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29.叔父さまと私

「中間試験か〜。いや〜大変」

「アン様ったら。何だか楽しそうですわね」


 テスト前にはいつもの三人で勉強した。

 ミリエラは公爵令嬢として品のある行動を心がけているし、落ち着きもある。なのでクラスメイトからは秀才だと見られることも多いのだが。


「分からない……。もう何が分からないのかも分からない」

「ミリエラ、しっかり!」

「ミリエラ様、まずは暗記をみっちりしましょう」


 ミリエラは、昔からお勉強が苦手な子のままだった。

 先程からアネッサがつきっきりで出題範囲を教えている。




「そういえば、学業の成果も判断材料になるらしいですわね」


 必死に暗記しているミリエラの横で、アネッサがアンに語りかけた。アンは「あぁ」と頷き、続きを受け取る。


「白き薔薇の姫君、ね」

「学業、振る舞い、人望、そして器量の良し悪し。でしたかしら?」

「らしいね」


『白き薔薇の姫君』とは学院一と認められた女性に贈られる称号で、学院祭の全校投票で決定される。

 一年生にもその話はチラホラと認識されだしている。しかしミリエラもアンも特に興味はなさそうだった。


「アン様もミリエラ様も資格は十分だと思いますわ」


 その言葉に頭を上げたミリエラは、真面目な顔で口を挟む。


「学業がコレですのよ。私はこの時点で無理ですわ」


 アンがミリエラの頭をヨシヨシと撫でる。

 アンの知るミリエラは取り巻きを使った票集めに勤しんでいたものだ。懐かしい設定を思い出しながら、アンは苦笑した。


「私も、要らないかな。セルジュくんとはフラグ立ったし」

「フラ……?」

「ううん。私はまず振る舞いが貴族らしくないから駄目だな」


 カラカラ笑うアンに、アネッサは「あらあら」と眉を下げた。アネッサとしては残念至極だが、二人ともやる気がないのなら仕方がない。

 アネッサもそれきりこの話をすることはなかった。




 初めての中間試験が無事に終わった。


 その結果が貼り出された日の昼休み。いつものように第二音楽室で昼休みを過ごす面々は、一様に安堵の表情を浮かべていた。

 昼までの授業で終わる今日は、全員鞄を持ち寄り昼食をとっている。


「ミリエラ、赤点がなかったらしいね!よく頑張った!」

「お兄様。やめてください恥ずかしい」


 それを見ながら鼻で笑うのはアレクシスだ。


「お前たち兄妹は揃って学問が苦手なのだな」

「私は政治学なら人並み以上だぞ!」

「私も音楽と体育なら」

「まあまあ。よく頑張ったよみんな」


 まるで教師かのようにアンがおおらかに褒めた。それに同意するように微笑んで頷くアネッサ。

 バツが悪そうに咳払いをしたアレクシスは、チラリとミリエラを見た。


「今日は一年生も昼までで終わりだろう。小耳に挟んだのだが、学生街に最近珍しい……」

「あっ!そろそろ行かなくては」


 ガタリとミリエラが立ち上がる。


「皆さま、私大事な用事があるのでここで失礼いたしますわ。ごきげんよう」

「行ってらっしゃいませ」

「頑張ってね!」


 ペコリと頭を下げて、すぐに音楽室を出ていくミリエラ。

 手を振って見送る少女二人に、アレクシス達は首をひねった。そんなアレクシスを横目で見ながら、アンはミリエラの健闘を祈った。











 旧校舎近くのあずまや。入学してすぐのアンを、レオンが連れてきた場所である。

 近くに人の気配は感じる程度に開けているのに、何故か他人に見られない絶好の場所だとアンに教わった。なのでミリエラは、手紙でレオンをここに呼び出したのだった。


(お手紙ならいつも叔父さまに出してたというのに)


 離れて暮らしている時には、しょっちゅう手紙を出していた。それなのにここへ呼び出す手紙は何度も何度も書き直しした。

 こうして呼び出すという行為は初めてかもしれない。

 レオンは、もしかしたら呼び出された理由を予測できているのかも。そう思うとミリエラは居たたまれなくなる。


 悶々としながらミリエラが俯いていると、目の前に影が落ちた。


「おまたせ」


 首を上に向けると、見知ったレオンの顔があった。

 久しぶりに会うような気持ちになる。

 普段数学の授業ではレオンが教壇に立っているし、授業の後に会話をすることだってある。けれどそれは正しく『学校で顔を合わせる叔父と姪の関係』でしかなくて、ミリエラには距離を感じるものだった。


「何だか久しぶりな気がするな。顔は毎日見てるのに」


 そう言って口元を緩ませるレオンに、ミリエラはパッと目を合わせる。同じことを感じていた、という喜びがわく。


「私も、久しぶりに叔父さまと会えた気がしますわ」

「うん」


 ミリエラが座っていたベンチに、レオンも腰掛ける。

 近過ぎないその距離にもどかしく見上げれば、「なに?」とふんわり微笑まれた。その顔に胸が苦しくなる。人の気も知らないで、と理不尽な文句が浮かぶ。


「あのね、叔父さま」


 もしかしたら、明日からレオンの態度は変わってしまうかもしれない。今までのように姪として可愛がってもらえる関係を続ける方が幸せなのかもしれない。そんな不安を、喉の奥に押し込めた。


「私、叔父さまのことが好きなの」




 見つめ合ったお互いの瞳が揺らぐ。

 レオンの口が何かを言おうとして、何も出ずに閉じる。


 ミリエラのことは、好きだ。当たり前だ。この世界に来てすぐに出会い、それからずっと秘密を共有しつつ過ごしてきたのだから。姪のように妹のように可愛がってきた。

 しかしこうしてわざわざ呼び出して告げるのは、そういう意味の「好き」じゃないことくらい分かる。

 だから、誤魔化す事だけはしてはいけない。

 レオンはそう思うからこそ、どう応えるべきか躊躇した。


「叔父さまから見たら私はまだ子どもだわ。でも、私はずっと叔父さまの事をお慕いしていたの。もういつからか分からない程ずっと前から」


 ミリエラの緋色の瞳は一度もレオンを離さない。

 強い子だな、とレオンは思った。


「大好きなの。叔父さまのこと」


 言うべきことは言った。

 ミリエラは耐えきれず視線を落とした。


 顔をしっかり捉えていたから、ミリエラには薄々分かっている。

 レオンはこの気持ちに気付いていなかった事を。


「ミリエラ」


 呼ばれて見上げると、眉を寄せたレオンの顔があった。

 どうしよう、困らせている。そう気づいたミリエラは途端に青ざめる。


「ミリエラ、僕はね」


 握りしめていた手にレオンがそっと手を重ねる。青ざめていたミリエラに大丈夫だと言うように。


「この世界で、レオンとして生きていくために、これまで頑張ってきたつもりだ。教師という職に就いたのも、自分の居場所を作ろうと必死だったから」

「はい」

「その間ずっと一緒にいて、僕を慕ってくれてたミリエラは僕にとっては大事な人だ」


 レオンは珍しく、つっかえつっかえ言葉を紡ぐ。


「ただ、これまでその、生きることに一生懸命だったから。そういう事を考えてこなかったというか」

「はい」


 レオンは乗せた手に少しだけ力を込めて、ミリエラを見つめた。


「すぐには答えを出せないけどきちんと考えるから。待っててくれる?」

「はい」


 とうとう耐えきれず、ミリエラの目に涙がにじむ。

 しかしそれを零すことなく、ミリエラは頷いた。




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