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26.騎士の決意

 晴れやかな空の下、人々のざわめき。

 王立学院に隣接する騎士学校に、多くの学生がたむろしていた。普段は女生徒が数えるほどしかいない校内に、今は王立学院のたくさんの女生徒達が歩いている。その中にミリエラ達とアレクシスがいた。


「エドはもう出場者の控室にいるようだから、観客席にそのまま向かうぞ」

「はい」


 アレクシスがあまりにも堂々と歩くので周りが注目するが、彼は意に介さない。連れ立つ三人は恥ずかしさで俯きつつ付いていった。

 アレクシスによると、春の交流試合に出るのは騎士学校の見習い騎士が八割、王立学院の生徒が二割程度らしい。エドモントは普段から騎士学校に出稽古に行っているらしく、今回は念願の出場ということだ。

 アネッサが朝から期待と不安でソワソワしているのを、ミリエラとアンが何とか落ち着かせようとしていた。やっと落ち着いてきた彼女を連れて、一行はすり鉢状の試合場に入った。


 すでに観客席には多くの生徒が座っている。

 試合場では交流試合が始まっていた。現在は十二歳から十四歳までの訓練生が試合をしている。木剣の打ち合う音が小気味よく響いていた。


「すごいわ。皆様とても腕が立ちますのね」

「この年代は全員騎士学校の訓練生だ」

「そうなのですか」


「アネッサ、震えてる?」

「エドモント様……。大丈夫かしら」


 ミリエラが剣技に感嘆する横でアレクシスが指を指しながら説明をしていた。

 一方震えだすアネッサを励ますアン。木剣での交流試合とはいえ、普段目にしない激しい打ち合いにアネッサの心配は尽きないようだった。

 訓練生の試合が終わり、十五歳以上の見習い騎士の試合が始まった。


「騎士学校に初等部から入り十五歳で試験を通った者は、見習い騎士としてすでに騎士団に入団している」

「では、騎士団にいながら学校にも通っていますの?」

「ああ。彼らは後々、隊長格以上になる者が多い」


 数試合終わった頃、観客席からワアッと歓声があがった。

 入口から二人並んで出てきた一方はエドモント。観客に手を振る彼は、いつものように明るい笑顔だった。

 一方横に並ぶのは、エドモントと比べると随分小さな体躯の少年だった。他の見習い騎士と同じ黒の隊服を着ているが、少しサイズが大きいのか着られている感じに見える。

 暗いブラウンの髪と瞳の少年は、勇ましい表情だが顔自体も幼く可愛らしい。ミリエラはアネッサと別の意味で心配になってきた。


「お兄様の相手の方、大丈夫かしら?随分と体格も違いますし」


 独り言のようなミリエラの呟きをアレクシスが拾う。


「大丈夫だ。あいつは……」


「アネッサ!」


 客席を見ていたエドモントが婚約者の姿を見つけ、大声と共に手を振った。満面の笑みを浮かべる顔は幼い頃から変わらないが、身体の大きさや言動は随分大人になったとミリエラは思う。

 そんな兄の姿に、彼の婚約者アネッサも大きく手を振り返した。


 エドモントの大声につられ、対戦相手の小柄な少年もこちらに目を向けた。その大きな瞳は驚いたように一点を見つめている。

 遠目から見ても呆けたように見える少年は、審判に促されて開始位置についた。そのまま気もそぞろといった様子で木剣を構える。


「ほ、本当に大丈夫ですの?」

「まあ、見ていろ」


 開始の合図で、向かい合う二人がザリ、と土を踏みしめた。

 木剣を抜いた勢いでエドモントが踏み込む。少年はそれを構えた木剣で受け止めた。

 ゴン、という鈍い音を響かせて二人が激しく交差する。

 その動きは速く、素人目で見てもここまでの試合とは一線を画していた。


「すごいわ……。互角なのね」

「セルジュ……」


 アンが呟く。

 ミリエラとアレクシスは二人揃ってアンの顔を見た。アンは熱中しているようだ。そこでアレクシスが改めて説明を始めた。


「あいつはセルジュ・ベクレル。騎士学校の高等部一年で、見習い騎士でもある。出稽古に行っているエドとは修業仲間だと聞いている」

「まあ」

「見てのとおり身体は小さいが、エドによると剣技は騎士学校の中でも頭抜けているらしい。見ろ、すばしっこい」


 そう言われて再び試合場に目を向けると、ちょうど木剣を振り下ろしたエドモントが見えた。

 それを身体を引くだけで躱し、セルジュがエドモントの懐に潜り込む。

 鋭いセルジュの突きを、エドモントがすんでで弾く。再び木剣がぶつかる鈍い音が響いた。

 しかしセルジュは、弾かれた木剣を素早く引き、更に連続で二、三撃目を入れる。エドモントはぎりぎりで防ぎつつ足を使って距離を取った。


「お兄様が圧されていますわね」


 木剣を握り直したエドモントが、力を込めて上段から振り下ろす。今度はそれを木剣で受けた上でそのまま滑らせ、セルジュはエドモントの脇を横薙ぎに払った。


「きゃっ!」


 アネッサの叫びと共に、エドモントが後ろに倒れる。


「勝者、セルジュ!」


 審判が声をあげ、一拍遅れて観客が大きく湧いた。

 拍手と歓声の入り混じる中、笑顔のセルジュがエドモントに手を差し伸べる。

 それを受けて立ち上がるエドモントも晴れやかな笑顔だった。


 エドモントはアネッサの方に顔を向けると、照れたように眉を下げて笑う。それを見たアネッサはホッとした笑顔で小さく彼に手を振った。

 その横で立つ小柄なセルジュは、四人の方をまっすぐ見ている。ミリエラとは同じ年のはずだが、身長は同じ位ではないだろうか。

 エドモントに肩を叩かれ、二人は共に退場していった。二人の背中に再び大きな拍手喝采が起こる。ミリエラ達も精一杯の拍手で二人を見送った。











 その後、アレクシスと共に少女たち三人は試合場を後にした。

 エドモントと待ち合わせをしている校舎裏の庭園で待っていると、程なくしてエドモントが現れる。その後ろには、先程剣を合わせていたセルジュの小さな姿があった。

 彼はアレクシスに深々と御辞儀をし、続いてミリエラとアネッサにも深く礼をして名乗る。

 可愛らしい顔に決意をみなぎらせ、セルジュはアンの前に立った。

 スッと片膝を折り、彼はアンの前にひざまずく。


「ジュレディンベル男爵家ご令嬢あんころもち子様」

「アンと呼んでください。アンと。是非に」

「アン様」


 ミリエラとアネッサがちらりとエドモントを見上げると「聞かれたので教えたよ!」と無邪気に彼は答えた。アンもエドモントに目を向けるが、すぐにセルジュに向きなおる。


「アン様……。俺には夢があります」

「はい」

「俺はずっと、ただ一人の姫を守る騎士になりたかった。あなたを初めて見たとき、俺には分かりました。あなたが俺の守るべき姫だって!」


 セルジュは小さな身体に似合わぬ大きな手を伸ばした。アンは白くたおやかな指先をそっとそれに添わせる。

 もう一度頭を起こしたセルジュは、アンの顔をまっすぐに見て高らかに言い放った。


「俺は、あなたを守る騎士になりたい!」






 日が傾きかけた道を、五人で歩く。

 ミリエラとアネッサは降って湧いた色ある話にソワソワが隠せない。そして当のアンは黙ってはいたが鼻歌でも歌いそうな顔をしている。

 アレクシスと話していたエドモントが、思い出したように少女たちの方に声をかけた。


「セルジュは、一目惚れしちゃったみたいだね!」

「びっくりしましたわ」


 やっと話せるのか、と、ミリエラが食いつく。エドモントは頷いて、面白そうに続けた。


「彼は男爵家の次男で、家は継がないから一代爵位を目指すんだと思うけどさ!前から姫君を守る騎士になりたいって口癖みたいに言ってたんだよね!」


 ほうっと息をつくアネッサが、遠い目をして微笑む。


「素敵ですわね」

「そうだね!目標があるのはいいことだ!」


 美しい姫君とそれを守る騎士。素敵な恋愛小説のような関係だ。特にアンは学院内でも話題になるほどの美貌だ。アネッサの中では早くもアンが恋愛小説のお姫様のように見えていた。

 ミリエラはアンの横にそっと寄り添い、小さく声をかける。


「アン、迷惑なら……」

「大丈夫よ、ミリエラ」


 ずっと黙っていたアンは、ミリエラを安心させるように頷いた。


「それにセルジュはまだ『お姫様を守る騎士』っていうのに憧れてるお子様なところがあるから、このままじゃ駄目なのよね。とはいってもやっと会えたから、ここからは全然難しくないわ。楽勝楽勝」

「アン……?」


 途中から早口過ぎて聞き取れなかったが、どうやら心配には及ばないらしい。独り言の終わったアンはミリエラの手をキュッと握り、天使の微笑みを見せた。


「ミリエラ。楽しかったね、交流試合」

「ええ、そうね」


 ミリエラもアンの細い手を握りしめ、ホッと呟いた。






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