表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

27.アンの独り言①(アン視点)

 わたくし、あんころもち子と申します。


 なーんて。

 我ながらふざけた名前をつけてしまったものだ。

 でもまさか、こんなことになるなんて分かるわけないじゃないか。

 私だってこうなると分かっていたら、きっと始める前に一晩中ネット検索を駆使していただろう。そして可愛らしくてオリジナリティのあるステキな名前をつけていた。

 けど、あの時は疲れていたのだ。

(夜に食べたら太る)と思いつつもコンビニで買ったあんころ餅を食べてしまうほどに。

 後でつけ直したらいいや、と思った過去の自分を殴ってやりたい。

 事ここに至って唯一の救いは、『アン』という略称を誰も彼もが即座に受け入れてくれることだろう。




 少し、『蜂蜜色のラプソディ』の話をしよう。


 このゲームは王立学院に入学したヒロインが、学院一の品格ある女性の称号『白き薔薇の姫君』を目指す話だ。

 そこで四人の男性と出会い親しくなり、彼らに助けてもらう過程でその中の一人と恋に落ちる。

 アレクシス王子、エドモント、レオン先生、セルジュだ。

 白い薔薇の花言葉に、相思相愛というものがある。

『白き薔薇の姫君』に選ばれ、絆を深めた青年と相思相愛になる。それがヒロインにとってのハッピー・エンディングだ。

 彼らのルートを完走すると新たに占い師のルートが出てくる。こちらは変則的でエンディングも大きく変わることになるのだが、ここでは置いておこう。


 王子様は、王道ツンデレルートである。

 彼は学院で出会ったヒロインが自分になびかないのを知って「面白い女だ」と興味を抱く。自分の知る女性達と違うヒロインに心惹かれた彼は、最終的にミリエラに婚約破棄を言い渡すことになる。


 エドモントは、学生恋愛ルートだ。

 エドは性格の悪い妹や根暗な元婚約者に嫌気がさして、女性に興味のない学生生活を送っていた。そんな彼と意気投合したヒロインは、明るく前向きなお互いの性格に惹かれていく。


 レオン先生とは、年の差恋愛ルートになる。

 優しい教師のレオン先生は、実は血のつながらない公爵家にスペアとして引き取られた過去を持つ。誰かのスペアとしての人生を歩んできたレオン先生。彼の優しさに触れて、レオン先生は代わりなんてきかない唯一の人だと訴えるのがヒロインなのである。


 セルジュは、攻められルートだ。

 可愛い子犬系の騎士セルジュは、出会ったその日からヒロインを姫君と慕ってくれる。ただガンガン来てはくれるものの、姫君を守る騎士になりたいお子様思考のセルジュと、多数のイベントを通して恋愛に発展させねばならない。




 かつてこのゲームを進めていた私は、非常にもどかしい思いを抱えていた。それは、ヒロインが天然鈍感過ぎる。という問題だ。

 レオン先生がヒロインだけに深い優しさを見せても、エドモントが壁ドンしても、なかなか前に進めないヒロイン。

 ツンデレ王子様ルートに至っては、一進一退がもどかし過ぎて、キュンを通り越してジリジリした。


 そんな私は、気づいてしまった。

 ヒロインを邪魔ばかりしている悪役令嬢のミリエラが、実はポンコツ萌えキャラだということに。

 ミリエラは王子様の名ばかり婚約者で、王子様に目をかけられるヒロインにやたらと突っかかってくる。

 ミニゲームではデフォルメキャラになって嫌がらせしてくるし、ストーリーモードでは取り巻きを引き連れながら毎度嫌味を言いに来る。

 挙句の果てにはヒロインを騙して小屋に閉じ込め、ヒロインを命の危機に晒す。それを王子達に弾劾されて、ミリエラは最後に捕らえられ牢屋へ送られるのだ。


 しかし、だ。

 ミリエラ嬢の気持ちは分からないでもない。だって彼女は元々王子様の婚約者なのだ。ちょっと性格はよろしくないが、彼女なりに愛はあった。

 取り巻きを連れてヒロインに嫌がらせをするのも、高い地位で周りにチヤホヤされた結果だと思うと可哀想に思えた。

 私がまだ十代の女の子だったら見方も違ったかもしれない。でも三十代になった私にはそう見えたのだ。

 しかもミリエラはよくよく詰めが甘い。何度ミニゲームでヒロインに負けても同じように突っかかってきたり、効果のない嫌味を言いに来るのが(ストーリー上必要とはいえ)ポンコツさを際立たせるのだ。

 だんだん私の目には、ミリエラは憎めないキャラになっていった。


 この子はそこまで悪い子ではないんじゃないか。薄いピンク色の髪と赤っぽい目で、赤いリボンを頭につけている見た目はラブリーだ。

 デレるときっと可愛いに違いない。

 全員分をクリアした時には、一層その思いが強くなった。


 私がヒロインになったなら、ミリエラとは友達になり王子様の誤解を解いてあげよう。もしかしたらうまく行かないかもしれないが、ミリエラがわざわざ王子様に弾劾されるような悲劇は避けられるだろう。

 そして私は、可愛いセルジュくんと結ばれるのだ。

 彼は剣の腕が一流だから、上に認められて爵位を授かるかもしれない。でも二人で冒険に出るとかもアリかも。きっとどんな人生でもセルジュくんならヒロインをずっと守って共に生きてくれる。


 しんどい仕事中に、そんな事を考えてニヤニヤするときもあった。











 そう。そんな現実逃避をしないとやってられないくらい仕事が忙しかった。残業のない日の方が珍しくなり、パソコン作業でいつも目は疲れている。いつしか通勤時もふらつくようになり、その時がきた。


(あーあ。やっちゃった……)


 事故であり、決して自ら望んだものじゃなかった。

 自宅のオタクグッズだらけの部屋を思い出してゾワッとした。田舎の家族に申し訳ないと思った。それも全て、今となってはどうしようもない。


 グルグル回る後悔や無念、開放感。

 その奔流が収まった時、そっと目を開けると私は見たことのあるようなないような校舎の片隅に立っていた。


 横にあった木の幹にしがみついて気持ちを落ち着ける。私は事故に遭って意識が途切れたはずだ。それなのに平気で立っている。学校のような場所で。

 遠くを歩く学生達の着る学生服に見覚えがあった。

 まさか、という思いで手に持っていた鞄をまさぐった。

 筆記用具やハンカチに混じって入っていた手鏡を取り出し、恐る恐る覗きこむ。


「あは……。嘘でしょ」


 輝くプラチナの髪はサラサラのボブスタイルで、黒髪クセ毛の自分の髪とは似ても似つかない。それに包まれている顔は正しくヒロイン。鉄壁の美しさを誇る主人公顔だった。


 あぁ。

 真面目に仕事を頑張っていた私に、神様がワンチャンくれたという事なんだろうか。

 分からない。

 分からないけれど私は今『蜂ラプ』のヒロインだ。


 これが夢だとしても、覚めるまで私はヒロインなのだから。ヒロインとしてここで生きていくしかないのだ。

 どうせ生きていくのなら、楽しく前向きに生きたい。


「まだ整理はつかないけど悲観しても狼狽えてもしょうがない」


 私はそう自分に言い聞かせて、入学式が始まるであろうホールに向かって歩き出した。

 ふと、進行方向から歩いてくる金髪の美男子が見える。

 ああ、そうだ。

 ヒロインは急いでホールに向かうその時に、第三王子アレクシス殿下にぶつかってしまうのだ。そこで二人は後に「お前はあの時の……」とやらかすのだが、今の私にその出会いは必要ない。

 スルリと避けて彼の横を素通りし、私はホールに入る。


 かくして、私のやり直し人生は『蜂ラプ』世界で始まったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ