25.アンのパーティー(アネッサ視点)
私の学院生活は、嬉しい事と悲しい事の板挟みで始まりました。
嬉しい出来事は、婚約者のエドモント様と同じ学院生活を送れるようになったことです。彼は幼い頃から学生寮に入り、充実した日々を過ごしていらっしゃいます。私は彼のそんな姿を近くで見られる日をとても楽しみにしておりました。これまでは彼の長期の休みにしかお会いできなかったのが、これからはぐっと会いやすくなるのです。
悲しい出来事は、私の恩人で一番の友人で大切な方、ミリエラ様とクラスが違っていた事です。三クラスしかないのに、なにゆえ離れてしまったのか。自分の運を呪わずにはいられません。これは『ミリエラ様以外とも話が出来るようになりなさい』という神の思し召しかも知れませんが、つらい。
しかもです。
ミリエラ様にアン様を「同じクラスのお友達」だと紹介された時、私は焦りと嫉妬心を抱いてしまうのを自覚しました。
ほのかに光ってるようにも思えるプラチナの美しい髪、そして子犬のように愛くるしくて人懐っこそうな表情。初めてお会いする方でしたが、彼女はどこにいてもその場の中心にいるような方だと思いました。
そんなアン様が、始業式以後、いつもミリエラ様の隣に居るようになったのです。
「田舎育ちで礼儀がなってないかも。ごめんね」
そう言ったアン様は、確かに貴族としては率直でざっくばらんな行動を取ることが多い方です。特にミリエラ様とはまるで姉妹のようにいつもくっついてらっしゃいます。
お話をしながらたまに腕を絡めてみたり、ミリエラ様の頬を突っついてみたり。礼儀がなっていないと私が思っても、ミリエラ様はさして気にした様子もありません。むしろ距離が近いぶん、ミリエラ様も、よりアン様に親しんでいっているように見受けられました。
羨ましい。私ももっとミリエラ様と近くでお話したい。
最近では私のクラスでも、高貴な猫のようにしなやかな美しさのミリエラ様と、天使様のように愛らしいアン様の組み合わせは話題になっています。ひっそりとアン派ミリエラ派といった言葉が男子生徒達から漏れ聞こえる事もある始末。
アン様は明るく優しくて、私の小さな声を邪険にしたりもしません。ですから良い方だとは思っているのですが、どうしても(ミリエラ様を取られてしまった)と浅ましくも思ってしまうのでした。
「パジャマパーティーしない?」
夕食の席で、突然アン様がおっしゃいました。
「パジャマパーティーとはなんですの?」
ミリエラ様が小首をかしげて尋ねます。私も同じく疑問符を浮かべつつ、頭を捻っていました。
アン様はまるで悪戯っ子のようにニヤリと笑い、私達に手招きをします。私達は顔を見合わせた後、アン様の方に頭を寄せました。
「明日はお休みだし、今晩私の部屋でガールズトーク……じゃないや、ええと。眠くなるまでお喋りしない?」
聞いた途端、横のミリエラ様の顔がパァァと明るくなります。
「楽しそう」
「でしょう?アネッサもどう?」
寮監に怒られないかしら、と呟いたけれど、アン様に大丈夫!と打ち消されました。隣ではミリエラ様がすでにワクワクが止まらない顔をしていたので、私も仕方なく了承しました。
「いらっしゃい」
アン様に迎えいれられた部屋は、私達の部屋と同じ大きさですが少し狭く感じました。
私達はベッド横のカーペットの上に座り、小さなテーブルを挟んで輪になります。アン様はティーポットを持ってきて、私達にカモミールティーを淹れてくださいました。
「私ね、アネッサにエド様とのこと聞きたかったの」
学校やクラスの話が一段落ついた頃、アン様は私を見ながらそう言いました。明らかに好奇心に満ちた顔ですが、彼女特有の愛らしさでそれを許せてしまいます。それとこれは内緒ですが、エドモント様について語れるのは私にはとても嬉しいことなのです。
横で聞いているミリエラ様は複雑な顔をしてらっしゃいますが、私はエドモント様のことや、ミリエラ様のお陰で彼とより分かりあえた事をお伝えしました。
「ミリエラがエド様にアドバイスして、それでアネッサとエド様はうまく行ったんだね」
「ええ、そうですわ」
「そんな大層なものじゃないの。私は叔父さまに教えてもらった事をお兄様にも伝えただけなのよ。だから私ではなく叔父さまのお手柄なの」
ミリエラ様ははにかんで俯きます。彼女は叔父のレオン様の話になると、とても分かりやすい顔をなさります。分かりやすいミリエラ様を眺めていると、アン様は私の方をじっと見て言いました。
「良かったね、アネッサ」
アン様は、とても優しい顔で微笑んでいます。
何故か彼女が嬉しそうにも見えて私は不思議に思いましたが、アン様はそれ以上は何も言いませんでした。
私といえば、アン様にそんな風に正面から言ってもらえるとは思っていませんでした。今までミリエラ様を取られたようで馴染めなかったアン様と、親しくなれるかも、とも思いました。
我ながら現金で恥ずかしい。
アン様の興味はミリエラ様に移ったようで、今度は悪戯っ子のような顔でミリエラ様に絡んでいます。
「ミリエラは好きな人いないの?」
「います」
「え。即答過ぎて男らしい」
クスリと笑ったミリエラ様も、悪戯好きな子どものようです。ぬるくなったお茶を一口飲んで、ミリエラ様は続けました。
「もうずっと前から、私は叔父さまをお慕いしているの」
アン様の眉根が、一瞬動きました。
しかしそれを誤魔化すように、すぐに上がる高い声。
「レオン先生?」
「ええ」
へー、ふうん、そうなんだー。
アン様はニヤニヤというか、ムズムズというか、判断の付きにくい表情でブツブツ呟いていました。
「この気持ちは隠すようなものではないから」
「う、うん」
「でも」
遅れて恥ずかしくなってきたのか、ミリエラ様は両手で頬を包みながらアン様の顔を上目遣いで見上げます。
「叔父さまには私の口からちゃんと伝えたいの。それとこんな事が知れ渡ると叔父さまにご迷惑がかかるかもしれないから……。この話はここだけの内緒話にしてもらえないかしら?」
横から見ている私ですらミリエラ様のいじらしさに胸が苦しくなります。直接お願いされたアン様は、ぐっと息を詰まらせました。
そして、がばりとミリエラ様の身体を抱きしめます。
「任せて!誰にも言わない!」
「ありがとう、アン」
「んもう!可愛いなぁ!」
ミリエラ様の身体にしがみつきながら、アン様がぐりぐり頭を擦り付けています。それを羨ましく見ていたら、アン様は私の方に振り向いて左腕を広げました。
「ほら、アネッサもおいで」
「あ。は、はい」
あまり家族以外と抱き合った経験のない私でしたが、そっと抱きつくとアン様とミリエラ様の温かさにむず痒い幸せを感じました。
花冷えのする夜でしたが、今日はとても気持ちよく眠れそう。
こうしてアン様の『パジャマパーティー』は、ホワホワとした空気の中遅くまで続いたのでした。