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24.王子様の奮闘

「アンったら、そんなに食べるの?」

「いいの。お昼はどれだけ食べても太らないから!」

「そんなものかしら」

「ミリエラはもう少し食べたほうがいいと思うな」


 独自理論を振りかざし、二人前はありそうなトレーを持つアン。呆れた顔のミリエラとアネッサが彼女に続き、三人で席に着いた。

 昼休みの食堂は喧騒に包まれているが、混雑しているというほどではない。教室や中庭など思い思いの場所で食事を摂る生徒が多いからだ。

 入学して一週間が経ったが、ミリエラはアンとアネッサと三人で昼休みを過ごす事が多かった。

 クラスメイトとも友好な関係を築いていると自負している。しかしアンと二人でいると、周囲はモジモジと照れて萎縮してしまうのだ。


(アンはまるで天使様のような美しさだし私は公爵家の娘だから、二人揃っていると近寄りがたいのかもしれないわ)


 家柄を鼻にかけないよう努めているが、上流貴族の娘が相手だとどうしても萎縮してしまうのかも知れない。クラスメイトの面々を思い浮かべながら、ミリエラはため息をついた。


「駄目だよミリエラ。ため息をつくと幸せが逃げちゃう」

「あら。そうなの?では気をつけないといけないわね」


 アンは、ミリエラの知らぬ事を話すことがたまにある。その話に相槌をうったり驚いたりしながら、ミリエラはレオンが変わった当初のことを思い出していた。レオンも彼女と同じように、初めのうちは謎の慣習やことわざ等をしょっちゅう口にしていた。

 しかしミリエラはアンに核心を尋ねる事はしなかった。

 きっと過去の事や『ゲーム』の事は、アンが話したくなれば話してくれるだろう。そう思ってのことだ。知り合ってまだ一週間だが、ミリエラはアンに対して裏があるようには思えなかった。


 スプーンを手に持ったまま、不意に アネッサが顔を上げた。

 その視線を追ってみると、先にいたのはアレクシスとエドモントだった。二人はトレーを持ってこちらに近づいているのだが、周囲が自動的に割れてその道が開けている。ミリエラは制服姿の王子が新鮮で、少しだけ口角を上げた。


「やあ!」


 その場一帯の動きを止めるようなエドモントの挨拶に、ミリエラは軽く微笑んだ。そうして立ち上がり、後ろに立つアレクシスに腰を折る。


「ご無沙汰しております、殿下」

「ああ」


 うわっというかすかな声が聞こえたが、ミリエラが振り向くとそこには澄ました顔のアンがいるだけだった。彼女はアネッサと一緒に立ち上がり、ペコリと頭を下げる。


「はじめまして、アレクシス殿下。アンと申します」

「お前……は」


 アレクシスは形の良い眉をピクリと動かして、何かを思い出そうとしている。しかし思い出せなかったのか、頷くだけの挨拶を交わした。それに対してアンの方も何も言わない。

 アンはエドモントにも挨拶をすると、ストンと椅子に座る。

 そのまま少女三人の向かいにエドモントとアレクシスが座り、食事を始めた。


「食堂で殿下を見るのは初めてですわ」

「殿下は普段、第二音楽室を借りて食事してるんだ!食堂は人が多すぎるからってね!私もそれに付き合っている!」


 大きな声でバラしていい事なのか、それは。

 ミリエラはそっとアレクシスを覗ったが特に文句も言わず食事を口に運んでいたので、問題はないようだった。

 目の前に座って食事をするアレクシスは、相変わらず美を撒き散らしていた。食べる所作も文句無く美しい。表情はやっぱり少し不機嫌そうだったが、それも相変わらずだったので気にはならなかった。


「お前も」


 ここまでほぼ会話のなかったアレクシスが、突然正面に座るミリエラを見た。彼女は最後のデザートに向かう手を止めてアレクシスを窺う。


「お前もゆっくり食事したいなら、第二音楽室に来ても構わん。いつも話し相手がエド一人で退屈していたところだ」

「そうでしたの」


 エドモントとアネッサは少々緊張をはらんだ瞳でアレクシスを盗み見た。その二人に目を走らせ、次にアレクシスを見たアンが急に身を乗り出す。


「殿下!私も一緒で構わないかしら!」


 アンは隣に座るミリエラにピッタリ肩をくっつけて、にっこり笑った。それは見るものの胸をグンと掴むような可憐な笑みだ。だが向けられている当のアレクシスは、不機嫌な顔を一層不機嫌そうに歪めた。


「殿下、私からもお願いいたします。アンとはいつも一緒に食事をしておりますの」

「……まあ、どうせエドの方もアネッサを誘うつもりだったろうし。好きにしたらいい」

「ありがとうございます、殿下」


 ミリエラの礼を聞き流しつつ食事に戻るアレクシスだったが、その耳がほんのり赤らんでいた。











 食事を早々に済ませてお茶を飲んでいたエドモントが、はたと思い立ったように声を上げた。


「そうだ!学院の隣に騎士学校があるのは知っているかい?」


 少女たち三人はこくんと頷く。


「再来週騎士学校で、交流試合があってね!腕に覚えのある見習い騎士たちが試合を行うんだ!これに学院の生徒も希望すれば出られるんだけど、今年は私も出ようと思ってる!」


 さすが、剣の稽古をしすぎて留年した男である。

 学院に隣接している騎士学校は、騎士を志す若者が通う養成学校である。普段は二校に交流はないが、いくつかの学校行事では顔を合わせることもある。

 今回の交流試合はその手のたぐいだ。


「アネッサ!是非私の勇姿を見に来ておくれ!」


 食堂の、主に女生徒の視線がエドモントに集中した。

 熱烈な言葉をもらったアネッサは顔を赤くして口を動かしていたが、最後にこっくり首を縦にふった。

 赤らめている頬は注目されていたせいではなくて感激していたから、というのは後にアネッサの語ったことだ。

 一仕事終えた顔のエドモントの横で、アレクシスはミリエラに視線を向けた。そうして何気ない風に声をかける。


「お前はどうする?」

「交流試合ですか?」

「ああ。行くのなら、私も行くのでついでに案内してやる」


 成り行きを見ていたアンが、またもやミリエラにひっつく。


「殿下!私も行きます!」


 アンとアレクシス。

 ミリエラが知る限り一番美しい青年と一番可憐な少女が無言で見つめ合っている。アンの笑顔は柔らかいのにピクリとも動かず、アレクシスの眉はいよいよ険しくなる。

 無言の見つめ合いが続いてミリエラがオロオロしだした頃、根負けしたのはアレクシスだった。


「好きにしろ」


 はーい。

 と答えたアンの声は、どこかしら楽しそうな色を含んでいた。




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