見えた。


「どうぞ」


 低く柔らかい声に促されて前に進む。

 ミリエラはおずおずと椅子に手を掛け、占い師の正面に座った。

 仄かに漂う甘い香り。黒のフード付きのマントに身を包んだ青年が、ミリエラの顔を真っ直ぐ見据える。

 確かに美しい青年だ、と感心した。

 濡れたように艷やかな黒い髪は、縛る程ではないが男性にしては少し長めだ。そして女性のように滑らかな肌、長いまつ毛に縁取られた漆黒の瞳。

 その瞳がミリエラの目と合うと、まるで幽霊でも見たかのように驚きの色を浮かべた。


「ミリエラ?!」

「はい」


 サリーかケイティが名前を教えたのかしら。

 そう考えていたミリエラの手を掬い、黒髪の青年が強く握りしめる。

 そして握ったミリエラの手に自らの額を押しあて、目を伏せた。


「ああ……。会いたかった、ミリエラ」

「え?」


 握られた手を引くことも出来ず、ミリエラが困惑する。困った彼女の顔を見た占い師は、両の瞳に薄っすらと光る涙をにじませた。


「これ、覚えてる?」


 低く柔らかい、しかし震える声で呟きながら彼は懐から布袋を取り出す。その口を開けて中から出したハンカチを、ミリエラの手にそっと乗せた。


「これ……。え、どうして?」


 もう五年以上も前。

 サーカス団で踊っていた美しい踊り子と出会った。ミリエラの初めての友達になってくれたその子に、友情の証としてお揃いのハンカチを贈った。

 それが今、ここにある。


「ずっと会いたかったよ。ミリエラ」

「ノエル、ノエルなの?」

「うん」




 左腕をテーブルについて、ノエルは長い右腕でミリエラを抱き寄せた。ミリエラはあまりにも突然の事で、されるがままになる。


「ちょっと待って?ノエルって、男の子だったの?」


 ミリエラは体を引き、まじまじと彼の顔を見つめる。

 確かに、ノエルはこの青年と同じ深い黒の瞳と髪を持っていた。しかしミリエラの知っているノエルは美しくて可愛らしい踊り子で。突然自分より一回り大きな青年が出てこられてもにわかには信じられない。


「ほら」


 青年はハンカチを広げると、その両端を持って鼻から下を覆った。それは踊り子が付けていたフェイスベールの役割を果たす。口元を隠したせいで強調される二つの目は、いまだに脳裏に強く残るものだった。

 無邪気でいたずらっ子のような、ノエルの瞳。 


「嘘でしょう?ずっと女の子とばかり……」

「ごめんね。言ってなかったか」


 嘘でしょ。

 もう一度呟いて、ミリエラは両手で顔を覆った。


 恋占いだとか、外で待つクラスメイトだとか。

 さっきまでミリエラの頭にあったもの、全てが吹き飛んでしまった。



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