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28.アンの独り言②(アン視点)

「あんころもち子、と申します」


 私の脳に元々あったと思われる知識を整頓しながら、入学式をやり過ごした。私の生い立ち、入学への経緯、今日から生活する学生寮。

 色んな事を整理しながらも、強く脳内に鎮座する私の名前。


 “あんころもち子”


 ああ。なぜ私はちゃんとした名前を付け直さなかったのか。もしくはデフォルトの名前だって良かったじゃないか。

 ホールに入って学生を並ばせる教師に名前を聞かれたとき、おずおずと名乗った。すると教師はなんの感慨もない顔で名簿に目を通し、私の名前を見つけたのか席を教えてくれた。

 どう考えてもおかしな名前は、この世界では特に疑問を持たれないようだった。


(それでも恥ずかしいわこれは。アン、にしとこう)


 教室に移動して、念願のミリエラを見つけた。


 スラリとした長身の美少女。エドと同じ髪と瞳の色だが、彼とは違い貴族らしい気品と気の強さを感じる端正な顔立ち。エドはどちらかというと親しみやすい大型犬のような姿だが、妹のミリエラはお上品な猫といった印象だ。


 まずは第一印象が大事だ。

 媚びはしないが、彼女と親しくなりたい。

 そして友達になったら彼女の高飛車な性格をいなしながら、彼女の人生の軌道修正をしてあげたい。


「アンって呼んでね」

「ええ。私の事はミリエラでよろしくてよ」


 しかし悪役令嬢ミリエラは、温和な微笑みを浮かべたのだった。




 “アレクシス王子とは友達関係で、婚約などしていない。

 取り巻きは存在せず、隣のクラスにアネッサという女友達が一人いるだけ。”

 私の頭の中にクエスチョンマークが乱舞する。

 どうも、私の知っているミリエラとは違う。

 おかしい。悪役臭がしない。


 ハッ!

 さっき、ホールの前でぶつかる予定だったアレクシスを避けた。もしかしたらそれで世界が変わってしまった?!

 いやいや。影響が出るにはちょっと早すぎる気がする。

 考えたけど答えが出るはずもなく、私は切り替えることにした。


「じゃあ私も、ミリエラのお友達にして!」

「え?ええ。……喜んで」


 戸惑ったように答えたミリエラは、文句なしに可愛い。

 そうそう。眉尻と目を吊り上げてる表情じゃない、こんな顔ならとても可愛いだろうと思っていたのだ。

 ミリエラの手を握りしめ、私は年甲斐もなくはしゃいでしまった。






「あんころもち……子、さん」


 私を見つめてまっすぐ歩いてきた赤い髪の青年。

 眼鏡を掛けた彼に頭をひねるが、一瞬後に気付く。レオン先生だ。

 ゲームでは眼鏡なんて掛けてなかったのにどうしたんだろう。ミリエラの変化といい私の知っている『蜂ラプ』と微妙にズレがある。


 ズレの謎を考えていたら、急に私は閃いた。

 さっきレオン先生は「あんころ餅、子」ってイントネーションで呼んだ気がする。

 まさかとは思うが、もうすでにまさかの事態は起きている。

 この人も私と同じで元は現代の日本人なんだったとしたら?そう思った私は、いても立ってもいられず質問したのだった。


「ねえレオン先生。コンビニって何か分かります?」


 衝撃を受けた表情の後に脱力するレオン先生。

 そして確信する私。

 やはりレオン先生も、私と同じ境遇の人だった。










 五月に入り、寒さは全く感じない季節になった。

 私は自分の部屋で優雅に紅茶を飲みながら、開いたノートにペンを走らせていた。

 これは、レオン先生に言われたことなのだが。

 この世界で生活していると、どうしても以前の世界の知識や習慣は消えていく。だから必要な事は書き留めていた方がいい、らしい。

 それを聞いた私は様々な事を日記帳に書き溜めていた。


 今は、『蜂ラプ』と今いるこの世界の違いをまとめている。


 アレクシスはミリエラと婚約してないが、どうもミリエラに思いを寄せている。ゲームの世界とはあべこべだが、これだとアレクシスはヒロインに興味を持つことはなさそうだ。

 エドも同じだ。陰気設定だった婚約者と上手くいっている様子だから、これだとヒロインとどうにかなるはずがない。

 レオン先生は私と同じ転生者。

 セルジュくんだけは、私の知ってるセルジュくんのままだった。レオン先生、ミリエラとここまで接点がなかったからだろう。


「ふーむ」


 ペンで頭をカリカリ掻いて考える。

 時計を見ると、約束の時間になっていた。

 私はノートを机の引き出しにしまい、部屋を出る。廊下を曲がって階段を上がり、進んで三つ目のドアをノックする。


「いらっしゃい、アン。お待ちしてましたわ」


 部屋着のミリエラが迎え入れてくれた。

 普段は制服の胸元につけている猫のブローチを、今日は襟元につけている。彼女の雰囲気に合うそれは、レオン先生が上げたものらしい。


「お話ってなに?ミリエラ」


 小さなテーブルを挟んで向かい合って座る。ミリエラは少しだけ逡巡した後、思い切ったように口を開いた。


「わた、私。中間試験がっ」

「ちょっとおちつこ?ミリエラ」


 こんなに焦っているミリエラは珍しい。

 動揺している緋色の瞳を覗きこむと、ミリエラはこくんと頷いた。


「私ね、この中間試験が終わったら……。叔父さまに想いを打ち明けようと思うの」


 言った直後、ほわっと頬が赤く染まるミリエラ。

 うわわ。

 恋する乙女かわいいな!

 思わず私の顔まで赤くなる。


 これはもう、応援するしかないよね。

 アレクシス王子ごめんな。


「そっか。告白するんだね」

「ええ」


 ミリエラはふうっと一息ついて、続ける。


「ずっと、立派なレディになったら叔父さまに気持ちを伝えようと思っていたの。でも立派なレディって、いつになったらそういえるのかしらって……」

「うん、そうだね」

「私と同い年で婚約しているアネッサや、もう結婚している方だっているし」

「うんうん」


 そこまで言って、彼女はふるりと頭を振った。


「ごめんなさい、違うわ。本当は不安なの。先生をしている叔父さまは女生徒にも人気だし、女の先生とも仲が良さそうで」

「あー。まあねぇ」

「家で会う叔父さましか見ていなかった時にはそんなのなかったのに、学院での叔父さまを見ると不安で苦しいの」

「ミリエラ……」

「私はまだ、叔父さまからみたら子どもでしょうし。意識すらされていないかもと思うと」

「ミリエラ、大丈夫よ」


 照れた顔から一転、みるみるうちに潤む瞳。

 いじらしい彼女にたまらなくなって、私は身を乗り出してミリエラの柔らかな髪をそっと撫でた。


「私、応援するから!ねっ!」

「ありがとう、アン」


 ミリエラが笑ってくれた。

 くすぐったそうに笑って、そっと目尻に指を当てる。


「叔父さまもね、いつもこうして頭を撫でてくださるの」

「ふふ」


 手を離して椅子に戻った私に、ミリエラは真剣な瞳を向けた。こほんと一呼吸おいて彼女は静かに尋ねてくる。


「アンはゲームの事を分かっているのよね?」

「え?」

「叔父さまから聞いたわ」




 まあそうだよね。

 否定する事なく、私は頷いた。するとミリエラはホッと微笑んで、安心したように椅子に背を預けた。


「私、あなたを一目見てヒロインかもしれないと気付いていたから、はじめは少し怖かったの。この人を怒らせたら牢屋に入れられるんじゃないかって」


 私の目を見て「ごめんなさいね」と苦笑するミリエラ。


「だからあなたが私とお友達になってくれて、驚いたけど嬉しかったわ」

「私も、ミリエラと友達になれて嬉しいよ」


 本当は、私が悪役令嬢ミリエラの性格や人生を変えてやろうと思っていた事もあったけど。

 それはレオン先生がやっちゃったから。


 私は、今のミリエラを応援してあげよう。






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